9 弱者って事が逃げる理由になるのかよ!
翌日の放課後。
アニ研部室は今日も
意味のない会話で満たされていた。
「だから、俺たち
赤池、今井、上田、江藤、奥村だろ?」
「おお! ア行がそろってるじゃん」
「これでなんかできねーかな」
「高瀬はア行じゃないから
仲間はずれだよな」
「高瀬空気読めよ」
「マジKY」
「なんで唐突にそんな理不尽な理由でハブられなきゃならないんだよ。
はい恋慕さん、よろしくー」
「こんにちは、高瀬恋慕です。
…………くすん。
高瀬はいらない子ですか?」
「大事だよな! 高瀬っ!」
「お前なにいってんだよ
高瀬最高じゃん!」
「高瀬、ハイル!」
「マジハイル!」
「敬礼までしなくていい」
とまあ、こんな調子でこれ以上なく
馬鹿で平和な日常を送っていた。
ちなみに恋慕はごくごく自然に居座っているが、部員の中でよもや彼女の存在に異議を唱える人物は一人もいなかった。
今日の恋慕はポップなキャラクターがプリントされたTシャツに、スパッツとハイソックス、それからところどころにプラスチック製のアクセサリーをちりばめている。
〝いまどきのJS〟らしいスタイルだ。
彼女が文化の違う異次元人なら
よく勉強していると言わざる得ない。
「よーしできたぞ!
見てくれ高瀬兄妹!」
赤池が立ち上がる。
あいうえおの五人が、
敦達の前に立った。
なにをはじめるのやらとあまり期待せずに見ていると、再び赤池が叫んだ。
「いくぞッ! 赤池!」
「今井!」
「上田!」
「江藤!」
「奥村ッ!!」
五人が扇状にポージング。
「五人合わせて!」
「母音――」
「――戦隊ッ!」
「オッパイダァーーーーーッ」
「ファーーーーーーーイブ!
…………オッパイダー!?」
「ちょっとまて江藤、
なんだオッパイダーって!?」
「打ち合わせと違うだろ!」
「だ、だって今井が
ボインって言ったから空気読んで」
「ボインじゃねぇ、ぼいんだ!」
「えっと……?
やっぱりボインじゃねぇかッ!」
「その絶望的な読解力は
どうにかならないのかよ!?」
「それ以上にオッパイダーっていう
ズッコケセンスをどうにかしろ!」
「あーっ!
あーあーあーっ!
みんなしてオレ苛めるんだ!
江藤苛めるんだ!
もういいオレオッパイダーやーめた!」
「「「「オッパイダーじゃねーッ!!」」」」
「……………………、
おにいちゃん、コレ、
どこまでがボケなの?」
「僕に聞くなよ」
呆れる二人を蚊帳の外にして、
オッパイダーファイブは
結成直後の内輪もめを続けた。
「だいたい、ぼいんじゃなくてぼおんにすれば問題が、……………………」
「お前の至らない学力…………………………」
「ん?」
突然部室が静かになった。
全員の動きがビデオの一時停止のように
硬直する。
新しい芸か、と思った矢先に、
一同は霞の如く消滅してしまった。
「え、えっ!?」
「落ち着いて、隔離空間に送られただけ」
軽いパニックになる敦を、
恋慕が冷静に宥める。
「着装」
恋慕の背中に、あのビジョンで見た
マントがふわりと飛び出した。
額にはサークレット、服装はだぶついた服をベルトで纏めたものに変わる。
いまどきJSが一転してファンタジーの魔法使いになってしまった。
「来て。私から離れないで」
そう言うと恋慕は部室の外に出た。
敦も慌ててその後を追う。
部活棟からすぐに見えるグラウンドにも
人気はなかった。
ノックに勤しんでいた野球部も体力作りをしていた陸上部も姿が見えず、学校全体がしんと静まりかえっている。
「なに、どうなってるの?」
「みんなを避難させたのよ。
おにいちゃんは……他の人とは条件が違うから、取り残されたみたい」
敦は左手の甲を見る。
V字の模様、こいつのせいか。
目の前の空間がぐにゃりと歪む。
昨日の要領でアパルが現れた。
「いきなりですまない。
ラブラらしき反応が
すごい勢いでこっちに向かってくる」
口ぶりから生徒の消滅は
アパルの仕業のようだ。
そういえば、ビジョンでも男の子が消えていた。あの時と同じということか。
「向こうから姿を見せるなんて、
どうしたのかしら……?」
「わからない。
ここでやり合うつもりかもしれないぞ」
警戒する一同の目の前で、
