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3 河川敷の空中バトル

 ああ、父さん母さん、放蕩息子はついにやってしまいました。



 敗因がアニメ見過ぎゆえの軽率さとか、字面だけなぞるとへんな誤解を招く最後ってちょっと情けないです。



 走馬燈は見られませんでしたが、

 でも恋慕ちゃんのパンツは見れました。



 縞パンです。

 よくわかってると思います。冥土の土産に目にしっかりと焼き付けておきました。


 ああ、光が見えてきた。

 ……これがあの世への道しるべ?

 父さん母さん、生まれ変わったら、今度こそ二次元美少女をお嫁さんにしたいです。

 いよいよお別れです。

 ありがとう、本当にありがとう。

 さよ~なら~―――――――。




 グワシャアアアアアァァーーーーンッ!!





「!?」





 轟音が敦の耳をつんざく。

 浮遊するようなふわついた意識がいま、

 はっきりと覚醒した。


 晴天に……グワシャアアァァンッ!!

 ……再び何かの音が轟き、発光する。


 ドッと風を切り、

 住宅街の真上を二つの影が走る。



『ここは、空? え?』



 戸惑う敦の前方に、

 真っ赤な鎧を纏った女騎士。

 純白の翼を広げ、空を駆けていた。


 それに続くのは、ホウキに乗った少女。

 恋慕だ。

 彼女はマントを翻して、その女に続く。

 音速の領域。

 両者に一瞬の油断も許されなかった。



 これはチェイスだ。

 恋慕は女騎士を執拗に追っているのだ。



 そういう知識を、リアルタイムで誰かが敦に伝えてくる。

 今見ているのは過去の映像で、敦の脳に直接ビジョンを見せつけているのだ、と。



 恋慕は異次元の警察機構で、違法に次元を越えた女騎士を逮捕しようとしているのだ。



 恋慕が口元で何かを呟くと、ホウキから電撃がほとばしり、女騎士を狙う。

 雷の魔術。

 これが先ほどの轟音の正体で、恋慕のよく使う武装だ。ビジョンがそう教えてくれた。

 女騎士は間一髪の隙に攻撃回避して、速度を上げ続ける。





 障害物などまるでない空中の、いつ終わるともしれないドッグファイトは、恋慕のある一撃で新たな展開を迎える。

 連射していた電撃に、緩急を加えたところで見事翼に命中したのだ。

 翼を焼かれた女騎士は、

 突然失速を始めた。



「ちっ」



 と、舌打ちをした彼女は、

 すぐに逃げる術を求めて地上を見た。



 敦の視界がかってに動く。

 まるで映画を見ているようだ。



 ラブラの視線の先に、中規模な河川と、

 その土手で寝そべっている男子高校生。

 なにが嬉しいのか、馬鹿面とも言うべき幸せそうな笑顔で昼寝をしている。



 そのすぐ上空では異次元人の死闘が繰り広げられているというのに……もっとも、見えないように工作されているらしいからしかたないが。



 ん。

 いやよく見ると、

 アレはウチの生徒じゃないか

 ……いやまて、あれは……。




 みんなの大きなお友達、高瀬敦クン。

 ……僕じゃないか!




 そういえば学校が半日で終わった日、下校中に住之川の辺りで昼寝をしてたっけ……ああ、そのにやにやした笑顔やめろよ。どんな夢見てるんだよっ!



 嘆く当人を差し置いて、女騎士はどこからか五センチほどの長い針を取り出し、地上に撃ちはなった。



「いてっ」

 っと、ビジョンの向こうの敦が悲鳴をあげて飛び起きる。



「さあ、『我に従え』ッ!」



 ラブラが気高く命令した。

 すると敦が胸を押さえて

 苦しみ始めたではないか。



 おいおいまってくれなんだこの展開は。

 まずいだろ。

 閲覧者側の敦を

 さらに悲しませる事態が続いた。



 べりり、と悶える敦の背中からコウモリのような羽が生えたのだ。



 我が事ながらえぐいと思った瞬間に、

「うわあああああああああああああッ!!」


 と絶叫をして過去の敦が発光した。



 渦巻くエネルギー波が恋慕を襲う。

 彼女は一瞬バランスを崩したが、すぐさま立て直した。



 そして怒鳴る。

「ラブラッ!

 下層人を巻きこむなんてっ!

 ……何をしたのっ!?」


 ラブラとは女騎士のことで、

 下層人とは恋慕達から見たこちらの次元の人間を言うのだろう。

 さすがにそのくらいは理解できた。



「これ以上罪を重ねないで!

