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7 『ティンク☆ランナー ミルキー』

「「ただいまー」」



 それから数十分の道のりの後、

 二人は自宅に辿り着く。

「おかえなさい。

 ……敦、あんたに荷物届いてるわよ」

 そういって母親が段ボール箱を投げてよこしてきた。有名通販会社の小さな箱だ。



「え……あっ!!

 そうだ今日が発送日だった!」



 普段なら指折り数えて待っている荷物を

 すっかり忘れていた。

 これも常識外の妹ができたせいだ。


「またアニメ?

 ほんと誰に似たのよあんた……。

 恋慕はああなっちゃダメだからね」

「あ、あはは……」

 しかめっ面をする母親と苦笑いの恋慕を無視し、敦は段ボール箱を奪取、自室にダッシュした。チェケラッ!


 はやる気持ちを抑えて箱を開封し、

 ディスクをプレイヤーにセットする。

 程なくして制作元、利権のロゴが表示――こいつがスキップできないのがわりとストレスだ――それが一通り終わるとやっとタイトルコールが入った。




『ティンク☆ランナー ミルキー』





 女の子がホウキに跨り、五芒星の星で満たされたパステルカラーの空を飛んでいるOPアニメが始まる。



「……おにいちゃん、これ……、

 子供向けアニメじゃ……」

 いつの間にか隣に現れた恋慕がどん引きした声を出した。


「うるさい!

 今そういうのいいから!

 小一時間黙ってて!」

「は、はい」

 気圧されて押し黙った恋慕は、

 そのまま敦の隣に腰を下ろした。

 一応、一緒に鑑賞する事にしたらしい。






 『ティンク☆ランナー ミルキー』は魔法少女アニメだ。この類のアニメは年少をターゲットに作られた作品と、それに近いものを最初からオタク勢向けに作られた作品の二通りのパターンがあるが、本作は恋慕の指摘通り年少向けアニメである。




 ティンクとは童謡『きらきら星』の英訳歌詞から引用された単語で、

 ランナーと掛け合わせて『星空を走る子』という意味の造語だ。ヒロインの名前であるミルキーは天の川や銀河という意味の『ミルキーウェイ』からきている。

 ミルキーは空に浮かぶ『星空の里』に住む、夜空を作る一族の女の子だ。かの一族はホウキに跨り空を自由に飛び回るが、おちこぼれのミルキーは学校でも唯一、空を上手に飛ぶことができない。

 そこで彼女は天の川の流れに乗って助走を付け、なんとか飛び立とうとするが……運悪く落っこちてしまい流れ星のように地上へ落下してしまう。

 物語はそこからスタートする。




「まあそれが一話で

 これもう十二話なんだけどね」

「……はぁ」

 意気揚々と説明するが恋慕からは生返事しか返ってこない。



 だがオタクという生き物は得てしてそんなことを気にしないのだ。敦も例に漏れず、語り出したら止まらなかった。





 紆余曲折あり、ミルキーは笹之葉タウンという賑やかな町にに居候することになる。

 空を飛ばずに星空の里へ帰るには十二個の『願い星』を造らなくてはならない。

 それを造るためミルキーは、困っている人の願いを叶えて、『星空のコンペイトー』という願い星の素を手に入れようとするが……毎度、その願い星を悪用しようとする悪い奴が現れるのだ。

 『ブラックホールスター』を名乗る彼らはミルキーの前に現れるたび、願い星の素となる『願い』にネガな力を吹き込み、ねじ曲げた怪人を繰り出してくる。





「それが意外と的を射てるんだよ。人の願いにはかならず裏表があるんだなーって」

「……はぁ」

 相変わらずの生返事である。

 だが敦はやはり止まらない。





 ミルキーは笹之葉タウンの住人と交流し、彼らの願いに迷いが生じた時にいつも助言をする。それらはミルキー自身の言葉ではなく、彼女の姉にあたるとされる、『ベカ姉ちゃんの受け売り』なのだ。

 ミルキーは誰かに助言をしているつもりで、憧れのベガ姉ちゃんの言葉を胸に、いつも自分に負けないよう決意するのだった。

 エピローグで、ミルキーはホウキに跨り空を飛ぼうとする。

 毎回失敗に終わるが、ほぼ必ずそのシーンが入る。

 それをどう受け止めるかは視聴者次第というわけだろう。









「あー、おもしろかった」

 本当に一時間前後、

 二話を見て敦は大きく伸びをする。



「そ、そんなに……?」

「うんそんなに」

「……でもこれ、子供向けアニメだよ」

「ん?

