表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a shame married couple  作者: コシピカリ
2/60

物事の始まり

2021年5月12日 修正。今後、次回以降の話もゆっくりと修正していきます

〜side柚稀〜



「マスター、もう一杯ちょうだい」


健人達と別れた後、私は適当に視界に入ったバーに足を踏み入れた。もう何杯目になるのか分からない。それでも私は、お酒を頼む。

 こんなにお酒を飲むのは久しぶりだ。大学4年の頃、サークルでの卒コンの際に浴びるように飲み、ひどい頭痛と吐き気を催し痛い目にあってから、お酒は自重していたからだ。付き合いで飲むことはあっても、コップ3杯までと決めている。


「まだ飲むんですか?明日、仕事じゃないんですか?二日酔い、酷くなっちゃいますよ」


マスターは軽く苦笑した。もう五十代はいっていそうで、顎辺りにある髭が、とてもよく似合っている。ザ・バーテンダーという漢字だ。

  ついさっき健人達と荒んだ別れ話をしていたものだから、マスターの優しい言葉が嬉しい。身に染みる。


「いいの、いいの。私、今日はキレーに酔っぱらいたい気分なんだよねぇ」

「まだ若いんだから、体は大事にした方が良いですよ」

「うん〜、そする。だから、もう一杯!」

「あのねぇ」


マスターが呆れているけど、気にしない。そう、今日は酔っぱらいたい。嫌な事は、全部頭から追い出したい。


「あ〜、もうヤだ〜」


 カウンターに突っ伏すと、目の前にグラスが置かれた。


「それで終わらせなさいね」

「えー」


 起き上がり、私はグラスを持つ。一気にいかず、少しずつ。



柚稀は強いから、大丈夫だよな。泣かない奴より、泣いてる奴を助けたいんだ。



健人の言葉が鮮やかに蘇る。思い出したくなんかないのに。健人の理論でいくと、なんだ。私は、泣けば良かったのだろうか。いかないでと、泣き叫べば良かったの?



柚稀の、泣かないぞってトコ、かっこいいよな



 よくそう言ってくれていたのにね、健人。私は基本、弱音を吐かない。涙だって、流さない。


 涙は女の武器だとよく言うけれど。まさにその通りだと思う。女が泣けば、その女が悪かろうと男が悪いようにとられてしまう。実際に会社でも、正当な理由で怒られていた女性社員が涙を流せば、何一つ悪くない叱責していた上司は白い目で見られていた。別に、怒鳴っていたわけでも、酷い言葉を吐きかけていたわけでもないのに。

 私は涙を、逃げ道だと思っているから。女は涙を武器にした時点で、負けなんだ。健人だって、私のそういう所を評価してくれた。

なのに、ね。


柚稀は強いから、大丈夫だよな。泣かない奴より、泣いてる奴を助けたいんだ。



「実際、泣かれるとそっち行っちゃうんだよねぇ」


 本っ当、男は信じられない。


「大体、なんで真紀なのよぅ……」


将来プランまで決めていたのに、だ。結婚式だって、一ヶ月後なのに、だ。私を大好きだって言ってくれていたのに、だ。

 男は、簡単に離れていく。3年間付き合っていた女より、浮気相手に泣かれたら、泣かない本命よりそっちに行ってしまう。


じゃあ今までの私達の時間ってなんだったの?本気だったのは、私だけだったの?

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。

 健人なんて、こっちから願いさげだから。謝られたって、許してやらない。せいぜい真紀と、デキ婚生活を送ればいい。

 私だって……


「もう、恋愛はいいかなぁ……」


 少なくとも、私は本気だった。何度も何度も、健人との生活を夢に見た。健人と幸せになるって、信じていた。


あんな奴だったけど、大好きだった。健人の瞳が、声が、髪が。重い荷物を持っているお婆さんがいれば、荷物を持ってあげて。風邪をひけば大袈裟なほど心配してくれた。

全部が大好きだ。

 だからこそ、もうこんな思いはしたくない。傷つくのが嫌なら、傷つく原因を作らなければいいだけ。相手を本気で好きになればなる程辛くなるのなら、好きにならなければいい。


けれど今は。本気で健人を好きになってしまっている今だけは。


「今回ばかりは、仕方ない」


我慢しようとしても、涙が出てくる。溢れ出す涙が、私の視界をぼやけさせる。


ねえ、健人。私は全然、強くなんてないんだよ。健人に振られただけで、こんなにボロボロになるんだよ。


私は一気にお酒を飲み干す。あー、なんだか体が一気に熱くなった。

フワフワして、頭がボウッとして、夢の中にいるみたいな感覚。けれど視界は相変わらずぼやけたままで。ずっと変わらない景色が広がっていて、夢じゃないんだなって実感する。


「おかわりぃ」


呂律の呂律の回るない口調で空になったグラスを出す。


「それ以上はやめとけ」


出したグラスが、ひょいと知らない声と共に奪われた。

「はあ?」

 

 いきなり上から降ってきた声と、気持ち良く飲んでいたお酒を取り上げられ、私は当然不機嫌になる。


「何すんのよ、邪魔すんな」

「少し見てたけど、明らかに飲みすぎだし」

 

 その声の主は、すとんと私の横に腰掛けて、くんくんとお酒の匂いを嗅ぐ。


「うわっ、これコルシアじゃん。どんだけ飲んだんだよ」

「別に何飲んだって良いでしょ。大体誰よあんた」


 酔った頭なりに、目の前の男が不審者だと判断する。


「で?何杯」

「そんなに飲んでない、多分3杯ぐらい」

「5杯、次で6杯ですね」


 私の言葉を、マスターが訂正する。男がギョッと目を見開く。


「は?お前バカか?マジでもう止めろ」

「あーもう耳元で叫ばないで、頭ガンガンする……」


 額を抑える。グワングワンと大声が響く。久しぶりの感覚に、相当酔っぱらっているかもな、と他人事のように思う。

 隣に座ったそいつは、マスターにカクテルを頼んだ。


「それで、あんたは何でそんなに荒れてるの?」


 男は氷をカランと鳴らした。ああ、氷が欲しいと思えば、マスターが氷水をくれた。ありがたい。


「別に、なんでも良いでしょ。あんたに関係ありません」

「話、聞いてやっても良いけど?」


 冗談じゃない。なんで見ず知らずの男に、婚約者を寝取られた話なぞしなくてはならない。何の罰ゲー無だ。


「喋ったら、ある程度すっきりすると思うけど?親切心ってやつ」

「親切というより、物好きだよねえ」

「うるせ」


 けど、まあ、この物好きな奴との会話が、一時でも悲しみを忘れさせてくれるというのならば。

 受けてたとうではないか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