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16 静かに忍び寄る『別れの時』


 恋慕は敦の部屋で、

 たった一人ベットに横たわっていた。



「……あーあ。さぼっちゃった……」

 敦の側についてなくてはならないのに、

 アパルが強引に休めと言ってきたのだ。



 今の恋慕は情緒不安定だから……と。



 それは自覚している。

 恋慕は昨日の言い争いから、

 気持ちが揺らいでしまっていた。


 敦を戦いに巻きこみたくはない。


 だが、次に奴らがやってくる時、

 敦は恐れず立ち向かうだろう。



 ……それが、怖い。



 そんな事態になって、敦が怪我をすることが、敦を失うことが、……たまらなく怖い。




 だったらどうすればいいのか。

 どうするのが最善の策なのか。

 恋慕は知っていた。

 敦を完治し、彼の中に眠る魔源を消去、





 そして……記憶を消して去る。





 記憶を消すのは上層人が下層界に痕跡を残さないための重要な規定だった。

 破るわけにはいかない。

 なにより、そんなことを知る由も無い一般人に戻ることが、敦にとっての幸せだろう。




「……でも、そしたら私は……

 おにいちゃんの妹じゃなくなっちゃう」




 アパルは気付いているのだろう。

 恋慕が敦の治療を

 先延ばしにしていることを。

 だからこそ彼は敦に戦う力を身につけさせようとしているのだ。

 二人の関係を、

 出来るだけ壊さないように。

 別れの時から少しでも遠ざかるように。

 だが、それは、

 敦を戦いに巻きこむという事態を……。





 堂々巡りだった。




 答えのでない問題。

 直視できない現実。

 じぶんは一体どうしたのだろう?

 溜め息が漏れる。




「……会いたい」




 ぽつりと呟く。

 あの人に……おにいちゃんに会いたい。

 いますぐにあって、不安な気持ちごとあの胸に飛び込みたい。



 馬鹿なことを言ってごまかしてやるんだ。


 冗談を言ってこまらせてやるんだ。



 それで、それから、そうやって……自分が一番あの人の近い場所にいるって実感してやるんだ。



「アパルが正解ね……」

 今の不安定な自分は

 敦の側に居ない方が良い。

 側に居ると押しつぶされそうなこの気持ちが決壊して、どうにかなってしまいそうだ。


 その後どうなるかはもう、

 自分でもわからない。






 最初は、

 ちょっとからかう相手を見つけた。

 ……それくらいの興味だった。



 いつからだろう。

 彼の強さが羨ましくなったのは。



 自分の弱さを知りながら、

 その弱さに依存しない強さ。

 不可能だ無理だと突きつけられても、

 物怖じせず立ち向かう強さ。



 不思議な力だ。



 彼に出会うまではそんな力があるなんて

 知る由もなかった。

 どんなに魔術がうまく使いこなせても、

 魔源を大量に持っていても。



 恋慕はそんな強さは持っていなかった。




『やっぱり愛とか夢とか、そういうのを背負っている方が勝つんじゃないかな』

「ふふ……っ」

 出会って直ぐの頃に彼が言った言葉を思い出して、不意に笑みが漏れてしまった。



 愛とか夢とか。

 まるでアニメの主人公じゃないか。


「主人公なんだろうなぁ。

 おにいちゃんは」

 良くも悪くも素直すぎるのであろう。

 アニメを見ているうちに感化されすぎて、そういう言葉を本気で口にするようになってしまったのだ。

 他の人なら笑ってしまう言葉を、それが正しいと迷わず言える主人公。


 ……きっと、それが彼の強さだ。







 じゃあ……。

「……」

 敦のことを思い出して明るくなった気持ちがまた、暗転した。


 じゃあ自分はなんなのだろう。

 その主人公のヒロインなのだろうか?



 ヒロインに……なれるのだろうか?



