五 想像
平日夜の街の中心は、深夜になってもざわめきが息長く続いている。
庄田直紀は明るく電灯の点いた、しかし大きな窓は全面にカーテンが降りたカンファレンスルームで、舟形テーブルの上の通信機器からこの日最後の指示を出し終えるとふたりの部下に向かって言った。
「残念ながら、佐野さんの仕事は完全免除にはなりませんでした。すみませんが三回目の襲撃、フォローよろしくお願いします。」
「了解しました。でも大丈夫でしょう。私は見ているだけで終わる気がしますよ。」
「そう願います。」
黒髪のショートヘアに金のピアスがよく似合う、真っ赤な口紅の女性は落胆と感嘆が半々に混じりあった表情でため息をついた。
「大森パトロール社の警護員がいる状態で、正面から行ってターゲットを殺害できたら・・・・・アサーシン・テスト合格というのではなく、社長表彰ものですわね。」
「そうかもしれませんね、松原さん」
「逸希くん、やっぱり可哀想でしたでしょうか。ほかの会社のボディガードでも、テストにはなるのに。本人の希望とはいえ、よりによってあの会社の・・・・・」
「また吉田さんにもいわれそうです。スパルタ式ですねって。」
佐野が眼鏡の奥のよく光る眼で、隣の同僚を一瞥した。
「でも、あの会社が相手でも、方法はあるよ。とにかくまずはボディガードを殺す、と決めてかかればね。」
「まあね。でもそこまで割り切るケースは、さすがにうちの会社でもまだ多くないわよ。」
庄田は微笑し、やがてテーブルに手をついて、立ち上がった。
「ふたりとも、今日はこれであがってください。お疲れ様。・・・私は自席で少し別の作業を終わらせてから帰りますから。」
「・・・はい。」
佐野と松原が事務所を後にしてから、しばらく庄田はひとりで自席で端末を操作していたが、ほどなく携帯電話から電話をかけた。
相手はすぐに応答した。
「庄田です。今お電話よろしいですか。」
「お疲れ様。メールも見たよ。」
「体調は大丈夫ですか?」
「もうすっかり元気だよ。傷がふさがってくれさえすれば、走って出勤したいくらい。」
「・・・・・」
「うそだよ、そんなことはしない。」
阪元は電話の向こうで楽しそうに笑った。
「現場からの音声は問題なく届いておりましたか」
「ああ、最初から最後までね。逸希は・・・・・朝比奈は、ちょっと危なかったね。逮捕されるんじゃないかと心配したよ。」
「申し訳ありません。」
「ごめんごめん、君の教育を受けたエージェントがそんなことになるとは、思わないけど。それに、ひとつ安心したし、それからひとつ感銘も受けたよ。」
「はい」
「安心したのは、もちろん、前回とはまったく違ったということ。」
「はい。山添警護員への対応において、前回は躊躇しましたが、今回は最初から一片の迷いもありませんでした。」
「今回はそうだね。フフフ」
阪元が意味深長な笑い方をしたが庄田は無視した。
「・・・・・」
「あの短時間で山添の妨害から逃れて退避できたんだから、腕も上がってきたよね。そのうち山添クラスの警護員にも勝てるようになるかも。」
「そう願いたいです。」
「・・・で、私が感銘を受けたのは何か、わかる?」
「はい。わかります」
「言ってみて」
「月ヶ瀬警護員の問いに、すべて答えたことですね。」
「そうだよ」
「・・・・必要性あることを、していると。なにが一番か、わからないけれど、・・・・もしかしたらほとんどのケースで、見当外れのことをやっているのかもしれないけれど、と。」
「ああ、そうだよ」
「しかし一パーセントでも、役立つことがあるなら、やり続けるだけだと。」
「そのとおり、だよね。」
「はい。」
「新人のほうがよっぽど、偉いね。私や、お前よりも。」
「・・・・はい。」
「そう、思ったんだよ。」
「私も、そう思いました。」
庄田の唇が少しだけ笑った。
「そういうことで、私は今いたく反省してるとこなんだ。」
「そうなのですね」
「相当、だめな社長だからね。」
少しの沈黙があった。
