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17 センコウ花火と夏の夜空

 夜の公園。

 星空の下で、


 ヒュゥン


 っと高い音が駆けていく。

 笛ロケット花火だ。

 敦は次の一本を構え、

 ライターで火を灯す。



 再び高い音が闇夜を裂く。



「わーっ、おもしろーい!」

 恋慕が手を叩いて喜んでいた。

「そんなにはしゃいでくれると、

 やりがいあるなぁ」

 そう言って敦はもう一本点火。


 ヒュゥン!




 遅い帰宅をした敦に、母親はペナルティと称して庭の倉庫整理を言い付けた。

 想定外の労働に辟易しながら作業をしていると、倉庫の中から去年使わなかった花火セットが出てきた。



「おにいちゃん、なにそれ?」

 それに恋慕が興味を示したのである。



「なにって、花火だけど」

「これ花火なの?

 下層界の花火ってずいぶん小さいのね」

「打ち上げ花火とは違うよ。

 こういうの、上層界には無いの?」

「うーん、見たことはないわ。

 ……あっちも広いから」




 自分の世界で知らない常識があるのだろうか、そう思ったが、下層界だって異国の文化でバラエティー番組が組めてしまうのだ。

 わからないことがあっても当然だろう。




 季節にも合致することですし、

 それではちょっと遊んでみましょうか。

 そういうわけで敦達は公園にやってきた。


「きゃーっ!」



 ネズミ花火に驚き、恋慕はきゃあきゃあと大はしゃぎで跳ね回る。

 敦ぐらいの年齢になると大真面目に花火を楽しむことはあまりないが、これだけ反応が良いと敦もずいぶん笑えた。




「でも、普段から雷撃とか魔術とか物騒な戦いしてるんだから、こんなのどうってことないって言われると思ってた」

「あんなのとは別だもん。

 ……生きるか死ぬかなのよ」

「そりゃそうか」

「この花火は安全だし」

「まあ、正しく使えばねぇ。

 ……去年の危険物の授業だったかな。

 先生が花火を爆弾にする方法なんてぽろっと漏らしちゃってさ」

「わ。……試しちゃったの?」

「上田がね。ほら、アニ研の。

 どかーんって、

 ちょっとした騒ぎになっちゃったんだ」

 雑談を交えながら、

 敦と恋慕は次の花火に火を灯す。




「楽しそうだねぇ。君たち」

 そんな二人を、ちょっと距離を置いた場所から、冷めた態度で見ている影がある。

 アパルだ。

 軽く揺れるブランコに腰掛けていた。



「アパルもやろうよ」

 敦はそう言って手招きをした。

「遠慮しておく」

「なんで?

 ……体に引火するから?」

「それは喧嘩売ってるのかい?