「……馬鹿馬鹿しい……

 って、言ったら負けなんだろうなぁ」

 それはもう、彼のヒロインではないのだから難しい話だ。

 虚ろに視界を動かすと、ふとラックに整頓されているディスクケースが目に入った。


『ティンク☆ランナー ミルキー』だ。



『ん~、そうだなぁ……ミルキーの真っ直ぐさっていうか……、決して負けないっていう決意というか……』


 ……じゃあなにか。

 このアニメのミルキーちゃんはヒロインだとでもいうのか。

 恋慕は立ち上がり、DVDを引き抜く。



「……教えてもらおうじゃない。

 その真っ直ぐさって奴を」



 ちょっとした現実逃避だろうか。

 恋慕はDVDプレイヤーにセットし、敦の愛好しているアニメの鑑賞をはじめた。






 ――――――…………。





「……意外とおもしろいかも、これ」

 かれこれ三時間前後見続けて、

 恋慕はぽつりと呟いてしまった。

 子供向けアニメという括りで見てたため、もっとふわついた内容かと思っていたが意外としっかりしている。



 ミルキーはたくさんの人々を救うが、

 彼女も決して万能ではないのだ。

 故郷に帰れなくなって、慕った姉とはぐれて、本当はいつだって心細いのに、幾たびも突きつけられる現実に泣きそうになりながら立ち向かってゆく。

 笹の葉タウンで巻き起こるリアルな事件とブラックホールスターが引き起こすファンタジーな事件の両方にだ。



 ……逆に、そんな彼女だからこそ人々を救えるのかも知れない。



 落ちこぼれで、泣き出しそうになる折れた心を知っているから強くなれる。

 力を得ようとする姿が、やがて初めからその力をもって生まれてきた者たちよりも大きな存在に変えていくのだろう。




 そういう見方をしていくと、エピローグで挿入されるミルキーの飛行訓練はどこか考えさせられるものがある。

 毎回必ず失敗するのに、

 どうして彼女は飛ぼうとするのか。



 明確な答えは作品内にはない。

 視聴者しだいというわけだろう……。



 なんというか、こういう作品が好きだっていうのはすごく敦らしい気がしてきた。






「……ねぇ恋慕」

 不意に声をかけられて、ハッとなる。

 振り返ると、

 敦の母親が心配そうに立っていた。



「敦帰ってきてる?」

 そう尋ねられて気がつく。

 すっかり見入っていたようで、

 時刻は午後七時半をまわっていた。



「おにいちゃん、帰ってないの?」

「あら、やっぱり……。

 こんなに遅くなることなんて無いのに、

 どこで油売ってるのかしら?」



 普段から優良な生活態度……というより、単に内に篭るタイプなのか、敦は下校中に寄り道などせず、従って帰宅時間が7時を回ることなどほとんど無い。

 それだけに母親は

 気がかりで仕方ないようだ。

 それとは別に、

 恋慕も危惧しなくてはならない。



 なにせ敦は狙われている身なのだ……アパルから連絡は無いから大事ではないとおもうが、万が一ということもある。



「私、ちょっと探してくる」

 そういって恋慕は自宅を飛び出した。















 ぼよ~ん。

「げふっ!」

 ぼよ~ん。

「……がはぁ!」

「……」

 通学路を辿った結果、

 恋慕はすぐに敦を発見した。

 河川敷の橋の下で、

 ……、

 …………、

 ……あれ、一体なにをしているの?


