18 「彼のこと本気で好きなんだろ?」
翌朝。
恋慕がベットの中で起床間際の駄酔に耽っていると、部屋がばたばたと騒がしくなる。
「あふ。
……おはよぉ、おにぃちゃん……」
ベットからむくりと起きる。ぼやける視界をこすり、敦の姿を確認する。
恋慕は朝がちょっと弱いため、いつも起床に時間がかかる。
起きたときに見る敦はとっくに制服姿だ。
背景の日光が眩しい――……。
「おはよ。今日は調子どう?」
一瞬なんの話かと思ったが、そうだ。
昨日は体調不良ということに
なっていたのだった。
「大丈夫。昨日も、そんなに心配されるほどじゃなかったし」
「そっか。よかった」
敦は着替えを終えながら笑んでくれた。
「あ、そうだ。
恋慕昨日『ミルキー』見てたでしょ?」
「え」
初見で馬鹿にした手前、正直に見ましたと言い辛くて黙っていたのだが。
……何故見抜かれた?
「二巻と四巻が逆」
そういわれて気付く。
確かにDVDがラックの中で
一、四、三、二巻と
ちぐはぐな順番で並んでいる。
「僕ならこういうミスはしないからねー」
ふふん♪
と胸を張って敦は本来の順番に戻した。
何がそんなに得意げにさせるのかわからないが、どこか負けた気がする。
「おもしろかった?」
「う……うん。おもったより」
「でしょー」
にっと敦の子供のような笑み。
どきり。
突然恋慕の胸が高く脈打つ。
びっくりした。
朝の油断している頭で、
あの笑顔は反則だ。
急に愛おしさが頭脳まで吹き上がり、
恋慕はさっと顔を背けてしまった。
きっと顔面は真っ赤になっている。
今それを追撃されたら、
羞恥で心が折れてしまいそうだ。
「あ、そうだ」
そういって敦は押入れを開いて中を探り始めた。恋慕が受けた朝一番の衝撃になど気付く由も無い。
それはそれでどうなのよ、と胸のうちで抗議していると、敦はピンクを基調とした、大きな箱を恋慕に向けてきた。
「『ミルキー』のおもちゃ。
よかったらあげるよ」
「えぇ? なんでそんなものを……」
「懸賞に応募したら、B賞で当たっちゃったんだ。ホントは声優のサイン色紙が欲しかったんだけど……、さすがに僕でもこれで遊ぶわけにはいかないし」
「うーん」
そう悩む素振りで受け取る。
「まあ、……いらないならもらっておく」
「うん。
じゃあ学校行くよ」
ばたん。
敦が部屋を出て登校していく。
「……」
残された恋慕。
アパルはまだ熟睡している。
よし、……間違いなく寝てるな。
「うん」
頷いておもちゃの中身を取り出した。ミルキーが付けているロザリオで、倒した怪人から願い星の素を集める時に使う道具だ。
こぶし大のプラスチック製というのがなんともおもちゃらしい。
試しに振りかざしてみる。
えぇと、こんなポーズだったか?
「……物を貰ってうれしいなら、
素直にそう言いなよ」
「ひぃッ!?」
ぬいぐるみもどきがぐっと体を起こす。
奴め、起きてやがったのか!?
「別にうれしいとかじゃなくて!
その、こ、これでおにいちゃんをどう苛めようかイメージを……」
「あーあー、
いいよそういうのは」
聞く耳もたずにアパルが手を振る。
「ねぇ、恋慕。
好きだ好きだと言葉に出しても、
本当の気持ちを覆い隠しているうちは
ダメだと思うよ」
「う……っ」
こいつは相変わらず痛いところを
直球で突いてくる。
「彼のこと本気で好きなんだろ?
それを胸のうちに仕舞ったままで、
君の気持ちは整理がつくのかい?」
「……協力してくれた下層人は、最後に記憶を抹消しなくちゃいけないじゃない」
言葉に出すと、ぐっと胸が詰まる。
敦の中から自分を消さなくてはいけないという結末。
それがもし、
本当に添い遂げた二人だとしたら……。
「無意味よ」
「そうかな。彼の記憶を消さなくてはいけなくても、君の中に彼は残る。
……それを辛い思い出と受け取るかどうかは君しだいだから、僕が強く言うことじゃないけどさ」
「……」
言葉に詰まる。
思い悩んでも恋慕の答えは出ない。
「まあ……物を貰って嬉しいぐらいは素直になっても良いんじゃないかな」
「……うん」
そうつぶやいて、恋慕はおもちゃを見た。 たとえおもちゃでも、
敦がくれた品物には違いない。
……大切にしよう。
中央の星形の意匠にアソビがある。
何かのボタンだろうか、気なしにぽちりと押してみた。
「「ぎゃっ!!」」
途端にどうしたことか、キンキンと甲高く不快な音が部屋を満たす。
「「ぎゃああああああああああああ」」
アパルと恋慕は耳を塞ぐが、音を遮断しきることが出来ず、胃袋がひっくり返るような嘔吐感、脳に針をを打ち込まれ続けるような頭痛が二人を襲った。
散々のたうち回った末に、不快な音波が止み、室内を静寂が満たす。
「な……なんなのこれぇ!?
下層界の子供はこんなの聞いて
よろこんでるの!?」
恋慕が絶叫を交えて怒鳴った。
「うぅぅ……。
いや、犬笛のように、上層人にだけ不快な音に聞こえるのかもしれない……。
こんな事例は聞いたことがない。
本部に報告した方がいいな」
仕事が早いのがアパルである。
彼は空間転移の魔術を組むと、
「君は今日もジッとしておいた方が良い」
と恋慕に指示し、その中に飛び込んだ。