阪元の声がまた楽しげなものに変わった。
「月ヶ瀬警護員の声もたくさん聴けてうれしかったよ」
「社長。」
「やっぱり、欲しいな。」
「・・・社長、お慎みください。」
「ごめんごめん。本当に仕事の邪魔になったときは、いつでも殺していいんだよ。遠慮なんかは、してないよね?」
「もちろんです。」
「今回は、邪魔にならないはずだったんだよね?」
「その予定でした。しかし同時に・・・・・」
「うん。逸希に良い経験をさせたよね。」
「はい。」
最後に阪元はため息交じりの笑い声とともに、ゆっくりと言った。
「・・・私と同じような、月ヶ瀬のファンが、また増えてたりして。」
「・・・・・・・」
電話を終え、庄田は足元の鞄を持ち、一旦席を立ったが、すぐにまた鞄を元の場所へ置いた。
そして、事務所出口ではなく奥の応接コーナーへ行き、ソファーに腰を下ろした。
およそ一時間後、事務所のガラス扉が開き、長身痩躯の若きエージェントが事務室内へと足早に入ってきて、そして驚いて足を止めた。
「庄田さん・・・・まだ事務所にいらっしゃったんですね」
ソファーの背にもたれて目を閉じていた庄田は、ゆっくりと目を開け、部下に向かって微笑した。
「たぶん、逸希さんは戻ってくると思いました。今日のうちにレポートの大まかなところを仕上げようと、思ったんですね?自宅からはできない作業もありますしね。」
「はい。」
「残業癖は全然抜けませんね。あまり根を詰めないようにしてください。」
「・・・・はい。」
「コーヒーでも淹れましょう」
「あ、それなら僕がやります」
「いいんですよ。」
応接セットのところで立ったまま恐縮している逸希のところへ、やがてパントリーからコーヒーカップふたつを持って庄田が戻ってきた。
「ブラックでしたよね?」
「は、はい。すみません」
「レポートは明日でいいですから、これを飲んだら帰って休んでください。とても疲れているはずです。」
「はい」
ソファーに上司と向かい合って座り、逸希は熱いコーヒーを一口飲んだ。ほっと息をはきだす。
庄田は部下の野性味ある浅黒い肌と対照的な、透けそうに真っ白な頬に少し不安の色を滲ませ、テーブルに目を落とす。
「どうでした?今回の襲撃は。」
「はい・・・・警護員の動きに、まったく気がつかなかったことは、第一の反省点です。」
「そうですね。同時に、・・・これは結果論ではありますが、浅香の詰めも甘かった。月ヶ瀬の言うとおりです。あなたと浅香と、そして私の、まあ合同責任ですね。」
「浅香さんは、警護員を殺してしまう・・・べきだったのでしょうか・・・・・」
「計画では、そこまではしないことになっていましたし、その必要はなかったでしょう。しかし完全に警護員の抵抗を封じるために、相手の技量を考えてどこまで何をすべきか、今回は良い勉強になりましたね。私の指示不足です。最終的には。」
「・・・・僕は・・・警護員というものを、少し甘く見ていた気がします。すみません。」
「浅香は若いけれど経験豊富なエージェントですよ。むしろ、大森パトロール社の警護員の、技術が他の一般的なボディガードたちと比べて、高すぎるんですよ。」
「はい」
自分もコーヒーを飲み、逸希の顔をもう一度見て庄田はその涼しげな切れ長の目を、穏やかな色で満たした。
「・・・次のアサーシン・テストは、別の会社のボディガードになるかもしれませんが、いいですね?」
「はい。」
「それは、あなたに低い力量しか期待していないということではありません。」
「・・・・・」
「私は、初めて大森パトロール社の警護員と対峙したとき、しそんじました。すでに経験を積んだアサーシンだったにも関わらず。」
「・・・・・・」
「浅香とペアだったとはいえ、かなり今回無理をさせてしまったと思っています。」
「いえ、強く望んで・・・お願いをしたのは、僕です。」
「月ヶ瀬警護員と対峙したのは二度目とはいえ、事実上は今回が初めてのようなものでしたね。どうでしたか?」