 ま。強いて言うなら宗教的事情」

 ふうっとため息をついて、

 アパルは頬杖をついた。

「僕ね、花火って、

 どうにも好きになれないんだよね」

「やっぱり引火したんだ」

「違うって言ってるだろ」

 そう少し荒っぽく答えると、

 アパルはブランコから飛び降りた。



「空気を濁すようで済まないが、

 僕はさきに帰らせてもらうよ」

 ぐにゃりっとアパルの背景の空間が歪み、彼はそれに飛び込む。

 歩くぬいぐるみを目撃されるわけにはいかないのだろう、上層界を通って帰るつもりのようだ。

 最後に、



「もう夜も遅いから、

 二人ともほどほどにね」



 ……などと保護者のようなことを言って、アパルは消えてしまった。


「なんか古傷にでも触れたのかな?」

 敦が恋慕に問うと、彼女も、

「わからないわ」

 と肩を竦めていた。

「きっと良く燃えたんだろうなぁ」

「違うって。

 ……あ、もしかして、

 光誕祭(こうたんさい)の事気にしてるのかな」


「コウタンサイ?」


「上層人が光を手に入れた日、

 って言われてるお祭りなの。

 私たちのイメージだと、花火はそのお祝いに打ち上げるものだから」

「へぇ」

「世界中で上がるのよ」

「そりゃすごい。

 でもさ、

 なんでアパルはそんな事気にするの?」

「アパルの生まれは田舎だから、

 いろいろあったんでしょう」

 アパルは人間なのか、っと敦が呟くと、

 恋慕は

「ちゃんと人間よ」

 と苦笑で答えた。



「光誕祭なんて私にとってはただのお祭りだけど、国や地方によってはもっと本気で祝ってるから」

 日本人が祝うクリスマス的なものか。

 クリスチャンなら怒りそうなイメージがまかり通ってるしな……。

 そう言えばあれも〝降誕祭(こうたんさい)〟だ。

「そうやって考えると、アパルがこの仕事してるのも不思議だわ。

 実家で何かあったのかしら」

 恋慕の意味深な独り言に、

 敦が興味の目を向けると、

 彼女は、


「長くなるよ?」


 っと断ってから、話を始めた。





 伝承の話をする前に、まずは魔源について話をしなくてはならない


 実は上層人達は、魔術を駆使、研究していながら、魔源のルーツを知らないのだ。

 何故上層人という生き物にだけ

 そんな力があるのか。

 最初の人間にも、

 その力があったのか、無かったのか。

 そのあたりの科学な結論が出ていない。



「へぇ、そうなんだ」

「科学なんて意外とそんなものよ。

 よくわかんないけど効果はあるから使ってる、なんて下層界でもよく聞くじゃない」




 物語を、ある学者は、魔源の存在に裏付けするための勝手な空想科学に過ぎないと唱え、ある宗教家は、これこそ魔源を手に入れた理由だと声高に叫ぶ。



 これはそういう――やはり下層界でもたまに見かける――水と油のような論争を生む、上層界の創世記だ。




『神話の世界。

 神は自らの分身に人という名前を付け、

 それらを二つに分けた。

 そして二つの人を、隣り合わせる別の世界に住まわせると、一方には光を与え、もう一方は闇のままの暮らしを強いた。


 光を与えられた者達と、


 与えられなかった者達。



 試練はそこから始まっていた。

 与えられなかった者達は、昼も夜もない、ただただ暗闇で生きて行かなくてはならなかった。


 光を渇望していた。


 与えられた者達はそれを嘲り、のうのうと光の中で数を増やしていった。

 そんなある日。

 与えられなかった者達は、

 ある変化に気付く。

 その手に、光が宿っていた。

 小さく微かな光だが、暖かな光だ。

 闇の中、光を夢に見続けた結果、彼らは自ら光を生み出す力を得ていたのだ。

 与えられなかった者達は



 試練を乗り越えたのだ。



 彼らは集い、

 共に光を創り、

 そしてそれを空へ放った。



 太陽、光の誕生……光誕の瞬間である』






「要するに、

 与えられた者が下層人で、

 与えられなかった者が上層人

 ……そういうこと?」

 線香花火をそっと垂らしながら、

 敦が尋ねた。

 恋慕の分も用意してやる。



「うーん、多分」

「多分?」

「それもよくわからないの。

 上層人が下層界を発見したのは、

 ほんの百年前くらいだから」




 現在上層界の魔術師達はライセンス管理、教育されているが、中世の時代まで魔源を使用する力は〝魔術〟ではなかった。



 それは剣や槍と等しく捉えられ、時として戦争の道具や侵略の術となったが、基本的には武道・武術、己の鍛錬の末に会得できる力だった。



 炎や雷が発生する原理それ自体にはあまり着眼されていなかったのである。



 近世にさしかかると、

 その力がなんなのか、それはどうすれば効率よく動くのか、そんなことに興味を持ち始める者達が現れる。



 彼らは魔源の研究をし、駆使を始め、たった一人で万の兵に対抗しうる……そんな絶大な力を手に入れていく。


 それが〝魔術師〟の誕生である。


 より強力な火力、より強力な戦力それだけを求められていた時代は、やがて〝魔源〟に対していかに興味を持ったか、いかに精通していったかがダイレクトに力へと変わる知識戦争の時代へと発展していく。