 関係ないよ、おもしろいから」

「うぅん……」

 恋慕は理解できないといった様子で

 困惑してしまった。

「それって結局おにいちゃんが

 ロリコンってだけじゃ」

「失敬な」

 と、突っぱねてみるがよく受ける勘違いなので腹も立たない。



「一話二話見ただけじゃおもしろさはわからないだろうけど、ん~、そうだなぁ……ミルキーの真っ直ぐさっていうか……、決して負けないっていう決意というか……」

「『おにぃちゃんのこと、

  だ~いすきだよ♪』」

「……だーかーらー、違うんだって……」

 頑張って説明したが

 わかってもらえなかったようだ。



「むぅ」



 一方恋慕は渾身のぶりっ子が不発に終わったのがご不満だったようで、唇を尖らして拗ねてしまった。

 結構なナルシストぶりである。



「だいたい、ヒロインの真っ直ぐさなんて言っても、困った時に愛とか夢とか唱えるだけじゃない。なんでもかんでもそれで片付いたりしないわ」

 言っていることは正論だが、

 なんだか言葉にトゲが目立つ。

「うーん。

 そりゃそうなんだけどさぁ……。

 でも、同じ力量同士が競い合った時、やっぱり愛とか夢とか、そういうのを背負っている方が勝つんじゃないかな」

 自分でも小恥ずかしいことをしゃべっていると苦笑いしてしまった。





「……」





「?」

 馬鹿にされると思っていたが、どういうわけか反応がない。

 恋慕は少しして、

「そんなに、簡単なわけないじゃない」

 と呟くように言った。

「愛とか夢とか。

 ……アニメの中だけの話よ。

 そんなこと振りかざしたって、

 だれもヒーローになれやしないわ」

「身の蓋もない言い方しなくても……」




 ……あ。そうか。




 恋慕は作り物ではない命をかけた戦いをしてきたのだ。

 女騎士を音速で追い、ドラゴンに高熱の砲弾をぶつけられ、子供を庇って地面に叩き付けられて。



 そんな彼女に、殴り合いの喧嘩すら経験したことのない敦がアニメの哲学で戦いを論じてしまった。

 いくらなんでも配慮が足らなさすぎる。



「ご、ごめん、

 なんか僕、生意気言っちゃって」

「ううん、……私の方こそ、

 なんか熱くなっちゃった。ごめんね」

 何故かお互い謝り合う

 展開になってしまった。




 微妙な空気にちょうど割って入り、

 一階から母の大声が轟く。

 曰く、風呂が沸いた。

 どちらでもいい、さっさと入れ!

