日曜日の昼飯時 前編
2021年6月7日 修正
〜side柚稀〜
「ん〜、なんも面白いテレビ、やってないなぁ」
今日は、日曜日。会社は休みだ。雨は降ってないけど、今にも降り出しそうな天気。
わざわざ出かけようとは思えないし、2人とも会社に居る時は、なるべく一緒に居ようという、できるだけ仲良し夫婦に見せるための取り決めがある。
龍也は会社から帰宅した後ぐらいしか、平日は勉強ができない。だから休日は、龍也にとっては最高の勉強日。
必然的に、私も家に居ることになる。
私はすることもなくソファに寝っ転がり、クッションを軽く抱き締める。すると、テーブルに向かい参考書やら問題集と格闘している龍也が見えた。
一緒に暮らしてわかったことなのだが、龍也はリビングで勉強をするタイプだ。せっかくある書斎は使っておらず、ただの物置と化している。私の荷物も置かせてもらっているため、もっと有効活用したほうが良いとはあまり言えない状態だ。
龍也の勉強の邪魔はしたくないけれど、見るテレビ番組がないのはツラい。休日に仕事をやるタイプでもないし、趣味といえば軽い運動や散歩が好きな私。することもなく家にいるというのは、非常につまらない。
時刻は午前10時20分。何をしようか、視界に入る龍也を見ながら、私はクッションを再度強く抱き締めた。
+++
「……ん、良い匂い」
鼻孔をくすぐる美味しい匂いに、私は目を覚ます。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。時刻は午前11時40分。かなり眠っていたようだ。
ソファから起きあがるとリビングに龍也はいない。匂いのもとを辿ると、キッチンに龍也が立っていた。
「起きたか」
エプロンをつけた龍也は、ちょうど野菜を水洗いしていた。並んである材料から、残念ながら何を作ろうとしているのかはわからない。
「ナイスタイミング。昼飯つくるぞ、手伝え」
「えー」
「えー、じゃない。大体俺、お前の手料理食べたことないんだけど」
じと、とした龍也の視線。それを受け止めながら、私は笑う。
実は結婚してから、料理は全て龍也がやっている。
朝の弱い私にちゃんとした食事を与えるのは龍也の仕事と化し(おかげで、1日3食が今では普通だ)、昼は各自だが夜は帰りが早い龍也。
休みの日だって、大抵いつも勉強の息抜きとして料理を作ってくれる。
しかもその腕前は中々のもので、本当に便利な男。
なのに。
「自慢することじゃないけどね、私に包丁持たせないほうが良いよ。忠告したからね、当たり一面血の惨状になっても責任とらないよ」
「何があればそんな惨状になるんだ」
「カボチャを切ろうとしたら、スパンと指を。急いで病院行ったから、指もくっついたけど。あれは色々覚悟したね」
「……想像以上の惨劇だわ。わかった、柚稀には包丁は持たさない。絶対持つな」
「というわけで、私はできあがるのを待ってるね。お皿とかお箸は用意するから」
「料理は切るだけじゃない」
コツンとデコピンをされた。
「言っておくけど、私、火も無理。一回、軽くボヤを出しかけたから。まあ、でも消化器あるならやるけど」
「いい、絶対やらせない」
「じゃあ、私いらないね?頑張って、おいしいの期待してる」
クルリと方向転換しようとすると、首根っこをつっかまれた。
「いるだけでいいから」
「は?」
思いがけない龍也の言葉に、思わず変な声が出る。
「なんだよ」
「いえいえ、別に?ただ、気持ち悪いこと言うもんだから。熱でもあるのかなー、と」
それとも、勉強のしすぎで脳内がヒートアップしたか。どっちにしろ、重症だ。
「本当失礼だな、お前って。いいから来い、ほら隣」
「なんなのよ、一体」
とりあえず、大人しく龍也の隣に行く。龍也は手際良く、野菜を洗ったり、器材を用意している。私は邪魔にならないよう、それはもう苦労して龍也の隣にいる。
龍也がパスタを取り出した。
「わ、パスタ?やった!あとは?あとは?」
「サラダ、スープ」
「サラダ海老希望!」
「贅沢言うな、具材はもう決まってんだよ」
龍也はスーパー主夫かと言いたくなる程、家事においても仕事においても、卒がない。そう憎まれ口を叩きながらも、 冷蔵庫には私が希望したものが揃っており、問題はなさそうだ。
「クリームパスタが良い」
「生クリームあったっけな……お、あるわ。作れる作れる」
よっしゃ、とガッツポーズすれば、良かったなと龍也が笑う。うん、と頷いてから、はたと気付く。
ナゼ、タツヤガコンナニヤサシイ?
