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a shame married couple  作者: コシピカリ
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最悪の始まり

2021年5月11日 編集しました。これからゆっくり、亀更新で進めていきたいと思います、 

〜side柚稀〜



冷房がよく効いている、ファストフード店。頼んだアイスコーヒーの氷が、小さくなっている。一口飲めば、渇いていた喉が潤った。


「ねぇ」


お店に来てもう10分はたとうとしている。沈黙が嫌で私が口を開けば、私と向かい合わせに座っている一組の男女のペアが、ビクッとした。

なんだか私がいじめているみたいで、良い気分がしない。


「そっちが話あるって、私を呼んだんだよね。なのにずっと黙ってるって、都合よくない?」


 まあ、結婚を1ヶ月後に控えていながら、最近は2人きりで会うこともなく。どこか余所余所しい雰囲気を感じてはいた。婚約者である私より、目の前の2人が会社で仲睦まじい雰囲気を醸し出していることも知っていた。その距離感がただの同僚の距離感であるわけもなく。

 大事な話があると告げられて、2人で来られた時点で、なんとなく予想できてしまったけど。

 けれど、それは当たってほしくない予想で。出来るだけ、考えたくない。


「それとも、勝手に察しろとでも?」


2人を一瞥してから、再びアイスコーヒーを飲む。さっきより、大分ぬるくなっていた。

 私が問えば。健人は今まで私を見ていた視線をずらし。隣に座っていた女が私を睨む。


「聞いてなかった?健人はあたしを選んだの!」

「うるさい、真紀には言ってない。ちょっと黙ってて」


 真紀とは同僚で、職場ではかわいいと評判だ。目はくりくりとしていて大きいし、口は下品すぎない赤色で艶やかに塗られている。髪は目立たない程度に茶色に染めていて、毛先がカールしている。

 同じ女から見ても、かわいいなって思う。同じ20代後半の女だとは思えないほど。だけど私は、真紀とこんな風に向き合って話し事が今までに無かった。

 理由は簡単だ。


「黙ってて?」


 真紀が前髪をかきあげた。


「なによ、すかしちゃって。あんたって、いっつもそう。ムカツくの、そのすかした感じが!余裕ぶっているとこが!」

 

 バカにされてる気がして嫌なの!と真紀が言った。

 真紀が私を嫌いなように、私も真紀が嫌いなんだ。真紀が私の態度が気に入らないように、私も真紀の態度が嫌いだった。


「その言葉、そのまま返してやるわよ。私も真紀が嫌い。直球で言ってくれたから、私も直球で言ってやる」


 遠慮なんてしないと、宣言する。真紀の顔が、険しくなる。


「私はあんたの自分は悪くないって態度が嫌い、ワガママなのが嫌い。大嫌い」

「あんたに何か迷惑でもかけた?」

「今のこの状況でよく言えたわね、迷惑かけられている真っ最中なんだけど。私と健人の結婚式、一ヶ月後だったの、会社で話したよね」


 一緒に結婚式場の見学に行ったのに。ドレスの試着だって、付き合ってくれたのに。似合っているねって、言ってくれたのに。

 時期的に見て、多分健人と真紀はその前からできていた。気づかなかった自分が、バカみたいだ。


「あんたのやった事って、泥棒だよ。しかも、私達が結婚してたら、不倫相手。世間は、あんたを悪く言う」

「じゃあ、そっちは被害者?」

「当然じゃない」


 結婚式の日取りを決めて、会場も衣装も決めていたのに。結婚できないだなんて。


「結婚詐欺に遭ったみたい」

「柚稀!」


 私と真紀が言い合いを始めてからずっと黙っていた健人が、会話を遮った。かなり固い表情だ。今日初めて、真正面から、男の顔を見た。


「俺とこいつに、さ。子どもが出来た」


 知ってるわ、会社でも散々噂になってたわ。その度、同情の目で。好奇の目で。腫れ物に触れるような扱いをされていたんだからな。知らないとは言わせない。


「だから?」


言葉に棘が入ってしまっているのが、自分でも分かる。けれど私はそれを、どうすればいいのか、分からない。


「私に言って、どうしたい訳?ねぇ健人」


 健人が、視線をずらしてからまた私を見た。目の前に座っているのは、私の大好きな顔、私の大好きな婚約者。

ちょっと垂れ気味の、愛敬のある瞳。ふわふわ黒髪の癖っ毛が、しっかりとマッチしている。ほんわりと優しい顔。いつもは穏やかに笑っているのに、今日は困っている。


「責任を取りたいと思う」


 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。予想通りの答え。


「責任?そりゃ、取らなきゃ世間の目があるからダメよね。社内の人間をヤリ捨てだなんて。けど健人、分かってる?私達、来月結婚式なんだよ。どっちにしろ、会社での評判最悪よ?よくこんな裏切るような事できたね」


健人の瞳が、わずかに揺れる。それを見て焦ったのか、真紀が健人の腕を掴んだ。すると気持ちが落ち着いたのか、揺れていた健人の瞳が落ち着いて、真っ直ぐに私を見た。


「ごめん」

「ごめんじゃない」


 健人の言葉に、すぐに切り返す。余裕がなくなっている、かっこ悪い。そう頭で自覚しながらも、私はどんどんかっこ悪くなる。


「私の事、嫌いになったの?」

「そう思われても仕方ないと思うし、弁明させてもらえるとは思ってない。けど、これだけは言わせて」



 柚稀の事、大好きだよ。



 馬鹿じゃないの。真紀が、健人の言葉に顔をしかめる。

 馬鹿じゃないの。それを弁明って言うんだよ。どうしてそんなことを、これから結婚する人の前で言うの。どうしてそう思ってたのに、浮気したの。言葉が出てこない。


「けど俺は、責任は取りたいんだ」

「……それは、健人自身の気持ち?」

 

 出てきた声は、小さくて。その答えを聞きたくなかった。


「うん、勝手だなとは思うけど」


 それにさ、と健人がポリポリと頬をかく。

 あ、嫌だ。何も言わないで、これ以上傷つきたくない。その仕草は健人の癖だ。何か言いづらい事を言う時の。


「真紀がさ、泣くんだ。健人さん、赤ちゃん出来たって。堕したくない、育てたいって」


 だから、なに。


「泣くんだ、真紀は。……けど柚稀は、泣かないだろ?」


 柚稀は強いから、大丈夫だよな。泣かない奴より、泣いてる奴を助けたいんだ。


 心が、すうっと冷えて、固まった。何も、言えなかった。なんて言えば良いのか、分からなかった。


「……勝手にすれば」


 健人が私の言葉に頭を下げた。



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