 ……と。



「私行ってくるね」

 その場から逃げるようにして、

 恋慕は階段を駆け下りていった。

「……、ふぅむ」

 敦はひとり、

 ぽつんと取り残されてしまった。

「なんだかなー……」

 床に座り、頭をベットにもたれさせ、

 んー、と唸る。



 どうも歯車が合わない感じだ。

 まあ、出会って一晩、そうそう人間関係が円滑に行くとは思えないが、彼女とはもう少し共同生活することになりそうだし、自分ももうちょっと仲良くしたいと思うのだが。




 いかんせん敦は女の子という人種がどんなものなのかよくわからなかった。




 そもそも、だ。




〝敦は美少女に『おにいちゃん』と呼んで欲しいタイプの人間なのである〟が、

 それがアニメやギャルゲー由来である時点で間違いなのだ。


 アニメと現実が食い違うことはさっき立証済みだし(立証するまでもないが)、よしんば恋慕が求めている兄妹像が敦同様の空想基準だとしてもだ。



 アニメのおにいちゃんというのが、

 妹キャラ曰く、

『強くて、かっこよくて、

 優しい私のおにいちゃん☆』

 ……なのに、敦はどうだ。




 強くない。運動音痴で、喧嘩はからっきしだめだ。

 殴り合いなどしたことがない。



 かっこよくない。オタクだし。

 ……オタクだし……。



 優しい……うぅん、多分人並みには。

 人並みだから憧れられるような

 存在ではないだろう。



 ドラゴンについては

 ただのラッキーだし、後は、

 ……………………。



「……うわぁ、何にもないぞ、僕」



 惨状だ。

 酷いもんである。

 今一時の兄妹関係だとしても、

 もう少し〝おにいちゃん〟らしさに

 努力が要るな……。

 そんな憂鬱な気持ちで溜め息に近い声を上げていると、

 突然目の前の視界がぼやけた。

 目が霞んだか、とまぶたを擦るが、

 違う。

 正面の光景がぐにゃりと

 渦巻いているのだ。




 それはねじ切れるのではないのかと思われるほど捻ると、ぽんっと小さな影を残して元に戻ってしまった。



「やれやれ、とんだやぶへびだよ。

 まるっきり僕に投げてるもんなぁ」



 影がぼやく。

 喋るぬいぐるみのアパルだ。

 そういえば今日一日見ていなかったが、どこかで仕事をしていたようだ。



「帰ったよ恋慕。

 事務は大方終わらせてきた」

「あ、今、お風呂行った」

「ふぅん、そう」


 そう言って人のベットにあがり、

 寝転がって雑誌を読み始めた。

 完全にマイホームとしてくつろいでいる。



「ねぇねぇ、今のなに?

 空間転移?」

 敦は興味津々で食い付いてみる。

「ん? そうだよ。

 みたまんまだけどね」

 アパルは素っ気なく、

 雑誌を読みながら答えた。

「へー、へーっ! 初めて見たっ!」

「そうだろうね」

「僕にも出来る!?」

「下層人には物理的にムリ」

「物理なんだ、へーっ!」


「……馬鹿っぽくて面白いよね、君は」


 やっとこちらに意識が向いたと思ったら、ちょっと失礼なことを言ってきたぞ。

「恋慕が興味を持つ理由が

 わかった気がする」

「どんな興味だよ。

 二人しておもちゃ扱いして」

「へぇ。ずいぶん弄られたみたいだね」

「たっぷりね。

 耳たぶ噛みつかれるわ、仲間はみんな洗脳されるわ、でっかい棒で……げふん、

 ……最後の嘘」


 というか嘘だと信じたい。


「そっか。まあ、せいぜいいちゃついたらいいんじゃないかい」

「いちゃつくって、

 恋人同士じゃあるまいし」

「恋慕のこと好きなんだろ?」

「好きとか嫌いとかじゃない」


 するとアパルは意外そうな顔をして、


「あれ、恋慕のこと嫌いなのかい?