だって普段なら、「作ってやってるんだから文句言わずに食え。メニューに注文するならお前も手伝え」と至極全うなご意見をいただくのに。
そばにいるだけで良いだとか、クリームパスタの注文を受けるだとか、普段なら有り得ない。
一度怪しむと、もう駄目だ。隣で優雅にパスタを茹でようとしている龍也を、信じられない。
「……龍也」
「うん?」
「私、本当に料理できないんだけど。片付けぐらいならやるけど、それ以上のことは無理だよ。仕事だって、手伝えないし、掃除だって龍也のほうが綺麗好きで細かい」
私の好きなものを作って、私をこき使おうとしても無駄だ。そういう意味を込めて強く言えば、龍也がキョトンとする。
「……違うの?私の大好物で私を釣ろうとしてるんじゃないの?」
「なんでそうなる」
「だって、おかしい。龍也がこんなに至れ尽くせりなんて。なにを企んでるの、白状なさい!」
龍也が参ったな、とでも言うように、頭をかいた。
あ、やっぱなんか企んでたんだ。
「ご褒美」
「は?」
「いつも頑張ってる柚稀に、たまには良いかなって思ってさ」
++++
「ほうれん草を3cm長さに切り、ベーコンは1cm幅のスライスしている。ぶなしめじは石づきを落としてほぐす」
「ほう」
「フライパンにバターを熱し、ベーコンとぶなしめじを中火で炒める。きのこの香りが立ちベーコンが焼けてきたら、ほうれん草を加える。ほうれん草が縮んできたら、白ワインを加えて香り付け。液体が半量になるまで煮詰める。水に対して少量の塩をしたお湯を沸かし、スパゲッティを茹でる」
手際の良さに感心していると、パスタを鍋に入れた龍也は、じゃが芋、玉葱を一口大に切って、これも鍋で炒め始めた。
「水500mlとほうれん草、生クリームの残り、そしてコンソメを入れる。じゃが芋が柔らかくなったのを確認してから、ミキサーにかける」
時々パスタをかき回しながらも、せっせとスープを作る。じゃが芋に竹串がすんなり通ったのを確認し、龍也は私を向いた。
「あとはこれを数回にわけてミキサーにかけて。それぐらいは出来るだろ」
「ミキサー、ミキサーね。うん、大丈夫だと思う」
有り難いことに、龍也はミキサーをセットしてくれた。私は鍋の中の具材を掬い上げ、ミキサーに入れ、電源を入れるだけだ。
ガガガ、と五月蠅い音がかかる中、龍也はパスタに向き直る
「生クリーム・コンソメ・塩・こしょうを加え、一度中火で沸かす。茹で上がったスパゲッティ・粉チーズを入れて混ぜ合わせる。味が決まれば、ほら完成」
味見するか、と聞かれて私は頷く。
「口あけて」
言われるがまま口をあける。熱いから気をつけろよ、と言われ、口の中にパスタが突っ込まれる。せめてお小皿に盛るとか、自分で食べることを想像していたから、少し驚いてしまった。龍也もその後一口食べて、うまいと一言。
丁度2回にわけていた残りの具材もミキサーにかけ終えたので、味を調えて器に盛る。スープは塩をかなり投入して、良い感じだ。
ランチョンマットの上にスプーンとフォーク、そして龍也が綺麗に盛り付けたパスタとスープをセットする。
龍也が配膳し終えたあと、龍也が「いただきます」と手を合わせる。慌てて私も合わせる。
「……一体全体、どうしちゃったワケ?」
パスタを口に運びながら訊くと、同じくパスタを口に運んでいた龍也と目が合った。
