散歩
〜side龍也〜
「晴れてて良かったね」
前を歩いていた柚稀が、嬉しそうに振り向いた。
「もう7月上旬だし、梅雨も終わりだな」
そっか、と柚稀が言う。それから、大分後ろを歩いていま俺の元まで来て、腕を引っ張った。
「ダラダラ歩いてたって、意味ないでしょ!ほら、速く歩いた歩いた!」
「うぇ〜い」
まだ優しい太陽の光を受けながら、柚稀に腕をとられ歩く。
散歩には、もって来いの気候だ。
そもそも、なんで柚稀と散歩をしているのか。話は数分前に遡るーー。
* * * * * * * * 数分前 * * * * * *
参考書と六法全書を机に広げ、頭をかく。
会社が休みの、日曜日の昼下がり。
柚稀が思いを吐き出したのが一週間前とは、時の流れは速いものだ、
ここ最近、勉強する時間が十分に取れなかった(飛び出した柚稀を迎えに行ったり、喧嘩して勉強どころじゃなかったり)から、今日は勉強日和だ。
なのに。
そんな日に限って、脳ミソが何故かフル稼働してくれない。
「しょーがねぇ……」
集中できないまま勉強を継続したところで、意味がない。
時には、気分転換だって必要なのだ。
部屋から出てリビングに行くと、柚稀がソファに座ってテレビを観ていた。
「詰めろ」
「あ、勉強終わった?」
いるー?と、食べかけの煎餅を見せながら詰めてくれる。
軽く柚稀の頭をはたき、柚稀の隣に腰かける。
「気分転換だよ、気分転換」
「あー、必要だよね気分転換。でもさ、テレビ観るなんかより、体動かした方が良いんじゃない?」
「運動?」
やだよメンドくせぇ。
「えー、良いじゃん運動。私、好きだよ?」
「俺も嫌いではないが」
高校では、バスケをやっていた。
単に、メンドくさいだけだ。
「気分転換したいんならさ、思いきっちゃいなよ。散歩は?私も付き合ってあげる!」
「付き合ってあげるって、お前がしたいだけだろ」
「違うし!」
横を向いて膨れる柚稀に、苦笑する。目をキラキラと輝かせる様は、誰が見ても柚稀が行きたがっている。
「えっと、ほら。仲良し夫婦なんだから、散歩も一緒っていうか」
「あー」
確かに。周囲にアピールする丁度良い演出だ。
「まぁ、少しなら」
そう言うと、柚稀の膨れていた顔が一転、嬉しそうなものへと変わった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「あ、ねえねえ龍也。見て見て、公園だよ公園!」
「あー、そうだな」
「入ろ、入ろ」
なにが楽しいのか、柚稀はさっきからこの調子だ。
公園だって、なんの変哲もない普通の公園だ。
砂場、シーソー、ブランコに滑り台。ベンチが2、3 台。
「へぇー、こんな所あったんだねぇ」
「あれ、知らなかった?」
一緒に住み始めて、もう一カ月を過ぎた。知っているものかと思っていたが。
「だって、通勤意外にあまりここの道使わないし。それも、龍也が送ってくれるし」
だから探検みたいで楽しいんだよね、と柚稀が満面の笑みで言う。
それに嘘はついていない様だ。
キョロキョロと見回す柚稀は、まるで子供だ。
「わー、懐かしー。昔遊んだなぁ」
柚稀が遊具を撫でる。まるで、愛おしいものを撫でるかの様に。
「おい、柚稀ーー」
帰るぞ、と続けようとして、続けられなかった。
あら、と声をかけられたからだ。
「あら、龍也くん」
「あ、どうも」
マンションの隣室の人ーー羽田夫妻が揃ってそこにいた。
羽田夫妻は旦那さんが定年してから、色々と旅行をしている。
仲睦まじい夫妻だ。
よく俺に、作りすぎたとか言って煮物なんかを持ってきてくれる。
「そちらのお嬢さんは、どちら様?」
「あー、えーとですね」
羽田夫妻ーー特に奥様のほうが興味津々だ。
よくお世話になってるし、柚稀もこれからなるだろうことは予想できる。
「柚稀」
名前を呼ばれた柚稀が、すぐにやって来る。どのタイミングで来ようか、ずっと見ていたようだ。
「まあ、少し前に結婚しまして。家内の柚稀です」
「どうも、渡部柚稀です」
ピョコンと、柚稀が頭を下げる。羽田夫妻が、驚いたように顔を見合わせーーそれから柔和な笑みで、俺達を見た。
「あら、まあ、そうなの。かわいらしい奥さんね」
「かわいらしいなんて、そんな」
照れる柚稀に、俺は遠慮せずに真実を告げてやる。
「勘違いするな、柚稀。お世辞だ」
「うるさい、黙れ」
まあまあ、と次は旦那さんの方が口を開いた。
「新婚なら、奥さんがかわいくて仕方がない時期でしょう。仲が良いみたいで、何よりだ」
「あら、新婚じゃなくても奥さんはかわいいものよ?
柚稀さん、とおっしゃってましたかしら?龍也くんと一緒に、私達の所に遊びに是非いらしてね」
「はいっ」
二人に言われ、柚稀が嬉しそうに返事をした。
俺も、ありがとうございますと軽く会釈する。
「デートのお邪魔するのも無粋ですし、行きましょうか」
奥さんが、旦那さんの腕を引っ張る。それに、笑顔で応じる旦那さん。
本当に、良い夫婦だ。
じゃあまた、とゆっくり歩き出す羽田夫妻の後ろ姿を見送り、柚稀が息をつく。
「素敵な人達だね、龍也。仲良さそうだし、あーいうのが理想の夫婦なのかもね」
「かもな」
んー。
柚稀が何を思ったのか、俺をジッと見てくる。それから、えいっと俺の腕に自分の腕を絡めた。
「……なんのつもりだ」
「仲良しさんって、こういうのかなって」
ラブラブですって感じじゃない?
それを言われたら、俺にはどうしようもない。ラブラブ?是非、そう見えてくれ。
「それに、一回ぐらいやってみたかったし」
顔を少し赤くして言う柚稀を、驚いて見る。
それを柚稀はどう思ったのか、その赤い顔のまま弁解する。
「だって、羨ましいじゃん。好きな人と腕組めるなんて。夢だよ夢、全国の女性の夢!私だけが見たい訳じゃないし!」
「まあ、俺は構わないけど」
ただ、元婚約者とはやらなかったのだろうか。そんな疑問は、自分ですぐに解決する。
確か元婚約者には、あまり甘えられなかったって言ってたっけ。
「そろそろ帰るぞー」
腕に纏わりつく柚稀の頭を軽くはたき、歩き出す。
柚稀は嬉しそうに「はーい」と頷く。
気分転換も中々良いかもな。
また散歩に柚稀を誘ってみるか。