紫色がよぎるような漆黒の髪と比較し、やや色の柔らかいチャコールグレーの両目で、逸希は上司の顔を正面から見た。
「事前に聞いていたとおりの人でしたが・・・・なんだか、不思議な人だと感じました。」
「そうですか」
「なんとなく・・・・」
逸希は口ごもった。
庄田はそのまま部下を待つ。
「・・・・・」
「その・・・・少し、わかるような気がしました・・・・」
「・・・どんなことがですか?」
「価値観は正反対ではあるのですが、なんというか、心の奥にある背景みたいなものが、です。」
「はい」
「すごく・・・何ていうか・・・・」
「淋しそう?」
「はい、そうです。・・・どんな他人からのどんなものも拒否しているのに、それなのにその一方で・・・・」
「求めている」
「狂おしいくらいに、求めている感じがしました。仲間のこと・・・・山添警護員のことを、僕以上に、強く思いを持っている。それから、自分のしている仕事について、僕なんかが考えているより遥かにこだわっている。全てが、とても強くて苦しそうで。」
「そうですね」
「なのに、拒否しているんです。」
「求めているのに、拒んでいるんですね。」
「はい。」
庄田は顔を少しだけ傾け、困ったように苦笑した。
「敵である警護員について、あまり感情移入するのはよくありませんね。」
「・・・・すみません」
「まあ、でもいいでしょう。」
「・・・・・」
「あの会社から逃れられない以上、我々は、彼らの考えていることを考えることからも、逃れられないのでしょうから。」
庄田の微笑は、言葉とは裏腹に、苦渋をかみ殺すようなものになっていた。
深夜の雑居ビル二階は、大森パトロール社の事務所以外に人はなく静まり返っている。
先に立って事務所の従業員用出入り口をカードキーで開けた山添は、後ろから続いて入ってきた同僚がただならぬ静けさで押し黙っている理由が、半分しか理解できていないと感じていた。
「帰るとき、タクシー使えよ、月ヶ瀬。疲れているから運転は危ない。」
「わかってるよ。」
「警察の事情聴取、けっこう長かったし、クライアント宅での話はもっと長かったからな。しゃべっておられたのはほとんど奥さんだったけど。」
「ああ。」
「犯人をつかまえてくれ、って、半狂乱だったな。当然といえば当然か。」
事務室の明りをつけ、山添は給湯室へ行き、月ヶ瀬はロッカールームのほうへ歩いていく。
冷蔵庫の前で三杯目の麦茶を飲み干したとき、山添は驚いて給湯室から走り出て、ロッカールームのほうを見た。
ロッカーの扉を叩く、尋常でない音がしたからだった。
山添が入っていくと、ロッカーの扉にまだ右手拳を横向きに叩きつけたままの姿勢で、月ヶ瀬が少しうつむき加減でじっと立っていた。
「・・・どうした」
「・・・・・」
「月ヶ瀬」
山添が月ヶ瀬の肩に手を触れようとした。
しかし月ヶ瀬の鋭い声がそれを止めた。
「触るな」
「・・・・・」
さらに月ヶ瀬の顔が、深くうつむいた。
「・・・ごめん。大丈夫だから」
「・・・・・」
「本当に。」
「そうか」
「・・・悪かった」
山添はそれ以上聞かず、ロッカールームを出た。
数分後、着替えて事務室内へ出てきた月ヶ瀬に、すでに変わった様子はなくなっていた。
「明日は事務所でいいんだよな?」
「ああ。警護は夜だし、波多野さんへの報告が先だから。」
「わかった。それじゃ。」
事務所を出た大通りで、タクシー二台を拾う。
月ヶ瀬を先にタクシーに乗せ、山添は同僚の蒼白な横顔を心配そうに見た。
「気をつけろよ。お疲れ」
「ああ。」
こちらを見ず、同僚はそのまま去っていった。
翌金曜日、昼前から事務所へ出てきた山添と月ヶ瀬が、応接室で波多野部長への報告を終えたとき、事務の池田さんが応接室の扉をノックして入ってきた。
「波多野部長へお電話です。」
池田さんと一緒に応接室を出て行った波多野は、五分後、当惑した表情で戻ってきた。
書類を片づけていた山添と月ヶ瀬が上司の顔を見上げ、波多野はため息交じりに言った。