グラウンドの土が突然盛り上がった。
最初は一つ、次にもう一つ……気がつけば二桁に昇る数が隆起し、
それらは人型にまとまると、
「ブオオオォォォォォッ!!」
と叫び声を上げてこちらに駆けだしてきたではないか。
「ご、……ゴーレムッ!?」
「ご名答っ!」
敦の悲鳴に答えながら、
恋慕はステッキを取り出した。
木製の、これまた魔法使いがもっているような杖だ。恋慕の身の丈ほどはある。
「――――スパークッ!!」
恋慕がそう唱えると、
ステッキから電撃がほとばしる。
ゴーレムの一体に直撃し、
敵は元の砂に戻った。
だがその間にも敵は数を増し、
次々にこちらへ敵意を向けてくる。
「ちょっと手間取るかも。
おにいちゃんは安全な場所に避難して」
「いや、僕にも何か――――」
手伝うことは出来ないか。
とっさにそう口をついたが、
敦は言い淀んでしまった。
『だれもヒーローになれやしないわ』
『恋慕は、今回の件で少なくはないペナルティを被ってしまった』
二人の言葉が頭をよぎる。
「…………わかった。気をつけてね」
そう答えることしかできない自分が、
情けなかった。
敦は走り出す。格好は悪いが、それでも、恋慕に心配をかけさせないことが自分に出来る最大の手助けだ。
「妹を置いて逃げ出す兄か……くそっ」
どうして自分は、こうも『強くて、かっこよくて、優しいおにいちゃん』から遠く離れた情けない男なのだろう。
それが選択肢として正しいとわかっていながら、キリキリと胸が痛む。
こんなことならおにいちゃんなんて呼んで欲しくは無かった。
敦はとりあえず校舎を目指す。単純に、ある程度距離の離れた屋内ならば安全だろうという判断だ。
だがその目の前を人影が立ちはだかる。
「ブオオオオオオオッ!」
「う、うわあぁッ!?」
ゴーレムだ。突然現れた一体が、奇声を上げながら、拳を振り下ろしてきた。
咄嗟に身構える。
が、その拳は敦の眼前で
パンッ
と弾け飛んだ。
「走れッ! 早くッ!」
敦の肩に飛び乗ったアパルが叫んだ。
ゴーレムはめげずもう一撃を繰り出すが、それも光の膜に遮られて自滅にした。
どうやらアパルが
バリアを張っているらしい。
敦は指示通り駆けだした。
ゴーレムが唸り、追ってくる。
「奴の狙いは君みたいだね」
「なんでッ!?」
「さあ……、いやまてよ……」
結論を出さないアパルをさておき、
敦は校舎の中に飛び込む。
玄関のドアを閉めてやろうかと思ったが、残念、何かで固定されていて咄嗟には閉まらない。
ならば逃走を続けた方がいいと思い直し、土足で廊下を走る。
「はぁ……はぁ……っ!
僕はぁっ、
鬼ごっこ苦手なんだけどっ!」
「捕まったら攻守交代じゃない。
どうせ死ぬなら死ぬ気で走れ」
「正論だよ、ったくっ!」
全力で走っているつもりだが、体力に自信のない敦と疲れを知らないらしいゴーレムの距離はどんどん縮んでいく。
逃走を断念した敦は教室に飛び込んだ。
工業実習室だ。
扉に鍵をかけ、ぜぇぜぇと爆発しそうな心臓を押し殺して、なにか武器になりそうなものはないか探す。
「戦っても無駄だよ」
そんな敦にアパルは冷たく言い放った。
「あいつらはコアに強力なダメージを与えないと止まらないんだ。
君にはアレを倒す術は無い」
「じゃあどうするのさ!?」
抗議を打ち破り、ゴーレムがドアを強引に破壊、乱入してくる。
「ブオォォーーーーーーーッ!!」
一声吠えると跳躍し、
敦に飛び掛かった。
ぱかんっ。
アパルのバリアで、
敵はバラバラと砕けてしまう。
が、ほっとする間もなく、
ゴーレムは砂から人形へと体を戻す。
対峙すると、二メートルほどの体格の良い大男のように見えた。
「オオオオオッ!」
敵は自らの破損を恐れることなく、次から次へと拳を繰り出し、右手を砕かれては再生、左手を砕かれては再生とがむしゃらにバリアを殴り続けた。
「……ぐぅッ!」
アパルの表情が歪む。バリアを介して体力が消耗してきているようだ。
「あまり持ちそうにない。
……五つ数えたらバリアを外すっ!
君は後ろから逃げるんだッ」
そう叫んでアパルは敦から飛び降りた。
「君はッ!?」
「注意を引くッ! ……五、」
注意を引くといっても、
バリアは万全じゃない。
解除された直後に
アパルはどうなるんだ?