 壁にバスケットボールを叩きつけ、弾き返ってきたそれをキャッチしようとしているのか、身を乗り出す。


 だがあまりの運動神経のなさにうまくいかず、ほとんどが顔面に直撃、良くて下腹部に激突してしまう。



 それでも敦はめげずに何度も何度も繰り返し、制服は土埃まみれになっていく。

 目的は定かではないが、ずいぶん滑稽で、そしてだんだん哀れに思えてきた。



「おにいちゃん」

 恋慕が呼びかけると、

 あっと声を上げて振り返った。




「れ、恋慕……ぎゃっ!」

 タイミング悪く、ボールが顔面を襲う。




「……なにやってるの?」

「いてて……、えーっと」

 酷く言いづらそうに目をそらし、

 少々悩んでから、


「特訓」


 と答えた。

「と……特訓?」

「あはは……」

 敦は、酷くバツが悪そうに笑った。

「小学生の頃さ、ドッチボールが下手くそでこうしてキャッチする練習をしてたんだ。

 ぜんぜんうまくならなかったけどね」

 そりゃあ高校生になってそのていたらくでは、小学校ではどんな惨状だったか目に浮かぶというものである。

「それをなんでいまやってるの?

 まさか戦闘訓練なんて言わないでよ」

「…………………………」

 そのまさからしい。


「呆れた! おにいちゃんは戦わなくていいっていってるじゃない!」

「昨日は納得したじゃないか」

「それはドラゴンの話よ!

 だいたいその調子じゃ、

 あっというま、すぐに死んじゃうわよ!

 ほんっとに運動神経ゼロなんだから!」


「うぅ……返す言葉もない……」


 敦はしおしおと凹んでしまった。



 これがさっきまで恋慕の胸を苦しめていた王子様なのだから嫌になってしまう。

 あの人の胸に飛び込みたい? 飛び込んだらへし折れるんじゃないかしら!?



 恋慕は深い深いため息をつき、

「帰りましょ。ママが心配してるわ」

 と言った。


「うわ、もう八時前か……」

 そうとう夢中になっていたのか、

 敦は時計を見てあっと声を上げる。

「そうよ。

 あーあ、

 こんな泥だらけじゃママ怒るわよ……」

 恋慕は背中の泥をはたいてやり、

 着崩れを直してやる。



 ……こんな光景、どっかで見たな。


 あ。さっきのアニメか……。

「……本当に主人公なんだから……」

「え? なに?」

「なんでもない。

 ……あれ、そういえばアパルは?」

「……あ。やべ、忘れてた」







「て、手が、大勢の獣の手が

 ……ぼ、僕を囲むんだ……。

 ギラギラした眼が僕をみるんだ……」

「「………………」」

「や、やめろ、やめろやめろぉ!

 くるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 アッーーーーーーーーーー!」

「「………………」」

「ひぃぃぃっ!

 そ、そんなもの押しつけるなぁ!!

 やめろ、やめろやめろやめ……

 おかぁーさぁぁぁん!!」

「「………………(ごくり)」」

「怖いのがくるよぉ、おかあさん、

 怖いのくるよぉ!!

 おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさ……」

「「………………」」

「……ウヒッ、ヒヒ、ヒヒヒ……。

 ああ……きれいだ……、

 あの時と同じきれいな星空だ……。

 ……。

 …………う、うわ、うわああ!

 て、手が、大勢の獣の手が

 ……ぼ、僕を【最初に戻る】」



 回収したアパルは

 人として重要な部分が崩壊していた。

 なにやら半狂乱で壊れたレコードの如く同じセリフを繰り返している。

 成り格好がぬいぐるみなだけに、このままホラー映画に登場させてもいいギャラがもらえそうな気迫がある。



「おにいちゃんやりすぎ……」

「ここまでとは思ってなかったんだ。

 あいつら一体なにしたんだよ……」

「どうしようかしら。

 精神科って急患とってたっけ?」

「え、これつれてくの!?」

「冗談よ。

 ……こうなったらしょうがないわ」

「なんか治療法あるの?」

「治療法はしらない。記憶を消す」

 法律違反だからアパルには内緒ね、と念押しをして恋慕は指先を立てる。

 いつぞやのように閃光を放つ。


 どす。


「おかーさぁぁ……はっ!?」

 そしてアパルの瞳に正気が戻る。

「……。

 …………。

 ………………僕は、一体?」



「「しーらない」」

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