「電話は、村瀬さんからだった。」
「はい」
「警護は昨夜で終了にしてほしいとのことだ。」
「・・・・・・」
「電話ではなんだから、伺いますと言ったんだが、とにかくもういい、と。」
「はい」
「かろうじて教えてくれたけどな・・・別の警備会社を頼んだらしい。」
「そうですか」
山添も月ヶ瀬も、こうしたことには慣れており、特段の驚きもない様子で上司の言葉を聞いていたが、まとめた書類を持って立ち上がった月ヶ瀬がやがて言った。
「・・・・あいつらにとって、状況に変化が起こったということになりますから・・・・」
「ああ」
「新しい警護員がついてから数日は、警護中の襲撃はないでしょうね」
「そうだな」
うつむいたまま、月ヶ瀬は笑った。
「・・・警護中の、阪元探偵社からの襲撃は、ですけれど。」
月ヶ瀬は、同僚のほうをちらりと見た。
「なにか疑問?山添」
「いや・・・。お前の言いたいことはわかるよ。資料は俺も読んでるから。」
波多野がもう一度ため息をついた。
「警護員のいない時間帯が、これまで以上に危険ということは、いずれにせよ確かだろうな。先方には、警告しとくよ。」
「まあ、無駄でしょうけど。」
「そう言うな。」
月ヶ瀬は顔を上げて上司のほうをもう一度見て、微笑を消した表情になった。
「・・・いずれにせよ、警護が終わった相手・・・もうクライアントではない人間について、僕には関係のないことです。」
「ああ、そうだな。」
大森パトロール社の入っている雑居ビルと、駅を挟んで反対側にあるコーヒー店で、長身の二人の青年がテーブルを挟み少し狭そうにしながら向き合っていた。
まだ正午を少し回っただけで、店内はそれほど混雑はしていない。
「・・・風邪はもうよろしいんですか?三村さん」
「はい。ありがとうございます。」
「・・・・・」
「・・・高原さん?」
大森パトロール社随一の敏腕警護員は、社外随一の親友の前で、再び弱みを露わにしていた。
「すみません・・・呼び出しておいて、話が要領を得ず・・・・」
「いえ、おっしゃりたいことはよくわかりますよ。」
三村英一が、絵に描いたような端正な顔に慈悲深い微笑を浮かべた。
「そろそろ怜に・・・葛城に次の仕事が入りそうなんですが」
「はい」
「・・・・・・」
「当然、河合がペアになるんですよね」
「そのはずです・・・・・・」
「・・・・行き詰っておられるんですね」
「・・・行き詰ってます・・・・」
二人は同時にコーヒーを一口飲んだ。
「葛城さんも、そして高原さんも、社内どころか日本中探しても、おそらくこれだけ高いレベルのボディガードはなかなかおられないくらいの、敏腕の警護員でいらっしゃいます。後輩指導にそこまで悩まれることは、ないんじゃないでしょうか。」
英一の表情は、しかし言葉とは裏腹に、微妙に相手をからかっているような色があった。
「・・・・三村さん」
「・・・・・」
「いじめモードとかに、入っておられないですよね?」
「ははは・・・」
「しかし、確かに・・・・・」
高原の表情に、自虐の色彩が濃くなった。
「・・・・」
「確かに、俺は三村さんにお叱りを受けてもよいくらいの立場ではあります・・・・。三村さんの大切な友達である河合警護員が、あろうことか敵に自分を殺してくれと言わなければならないように・・・・してしまったんですから・・・・」
「・・・・・」
「それもこれも、我々先輩警護員が日頃から無茶なことばかりして、あの探偵社と対峙しては河合の寿命が縮むような危険を冒してきたからです。」
「まあ、そうですね」
「そしてついに河合は、自分が犠牲になって、ほかの警護員達がこれ以上危険な目に遭う状況を終わらせたいと思うようになってしまった・・・。」
「・・・終わるとは、とても思えませんけれどね。しかし、まったく同じことを、葛城さんという先輩警護員が河合の目の前で試みてしまったわけですから。河合が真似をしても、先輩としても叱れないですね。」