 これはもう極刑モノよ!」

「捕まれば、だろう?」

「なにを……、っ!!」

「GUUUUUUUUOOOOOOO!!」



 雛鳥の羽化を迎えた卵のように、

 発光体が割れる。

 獣の雄叫びと共に、

 何かが空へと舞い上がった。




 角の生えたイグアナのような顔と、

 全身を覆う鱗、

 そしてコウモリのような翼。

 ファンタジーの王者とも言うべき怪物

〝ドラゴン〟だ。



 大きい。

 頭から足の先まで、少なくとも五メートルはある。尾を含めればもっとデカイ。



『っていうか……あれ、僕なんだよね?』



 状況から言っても間違いないだろう。

 ビジョンの先で高瀬敦はいま、

 超巨大なドラゴンに強制変身させられてしまったのだ。



「肉体変化の魔術……惨いことを……。

 人のする事じゃないわ!」

「何とでも言うが良い。

 征け、ドラゴンッ!!」

「GUUUUUUOOOO!!」

 ラブラの命令に従い、

 凶暴なドラゴンが火炎を放つ。

 砲弾の如き焔の塊が恋慕を襲った。



『危ないッ!!』



 これが過去の映像であることを忘れ、閲覧者側の敦は悲鳴をあげた。

 恋慕は彼の心配をよそに

 危なげなく弾を回避する。


 しかし恋慕を掠めた炎は勢いを殺すことなく、そのまま地面に着弾、そして。




 ボンッ……と、その周辺の住宅街が爆発を起こした。



 その場にはごく普通の日常をおくっている人々が居るはず。


 それらが一瞬でかき消えてしまった。


 大事なのはわかるが、ここまでくると規模が大きすぎて敦には実感が湧かない。



 見ているだけで唖然となってしまった。


 だが現場にいる恋慕はそうはいかない。

「アパル、聞こえてる!?

 住宅街に被害が出てるッ!

〝転送〟は終わってるんでしょうね!?」



 アパルはたしか、さっきのぬいぐるみの名前だっただろうか。

 あれが恋慕とどのような連携を取っているかは定かではないが、とにかく彼女は救援を求めた。



 その間を敵は待ってくれたりはしない。



『恋慕ちゃん後ろッ!』

「ッ!?」



 いつの間にか背後に回ったラブラの剣が振り下ろされる。

 ……こちらの声など届くわけがないが、敦の警告と同時に恋慕は身を翻した。


 回避成功と思ったのもつかの間、お次はドラゴンの鋭い爪が襲いかかる。


 あの図体で、ずいぶんと素早い。

 剣が舞い、爪が空を裂き、

 炎が街を焼く。

 両者は恋慕に休む隙を与えず

 攻撃を繰り返した。


 一対二の状況に、

 恋慕は防御に徹するしかない。


 素人目にもわかるほどの劣勢ぶりだ。



『いいかげんにしろッ!』



 敦は怒鳴った。

 自分が高瀬敦なら、

 あのドラゴンだって高瀬敦だ。

 操られているとはいえ、こんな理不尽に荷担しているなんて我慢が出来なかった。

『なにやってんだよ、僕!

 敵はその子じゃないだろ!』



 どんなに声を荒げても、怪物と化した自分は暴挙を止めなかった。



 巨大な口を開き、また一撃火炎を放つ。

「あっ」

 いままでの高速旋回なら、

 避けられたはずだった。

 だが何を思ったのか恋慕はその一撃を避けたりしなかった。



 衝撃、爆発。



 直前にバリアらしきものを展開したが、恋慕は華奢な体を空中に放り、自由落下で地面に叩き付けられる。



「くぅぅ……ッ」

 歯を食いしばり、立ち上がる。

 その背中に、目の前の事態に腰を抜かし、逃げることが出来なくなった少年がいた。



 五つぐらいの子供だ。

 彼女は少年を庇ったが故に、炎を避けることができなかったのだ。



「アパル、河川敷。

 子供がまだ……取り残されてる」

 彼女がたどたどしく指示を出すと、

 アパルの仕業か、少年はすっとかき消えてしまった。安全地帯に送り込まれたようだ。





 恋慕は呼吸を整えて空を見上げる。

 全身が煤け、防ぎきれなかったダメージが随所に見られた。



「ここまでだな」



 それを見下ろし、ラブラが指を鳴らす。

 するとドラゴンが大きく息を吸った。

 僕がやるのか?

 子供を庇った勇敢な女の子を?

 トドメをさせって?



『……ふざけるなよ……』



 それでいいのかよ、敦。

 お前は馬鹿でゆるいけど、

〝そういうこと〟だけは許せないはずだろ?




『やめろ……』




 どんなに嘆いても、こちらの敦の想いは届かない。




 ドラゴンは火炎を放った。




『「やめろォォ――――――――ッ!!」』




 こちらの敦と、あちらの敦の声が重なる。間一髪、ドラゴンは炎の矛先を無関係な上空に変えることに成功した。




「何ィッ!?」

「うおぉぉッ!!」



 虚を突かれたラブラに、敦自身を取り戻したドラゴンが突撃、拳を振り上げ一撃を見舞った。



 ラブラはバリアを張り防御する。


「お前、何故動けるッ!?」


 ならば次の一撃だ。

 ドラゴンは火炎弾を間近で吐きつけた。



「ぐおぉぉ……ッ!!」


 火炎の勢いに飲まれ、ラブラは絶叫と共に彼方へ吹き飛ばされていった。


『よし、いいぞぉ!』

 見ている敦は思わずガッツポーズをした。

 なかなかやるじゃないか、僕!



 辺りの景色がぼやけてくる。本日の公演はこれにて終了です、といったところか。

 このあとどうなったかは

 元の世界で恋慕に聞こう。





 …………敦の意識は再びブラックアウトしていった。

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