 僕はてっきりロリコンかと」

「…………ああ。

 どいつもこいつも…………」



 まあそのケはあるけど。



 認めると心の中にあるなにかが切なくなるので口にはしないが。



「だいたい、僕が好きだ嫌いだ言っても、

 恋慕の方が遊びじゃないか。

 そこらじゅうにエロビームを

 まき散らしてるし」

「え、……エロビーム?」

「『はじめましてぇ、私、

 おにいちゃんの妹の恋慕ですぅ』

 ……ってやつ」

「気持ち悪ッ!」

「再現率の低さは言うな。

 ともかく誰に対してもこの調子だし、

 あー。

 別に僕じゃなくてもいいんだなぁって」



「……はぁ」



 ぽりぽりと頭をかき、

 アパルは呆れたような声で言った。

「まあなんだ、恋慕もあれで

 ストレートなのは苦手だからな。

 すれ違いもあるか」

「どうだか」



「…………そうだなぁ」

 アパルは首を傾げ、

 天井を仰いで少し悩む。

「恋慕はラブラの消息について、

 何か君に話したかい?」

「あの女騎士? 聞いてないよ」

「そっか。

 ……まあでも、これは恋慕から言うより

 僕の口から言った方が良いかな。

 昨日見せたビジョンを思い出してくれ」


「あ……うん。

 忘れてない。多分」

「君はよくやってくれた。

 奇跡的な活躍で、

 僕の相棒の命を救ってくれた。

 それは非常に感謝をしている。

 ……でもね。

 僕らはラブラを

〝逮捕しよう〟としていたんだ」

「…………………………、あっ!」



 そういえばそうだ。

 恋慕はラブラを追跡していたのだ。


 だがあの時ドラゴンになった敦は

 猛火でラブラを吹き飛ばしてしまった。

 つまり、〝逮捕〟という任務は

 完全に失敗しているのだ。



 敦はてっきり、自分の行動で事件が解決したと思い込んでしまっていた。



「わかったみたいだね。

 特級犯罪組織の一味とされていたラブラは、結果として現在消息不明。

 同時に、

 組織の手がかりも断たれてしまった。

 それで君を責めるつもりはない。

 いや責める事なんてできやしない。

 だけど恋慕は、今回の件で少なくはないペナルティを被ってしまった。

 それでも彼女は、

 上司の反対を押し切って

 君の治療を志願したんだ。

 だから、……ほんの少しでいい。

 その意味を考えてやってほしいな」

「……」

 自分の知らないところでは、

 そんなことになっていたのか。



 少し考えればわかることじゃないか。

 ……ちょっとした英雄気分だった。

 なんだか情けなくなる。

 結局、

『だれもヒーローなんかになれやしない』

 ということか。



「そういう顔をしないでくれ。

 何度も言うが、君に非はないよ」

「……難しいなぁ」

「そんなもんさ」



 そういうと、アパルはまた

 雑誌に気を向けてしまった。



 敦も無言でベットにもたれ掛かる。

 沈黙。



 ああ、今日はこんな状況ばっかだな。

 ちらりと時間を見ると、恋慕が部屋を出てから十分少々経過していた。


 ……そろそろ頃合いか。



 よいしょっと立ち上がり、部屋を出る。





「ちょっと待つんだ」




 それをアパルが制止した。

「なに?」

「まさかと思うが、恋慕の入浴を覗き見しに行くわけではないよね?」

「そ、そんなことするわけないだろっ!

 パンツを拝借しに行くだけだ!」

「そうか、それなら、

 ――全然良くないッ!」

「しまったっ!

 動揺してつい本音がっ!」



「この空気と状況で

 よくそんな破廉恥行為に及べるな!

 君のパンツに対する並々ならない情熱は

 一体何なんだよ」

「パンツが特別好きというわけじゃない。

 パンツなら限りなくグレーを突き進めると確信しているだけだ!」

「おもいっきりブラックだ!」

「じゃあ靴下ならいいんだな!?」

「下層界の警察はもっと仕事しろ!

 法整備はまだなのかよ!」

「グレーゾーンを心がけているからな!

 簡単には捕まらないぞ!」

「いけしゃあしゃあと胸を張るな!」

「ところでさ。

 恋慕ってジュニアブラはしてるの?」

「知るかッ!

 聞くなっ! 知ってても教えるかッ!」

 計画が頓挫してしまった敦は、

 嗚呼と項垂れて元の位置に戻った。



「くそう、こいつさえいなければ……」

「恨み節はせめて胸の内にしまってくれ。

 だいたい君は先のことを

 まったく考えて無さ過ぎだ」

「なにが?」

「それが発覚してみろ。どんなプレイを強要されるかわかったもんじゃないぞ」


「…………………………おぉ、こえ~」


 考えると背筋に寒気が走った。



 ちょうどそこで、

 渦中の恋慕が戻ってくる。

「……おまたせ。

 ママが用事あるから先に入るって」

「あ、そう。急用かな……お」



 普段は纏めている髪を下ろした恋慕は、

 印象が全然違った。

 バスタオルで拭いている最中の濡れた髪は妙に色気がある。

 子供らしいピンクのパジャマが、ちょっとしたギャップを感じさせてまた良い。



 恋慕は敦の視線に気付くと、

 きょとんとしてからその意味を察し、



「惚れ直した?」

 と微笑んだ。

「うん……可愛い」

「えへへ。

 おにいちゃんにいわれると嬉しい」

 恋慕ははにかんだ笑みを浮かべてから、

 ベットの上に座った。






「それで、どっちがいいの?」

 軽く湿気ったバスタオルを折りたたみながら、恋慕は問いかけた。




「は? なにが?」

「なにがって。靴下かパンツ」

「……聞かれてました?」

「うん♪」

 恋慕の微笑みが邪悪なものに変わる。

「ねえどっち?

 どっちで苛められたいの?」

「あ、あは、……あはは……」





「……今夜も上層界で寝床を探すかぁ」

 アパルは雑誌を閉じ、

 ぼやきながら空間転移していった。


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