「だから言ったろ、ご褒美」
「私が聞きたいのは、どすしていきなりご褒美って発想になったのかってこと」
「あ〜……」
龍也がチロリ 、と私を見る。
「なに?」
はやく言え、と顎でしゃくる。龍也は肩をすくめ、それから口を開いた。
「この前、お前が荒れて、酔って俺が連れて帰った日」
反射的に、体が強張る。
あの日だ。手を差し伸べてくれた龍也にやつあたりした挙句、連れて帰ってもらった日。
「あの時、一緒にいた後輩が言ってたんだよ。柚稀は一生懸命、見栄はってんだって」
「見栄って……」
私には、そんなつもり無かったんだけど。側から見たら、見栄をはっているのだろうか。
そうだとしたら、痛くないか私。
「見栄ってさ、自分をでかく見せたいからはっちゃうんだよな。少なくとも、俺はそう。だからさ、柚稀もそうなのかなって。男社会の中、女だから必要以上に見栄をはってるんなら、それは、すげーと思う」
「私は、自分を大きく見せたいとは思ってない」
「でも、はってんだろ?」
なによ、さっきから、分かったような口をきいて。
良いじゃない、別に見栄ぐらいはったて。見栄なんて、誰だってはってるんだから。
「はってるよ、いくらでも。けど、それは私が女だからじゃない。龍也だってはるよね、見栄ぐらい」
「もちろん。でも、柚稀のとは程度が違うよ」
なによ。なによ程度って。
「泣いちゃうぐらい追い詰められても、弱音をはかないのは俺には無理。というより、もう見栄じゃない。我慢だよ」
「弱音をはいたらアウトなの。平気で捨てることができんだから、ウチの会社。特に、女は喜々として切り捨てるわよ。正社員だろうが関係なし。時代遅れの、ガチガチの石頭の集まりなんだから」
だから、弱音なんてはいてられない。これ以上は無理だという態度だって、許されない。どんなに辛くても苦しくても、結果を出し続けなくては。
だから。私は我慢ぐらいしてやる。
世の中、全てうまくいく訳がないから。何か必ず、我慢しないといけないんだから。
「別に見栄はるのも我慢するのも、それは柚稀の自由だ。けど、俺が言いたいのはそれじゃない」
龍也が、私の顔をしっかり見ながら、ゆっくりと口を動かす。
「会社でなら、いくらでも見栄なり我慢なり、自分がしたいだけしろよ。けど、家ではするな。不平不満を、全部言え。溜め込むな。俺は、お前が大変なのを手伝えないけど、話し相手にはなれるから」
「……でも。でもそれじゃ、龍也に迷惑だもん」
仕事で忙しい龍也。その上、大事な大学受験も兼ねている。弁護士になるための、大切な一年。
私は、龍也の邪魔をしたい訳じゃない。
なんのための結婚か。
龍也は弁護士になるため、私は単に結婚したかったから。それだけ。私は龍也の夢を応援したいのであって、足を引っ張りたいわけじゃない。
「お前って、馬鹿なのな」
「馬鹿って何よ」
龍也が、呆れたように私を見る。
「俺らは、れっきとした夫婦なんだぞ。夫婦ってのはお互いが支え、支えられるもんなんじゃないのかよ」
夫婦って言ったって、紙きれ一枚の関係だ。
私達は確かに結婚して、同棲生活も一カ月弱だ。世間で言う新婚期間だ。
けれどそれは、出会ってから一カ月弱とも言える。
そして、今だに相手のことをよく知らない。
そんな人に、迷惑なんてかけられるわけ、ないじゃない。