「はい・・・あ、いえ・・・・」
「?」
「いえ、叱らなければなりません」
「そうですか?」
「そうです」
「先輩はやってもいいけど、後輩はだめだと?」
「はい」
「それは無理でしょう」
「・・・・・・」
三村英一は、椅子の背もたれに体を預け、端正な漆黒の両目を伏せ、また少し笑った。
「そのことが通用しないことを、これまで散々思い知らされてこられたのではないですか?」
「・・・・・」
「近道などないですよ。」
「・・・・・はい」
「すみません、偉そうに」
「いえ・・・」
「河合に、どうか、良い見本を見せてください・・・・高原さん。ご自分のことを、大切にしてください。どんなときも。」
「・・・・・・」
「本当に先輩がそれをすれば、後輩は真似しますよ、そのうちに。」
「おっしゃる通りです。おっしゃる通り、なのですが」
「?」
「・・・・・その・・」
「やり方が、わからないとか」
「そうなんです。俺も、怜も。」
「・・・・・・・」
気まずい沈黙が流れた。
英一は、少し話題を変えた。
「そういえば、高原さん」
「はい」
「今、あの探偵社がらみの仕事は、大森パトロールさんに来ているんですか?」
「来ていました。夕べまで。」
「?」
「今日、クライアントから警護契約終了の連絡があったそうです。さっき崇から・・・・山添からメールがありました。」
「そうなんですか。・・・・・夕べ、もしかして襲撃が・・・?」
「はい」
「警護員さんは・・・・」
「月ヶ瀬も、山添も、無傷です。襲撃者も撃退しました。」
「よかったですね。それだって、ひとつのお手本ではありませんか?」
「・・・・・・」
「難しくお考えにならず・・・ご自分が怪我をなさらない警護を、積み重ねていかれればよいだけのことではないでしょうか。」
「あの探偵社が相手だと、自信を持ってそうしますと言いづらいことなのですが・・・・・」
「それはそうでしょうけれどね・・・。」
「・・・・・・・」
二人は同時にため息をついた。
気を取り直したように、英一が口を開く。
「月ヶ瀬さんも山添さんも、以前はかなりひどいケースがあり、とてもお手本には向かない警護員さんでしたが、今回は大丈夫だったのですね」
「・・・・・・」
高原の一瞬の表情の変化を、英一は敏感に見て取った。
「大丈夫じゃなかったんですか?」
「あ・・・いえ、そういうわけでは」
「山添さんが負傷されたときと、もしかしたら同じ刺客ですか?」
高原が笑った。
「三村さん」
「はい」
「瞬時にコンピューターのようにすべての要素を勘案して推測するのはやめてください」
「ははは・・・・」
「ご想像のとおりです。お見事ですね。」
「ありがとうございます。」
高原はコーヒーを半分ほど飲んだ。
「ただし心配なのは、崇の・・・・山添のほうではないんです。」
「月ヶ瀬さんですか」
「はい。」
「夕べの襲撃事件の後、月ヶ瀬の様子が異様だったそうです。警察を待つ間、刺客となにか話していたそうなのですが、恐らくはそれが原因だと思われるのですが、内容がわからない。」
「月ヶ瀬さんが動揺するようなことですか」
「はい」
「また、あの探偵社に勧誘されたわけではないなら、大森パトロール社の仕事を根本から否定するようなことなんでしょうね。」
「・・・・・・」
「そして重要なことは・・・・そのことを、月ヶ瀬さんも、もっともだと思ってしまったんじゃないでしょうか。」
「え・・・・」
「月ヶ瀬さんと大森パトロール社をつなぐものは、ひとつだけですよね。犯罪の否定。」
「そうです。」
「それが、否定されたんじゃないですか。」
「・・・・・少し、俺は事態を楽観しすぎていたかもしれないですね・・・・・・・・」
「あのとき、高原さんが、なさったこと。」
「・・・・・はい」
「意外と、月ヶ瀬さんも、同じことをなさるのではないですか?これはまったくの、憶測ですが。」
「・・・・・・」
高原は英一に感謝の一礼をして、そして事務所へと戻っていった。