「……四ッ!」
本当に逃げるしかないのか?
なにも出来ないのか?
「三ッ!」
また逃げるのか……逃げていいのかよッ!
「二ッ!」
いいわけがないだろ!?
考えろ……、考えるんだっ!
「一ッ!」
諦めるな。
……絶対何か方法はあるはずだ!
敦は葛藤にも似た焦りの中で、
周囲を見渡し――、
「――ッ!?」
「ゼロッ!」
「アパル、避けろ!」
「!」
バリアが解除される。
最後の一瞬に拳を砕かれたゴーレムが、
次の一撃を繰り出す。
もともと一撃は避ける予定だったのだろう、アパルは小さな身を翻して手頃な台に飛び乗った。
その瞬間、敦は側にあった小さな金属バケツを相手にぶつけた。
ばしゃりと中に満たされていた高温の液体が飛散する。
続けて後ろに跳び、設置してあった消化器を噴射してやった。
ガスの噴出する高い音に乗って、
ピンクの粉がゴーレムを包む。
「オ……ゴ……」
粉じんが晴れると、ゴーレムは全身にメタリックな異物を浴び、
身動きが取れなくなっていた。
「でぇぇぇぇりゃあぁぁぁっ!」
敦は消化器の空容器を振り上げ、
勢いよくゴーレムを殴りつける。
ごぉんという衝撃が鈍器から敦の手に伝わり、液状のくさびを体に染み渡らせた土の人形は、悲鳴もあげずにもろく崩れ去った。
もう再生する気配はない。
「……まさか、ゴーレムを倒すなんて」
アパルが周囲に飛散する、飛び散ったロウのような金属を拾い上げて言った。
「驚いたね、一体何をしたんだい?」
「実習で使った……えっと……、
ホワイトメタルだっけ。
スズとか鉛とかの合金で、フライパンとたき火さえあれば簡単に溶けるんだ」
おそらく補習か何かのために準備されていたものが、使用者の空間隔離で放置されていたのだろう。専用装置の中でぐつぐつと煮たぎった状態だったホワイトメタルを、咄嗟にぶつけてみたのだ。
あとは、念のため消化器のガスで急速に冷やせば、ゴーレムの体は金属で覆われて動きを封じられてしまうというわけだ。
敦にも戦う手段はあった。
今まで得た知識と知恵一つで、
状況の打開は可能だったのだ。
逃げたのは恋慕のためではない。
敦自身が戦うことを諦めたからだ。
「『今できることの模索を止めた時、
初めて全てが不可能になってしまう』
……か」
「なんだいそれは」
「〝ベガ姉ちゃんの受け売り〟さ」
ゴォォウンッ!!
校舎の外から、
晴天の空の下で雷鳴が轟く。
恋慕は未だあの敵と交戦中なのだろう。
「恋慕っ!
あんな大がかりな魔術を使って……!」
アパルがグラウンドが見える
窓辺に駆け寄り、唸る。
「……まずいのか?」
「君には言うなって口止めされたけど、
……恋慕は君の治療に大量の魔源を
消耗し続けている。
万全で戦える状況じゃないんだよ」
またそれかよ……全て知らないところで動いていて、自分はそんなこともわからないで恋慕に接していたということか。
そうまでしてくれたあの子の気持ちを
疑ってたのか。
……くそっ!
「敦、君はどこかに身を潜めててくれ。
僕は恋慕の支援に行く」
アパルはそう切り出した。
「まって、僕も行く」
敦が言うと、半ば予想していたのか
アパルは口調を強め、
「今のは状況が生んだまぐれだ。
君が付いてきたところで
足手まといなんだ!」
と怒鳴った。
だが敦はもう退くつもりはない。
退く事なんて出来なかった。
「僕だってなにかできるかもしれない。
止められてもついて行くぞ」
「君は弱者なんだ、
それを自覚してくれ!」
「弱者って事が逃げる理由になるのかよ! 僕は恋慕のおにいちゃんなんだぞ!」
「そんなお遊びを、
今持ち出すんじゃない!」
「――――いいか、よく聞けッ!
恋慕が望んで、僕が望んで、
二人は兄妹になったんだ!
だったら僕は僕なりの〝おにいちゃん〟を貫く! 妹を置いて逃げ出す兄貴がいてたまるもんかっ!」
「――……っ」
剣幕に圧され、アパルは押し黙った。
そして、
「……わかった」
と頷いてみせた。
「僕らは魔源、魔術を駆使する変わり、
下層界の技術には乏しい。
その隙間を縫うように、君の知恵が役に立つかもしれないからな」
「逆に僕は魔術を知らなさすぎる。
策がある。
いくつかの質問に答えてくれ――……」