 出遅れた王族や貴族は次々と倒され、そこの座についた〝魔術師〟は新たに研究を重ねた別の〝魔術師〟に敗北し、支配者は目まぐるしく代わった。


 ある者は野望のため、ある者は護るため、あるものは純粋な探求心から、様々な魔術が誕生していった。


 そんな動乱の時代に、

 一人の魔術師がある魔術を発見する。


 今日(こんにち)でいう空間転移だ。


 史上では、それが上層人が初めて下層界に渡ったケースだとされている。

 もっとも当時は信憑性の薄さに誰もそれ以上の研究を行わなかったらしく、その魔術が陽の目を見るのにはもう五,六十年の歳月が必要とされるのだが。




「それまで〝与えられた者達の光の世界〟なんてただの伝説だと思われてた……って歴史の教科書には書いてある」



 下層界の神話は、確か


〝光あれ!〟


 から始まった気がする。

 多少の順序は違うが、

 つじつまは合うな、と敦は思った。



「結構面白いね」

「オカルトって言うのは一歩退いた目で見ると〝面白いね〟で済ませれるけど、

 世の中には神話を本気で信仰している人も大勢いるわ。そんな人達は下層界をどう考えてると思う?」

「まさか与えられなかった事を妬んでるってわけじゃないよね?」

「うーん、その一言で括っちゃうのは少し乱暴だけど、だいたいそんな感じ。

 だから上層界には下層人を激しく嫌う人も少なくないの」




 思想なり組織なり、人が大勢集まれば、

 その中から無茶をし始める奴が出てくるのは世の常だ。

 そう言う輩は、

 様々な意味で混乱を呼び起こす。

 恋慕が今まで捕まえてきた不法次元移動犯にも、その類の人間は多かった。



「上層人が下層界と交流しないのには、

 そういう理由もあるの」

 恋慕はそういうと、

 しゅんっと表情を曇らせてしまった。



「もっと簡単に仲良くなれれば、

 一緒に暮らせるのにな……」

「……?」

 動揺が伝ったのか、

 恋慕の線香花火がポトリと落ちた。

 敦はもう一本を手渡す。

「まあ、

 アパルが花火を嫌がる訳はわかった」




 光誕祭の時に世界中で花火を打ち上げるのは、自分たちの祖先が創った光が、空へ放たれるシーンをイメージしているのだろう。



 つまり、与えられなかった者達が与えられた者達を超える瞬間だ。



「アパルにとって花火は、

 反下層界のシンボルになるんだろ?」

「そうね。

 考えようによっては、そうなるわ」

 風習や慣例は、

 時として残酷な側面を見せる。




 恋慕は意識をしていなかったようだが、アパルがそんなしきたりにこだわる地方出身だったとしたら、彼にはこれが二つの世界を裂くような祭りの小道具として映っていたのかも知れない。






   §





 敦にもらった新しい花火が、

 また、半ばで落ちる。



 ……難しいな、これ。



 昼間の憂鬱な気分が、この小さな花火を楽しむことで晴れた気がしたのに、今度はその花火が敦と自分を隔てる象徴だということに気付いてしまった。



 恋慕は次のセンコウ花火

(↑〝閃光花火〟だと思っていたら、

 後で敦に笑われてしまった)

 を、ジッと見つめ、

 指先の震えを努めて抑えようとした。




 だが――敦は下層人で――気持ちはどんどん重く――自分とは違う世界の――指に集中できず――彼はこの話を聞いてどう思ったのだろう……――だめだ、これ、落ちる……、


「深呼吸してごらん」

 いつの間にか背後に回っていた敦が、

 自分の手を恋慕の手に添えてきた。

「落ち着けば、

 ちゃんと最後まで燃えるから」


 わ。

 顔、近い。

 急に、そんな……ひっつくな。

 ポトッと先端の球が、

 さっきとは別の動揺を察知して落下した。


「あーあ」

 敦が残念そうな声を出し、また新たなセンコウ花火を手渡してくる。

「次は最後までいけるといいね」

 そう言って敦は火を付けたが、

 恋慕の心の震えは止まらない。



 自分より大きな敦の手。


 背後にある、彼の気配。



 さっきの河原ではあんなに情けなかったのに、どうしてこうも頼りがいを感じてしまうのだろう。この存在感に両腕で包まれたら、卒倒するほど幸せになれそうな気がして、でもそれは未知の幸せで……少し、怖い。




「……大丈夫だよ」



 ふと、彼がそう言った。

「どんな物語が始まりでも、

 僕は恋慕のおにいちゃんだ。

 心配しなくていいから」



 ――バカっ!

 違う、それはちょっと前の話だっ!

 今震えてるのは……、



 ポトリ。


「「……あー……」」


 二人の声が重なる。

 ふぅっと一息。

 緊張は、花火の先端と共に地面に吸い込まれていった。



 二人して苦笑い。

 恋慕の気が楽になったのを感じ取ったのか、敦は再び目の前に座る。

 ちょっと残念だったが、そうしてもらわないといろいろ困るのも確かだ。

 二人で一緒に、

 もう一度花火に火を灯す。

 ゆっくり、ゆっくりと

 センコウ花火は燃えてゆく。



 二人が二人でいられる時間が長くなっていくようで、少し嬉しかった。



 悪くないな……センコウ花火。



「あ。知ってる?

 線香花火ってこうすると合体するんだよ」

 ――……、バカ兄がそれを

 みごとにぶち壊してくれた。



「なんか、

 虫が交尾してるみたいでいやらしい」

 むっとして言いがかりを付けてやる。

「妹にこんなの教えてどういうつもり?」

「なんでそんな発想になるんだよ!?」

「ヘンタイ。ロリコン。非モテ男」

「最後の新ワード

 ダメージでけぇぇぇぇ……ッ!!」




 嗚呼。

 ほんと、いろんな意味で好きになっちゃいけない人を好きになったんだろうなぁ。



 ため息が夏の夜空にかき消えていった。



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