19 奪われたドラゴン
放課後、敦は河川敷でもう一度
ドッチボールの特訓を開始していた。
恋慕には無駄だの運動神経ゼロだの言われたが、なにもしないよりは遙かにマシだとおもったからだ。
「……っていうか、
あんな言い方しなくてもいいじゃないか」
思い出すとだんだん
むかっぱらが立ってきた。
怒りをボールに込めて、
壁に叩きつける。
……それが自分でキャッチするものだと失念していた敦は、妹にバカにされるにふさわしい格好でもんどりうつことになるのだが。
「ぐむむ……。くすん」
べそをかいても仕方がない。
敦は立ち上がり、ボールを構えた。
「……やあ。
君は本当に頑張りやさんだねぇ」
そんな彼に気さくに声をかけ、
河原の土手に一人の男が降りてきた。
白衣の男だ。長髪で、細い目をしている。
ニコニコと微笑んでいるが、どこか全てを小馬鹿にしている印象だった。
……たまたま通りかかったお兄さん、
ではないことだけは確かだろう。
「あ、自己紹介しておこうかな。
僕はネイギー。
ラブラ君の上司にあたる、
まあ、君たちにとっては悪い奴だよ」
「その悪い奴が、僕に何の用ですか?」
「おやおやとぼけちゃって。
目的は知っているんだろ?」
そう言ってネイギーは指を鳴らした。
すると彼の手のひらに、
ボゥっと炎が灯る。
すかさずネイギーはそれをぶつけてきた。
「っ!」
しまった、やられたっ。
両腕で身体を庇いながら敦はそう思った。
……だがどうしたことだろう。
火炎が敦を直撃したはずなのに
ちっとも熱を感じない。
「やっぱりそうだ。
ドラゴンが本能的に宿主を護っている。
これはすごいよ!」
不思議に思っていると
敵側のネイギーが解説してくれた。
「ドラゴン自身に自我があるのかな?
変身以外の魔術も使えるのかな?
……まあいい、
頂戴してからゆっくり研究しよう」
やはり奴らの狙いは仮想魔源って奴か。
自分の体にどんな価値があるかは知らないが、奴らにいいようにされてはいけないことぐらいは敦にも判る。
どうする? 全力で逃げるか?
……いや、素直に逃げても
捉えられてしまうだろう。
相手は男性とは言え、
身体が細く一見脆弱に見える。
魔術もバリアという対抗手段ができた。
これなら僕でも隙をつくれるかもしれないぞ。うまく転倒でもさせて、それから逃げるべきだ。
そう判断した敦は、
かたちばかりの攻撃態勢に入った。
「あははは。やあ、こわいこわい」
それをみたネイギーは声を上げて笑った。
「困ったね。僕の魔術が通じないようだ。
さぁさぁ、僕はどうやって君からエナジー体を奪えばいいのかなぁ」
笑いながら、
ネイギーがこちらに歩み寄ってくる。
敦は手に持っていたボールを
全力で投げつけた。
「お?」
至近距離での投てきに相手は一瞬怯む。
「うおぉぉぉッ!!」
そこを逃さず突撃、敦のタックルが――、
ごん。
下腹部に重い振動が響く。
「あ……がっ!」
敦のみぞうちに……急所に的確な一撃が据えられていた。
「頭を使いなよ。
魔術の対象が君である理由はないのさ」
華奢だったはずのネイギーの腕が、
一瞬で鍛えられたそれに変わっている。
「肉体変化の魔術さ。
僕の研究成果の一つだよ。
だいたいねぇ――、」
呻き、つんのめる敦に、
鋭い回し蹴りが入る。
「自分の投げたボールすら取れない
のろまな下層人に」
倒れそうになると髪を引っ張られてむりやり直立させられ、再び拳が入る。
「舐められたくはないんだよねぇぇッ!」
最後に背負い投げをくらい、
敦は地べたに叩き付けられた。
「おっと、しまった。やりすぎたかな?
いけないね、
なにせ僕は君たち下層人が嫌いなんだ。
……大丈夫かい? 死んでないかい?」
「うぅ……げほっげほっ!!」
吹き飛びそうになる意識をつなぎ止め、
なんとか痛みに耐える。
「ああ、よかった。これを抜き出す前に死なれると困るからねぇ」
ネイギーが敦の胸に手を添えてきた。
「ぎゃっ!」
生きながらに内蔵を抜かれる感覚、
そう表現するのが正解だろうか。
「がはああああああぁぁぁぁ――――――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
何か大切なものが抜かれていく。
敦の体はそれを大事に護っていたが、
植物のツルから引き剥がすようにもぎ取られていく。
「お、出てきたぞ。
頑張りたまえ、もう少しの辛抱だ」
「やめ――――で――――ぐれぇぇッ!!」
気が狂いそうな痛みと不快感に敦は悲鳴をあげ、なりふりかまわず全力でもがいた。
だが両手両足を見えない何かが拘束していて、敦の動きを阻む。
それでも暴れずにはいられない。
この状況をなんとかしなくては、
体がバラバラに壊れて――、
最後に、
ぶちり。
……そんな音がした気がする。
「あ、が――――――――………………」
敦の理性は、気絶という逃げ道を選んだ。




