27 「僕は恋慕の〝おにいちゃん〟だッ!!」
恋慕は脱力した。
限界だったのだ。
ホウキから転げ落ちると、自由落下、だがドラゴンがやさしく捕らえてくれた。
「おにいちゃん……」
人は相手の姿見が違っても、
こうも愛せるものなのか。
恋慕は自分で驚いていた。
それほどまでに愛おしい――……。
甘い感情に微睡んでいる最中だった。
「ぐぅぅああああああッ!!」
突然敦が苦しみ呻いた。
体から輝く粒子が舞う。
変身が解かれていくのだ。
耐えきれない彼はその巨体を横たえる。
ズッシィィィンと地響きが鳴り、だが恋慕を護ろうとしたドラゴンは両手で彼女をしっかり包んでいた。
倒壊してゆくビルのように土煙が舞うが、その主は閃光に紛れて姿を消してしまった。
もうもうとあがる砂塵に視界を奪われ、
恋慕は思わず咽せる。
気管に有害な環境の中、それでも恋慕の頭の中は別の事でいっぱいだった。
敦はどこだ?
どうなった?
大丈夫なのか?
一緒に居たい、早く敦を見つけたい、
――もう、離れたくなんかないッ!
気ばかりが焦り、だが、体は膝を折る。
力尽きて進めない。
もどかしかった。
だから、舞い上がる砂埃の向こうに人影を見つけた時は、涙が出るほど歓喜した。
恋慕は
それが敦だと信じて疑わなかったのだ。
しかし砂のベールは彼女を裏切った。
果たして、風に吹かれて、
現れたのはネイギーだったのだ。
「その程度で俺が倒せると思ったのかよ
ヴァァアアアアーーーーッカッ!!」
奴は恋慕を見つけると、そう叫んだ。
髪は逆立ち、眼は血走り、呼吸も荒くかなり錯乱気味だ。
「魔術が使えなければ……ドラゴンから人間に戻っちまえば、てめぇらはただのモヤシとケツの青いガキじゃねぇかァッ!」
ネイギーが恋慕に襲い掛かる。
その行く手を何かが塞ぐ。
人間に戻った敦だった。
全裸で、
全身煤にまみれ、
変身の影響かかなり疲労している。
「またてめぇかよ!」
ネイギーの拳が
敦の胸部にストレートを見舞う。
「真っ裸じゃあ
小細工も出来ねぇだろうが!!」
仰け反る敦にもう一撃。
「弱いくせして
散々ヒーロー面しやがって……ッ!
どんなにがんばったって、
一生俺に勝てやしねぇんだよ!!」
強烈な蹴り。
敦ははじき飛ばされもんどりうつ。
だが、彼はゆっくりと立ち上がる。
「ちっ!」
ネイギーはもう一度拳を振りかざした。
敦はなんとか受け止めようとするが、
失敗。
恋慕の悲鳴が聞こえる中、
再び地面に伏せる。
敦はもう一度立ち上がる。
立ち上がり、生気のない体で拳を構える。
「くそ……っ!
きもちわりぃ! 大人しく倒れてろよ!!」
ネイギーの拳が敦の顔面を狙う。
直撃。
鼻血が散る。
しかし――今度は倒れなかった。
「一体なんなんだよっ!?」
敦はネイギーを睨み付け、
息絶え絶えに言った。
「全力で戦う。ここから一歩も退かない。
恋慕の所に行かせるものか」
「つよがってんじゃねぇよ!」
ネイギーの蹴りがはいる。
敦は転倒。
だが敦もめげはしない。
再びゆっくりと立ち上がる。
「うっとおしいんだよ、
弱いくせして……!」
すかさずネイギーは顔面に目掛けて再び拳を振るう。
だが、ずしっとその拳は敦の両手に捕らえられてしまった。
ネイギーは焦燥した。
赤子を捻るほど簡単に倒せた敦が、
自分の拳を捕らえてきた。
突然それが怖くなったのだ。
「離せよ雑魚が!」
それを覆い隠すように、
もう片方の腕で敦を殴り飛ばす。
脆弱な下層人は、
それだけでネイギーを解放してしまった。
なんてことはない。
ネイギーだって疲労しているのだ。
条件が重なった偶然に過ぎない……オレがあの弱者に負けるはずがない。
「いい加減決着付けようか……」
残りの魔源は微々たるものだが、この下層人の顔面を焼き殺すぐらいには増幅できる。
それこそ研究の成果だ。
研究こそ魔術、魔術こそ研究。
貴様達下層人にはわかるまい……ッ!
ネイギーは拳に炎を纏い、振り上げた。
「死ねよ下層人がああああああああッ!!」
――まだだ、まだ倒れるなッ!!
敦は細胞の隅々まで叱咤し、立ち上がる。
体中が痛い。
殴られた顔面の鼻血が止まらないし、
口の中は鉄の味でいっぱいだった。
見ると、ネイギーが炎を使って襲いかかってくる。
だが敦は、恐怖を感じていなかった。
不思議と落ち着いて、
……ゆっくりと身構えていた。
そうだよ。
僕は弱い。
自分で投げたボールも受け取れないくらいへたれで、喧嘩だってまともにしたことはない。格好悪いと思うなら笑えよ。
だけど。
それは逃げる理由にはならないんだ。
戦わない理由にはならないんだ。
弱いから逃げるんじゃない。
強いから戦うんじゃない。
僕は自分が、
〝誰なのか〟知っているから戦うんだ!!
だから――這いつくばって、鼻血垂らして、泥だらけになって、泣きながら――戦ってやるッ!!
それがきっと、強くてかっこよくて優しいおにいちゃんなんだから――ッ!!
敦には勝機があった。
こういうことはよくある。
アニメや漫画やゲームや、あと特にラノベやネット小説なんかではよくある。
だから彼はこんな時に、どうすればいいのか数多くの〝主人公〟達から学んでいた。
『守りたい人が居るっ、
辿り着きたい場所があるっ!
成し遂げたい、負けたくはない、
敵にも……奴にも……自分にもッ!!
そういう想いを声に出せ!
腹の底からッ!
己の魂に誓いを立てろ!』
それは――――、
「〝叫ぶ〟ッ!!」
「……あ?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――」
敦の咆吼が、ドラゴンの雄叫びとは異質の魂の叫びが周囲を揺さぶる。
「ヒィッ!!」
その気迫にネイギーはすくみ上がった。
炎は意気と共に消沈し、我が身を護るために体を強張らせた。
「――おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――」
敦は拳を振り上げた。
軟弱な拳に、
愛とか、
夢とか、
そういう単語で片付けてしまえる
単純な言葉を宿して、
「ち、ちきしょう……なんなんだよ……なんなんだよ、お前はァッ!?」
「――オオオオオオオオオオオオオオオオオりゃあああああああああッ!!」
それで、敵を、撃ち貫くッ!!
「ヘブッ!」
鼻っ柱を直撃したネイギーは一回転し、
どさり、と地面に倒れた。
「なんどもいわせるな……」
そして敦は吠えた。
「僕は恋慕の〝おにいちゃん〟だッ!!」




