1 すると彼女は僕の妹にあたるのか。
夏のある日。
高瀬 敦が異変に気付いたのは、
母親が夕食の仕度に駆け回っているリビングでの出来事だった。
本日のメニューはデミグラスソースのふんだんにかかった手作りハンバーグである。
高校二年生にもなると、やったー、わーい、ハンバーグだぁ……と万歳をしながら喜んだりはしないが、それでもまあ、好物が夕飯とわかると心躍るものがある。
と、そこで敦は妙な事に気付いた。
ハンバーグの盛られた皿が四枚ある。
高瀬家は父、母と一人息子の自分で三人家族だから、何事もなければ用意されている皿は三枚のはずだ。
当然、敦は尋ねた。
「母さん。なんで夕飯が四人分あるの?」
すると母は答えた。
「はぁ?」
はぁ? ……ときたもんだ。
『わけの分からんことを言ってないで飯の仕度を手伝わんかこの愚息がァッ!!』
という意図を込めた「はぁ?」である。
来客の予定なんて聞いてなかったけど……と首を傾げている敦をよそに、母親は大声で叫んだ。
「れんぼーっ!
ご飯よ、おりてらっしゃい!」
れんぼ?
レインボー?
ん?
……なに?
「はーい♪」
可愛らしい声で返事をしながら、誰かが降りてくる。
少女だ。
十歳ぐらいの可憐な女の子だ。美少女だッ!
栗毛色の艶やかな髪は、頭の両端でちょんちょんと纏められている。チアガールが持っているぽんぽんのようだ。夏らしいブルーの水玉模様のキャミソールに、膝上数センチのミニスカート、ストライブのニーソックス。露出しているおへそと太ももが眩しい。
子犬のように人懐っこい瞳のその少女は、
「やったー、わーい、ハンバーグだぁ♪」
と万歳をして喜び、敦の横を過ぎると、
「ママ、お手伝いするね♪」
と食器を並べ始めた。
……ていうか、誰だこの美少女は。
可愛いぞコラ。
「ただいまぁー」
そこで父の帰宅だ。三十後半の世帯主が汗の臭いを纏ってリビングにやってくる。
「あら、ちょうどよかった。今食べるところだったのよ」
「おう。……それよりビールだビール。
蒸し暑くてかなわん」
謎の美少女が食事の仕度をしているというのに、父親の反応も特にない。
「パパ、おかえりなさい♪」
「おう、ただいま」
戸惑うどころかいたって普通に挨拶している。まるで自分の娘と言わんばかりに。
敦は呆気にとられた。
そしてちょっと悩んでみた。
……どうやら場違いなのは自分の方だ。
どうしよう? 試しに父親に聞いてみるか?
「あ、あのさ、父さん……あの子、」
「あぁん?」
あぁん? ……である。
『俺はお前と違って疲れてんだよ、浮かれてんじゃねえぞこの駄息がァァッ!!』
という意図を孕んだ「あぁん?」だ。
「……いや、なんでもない」
敦は言葉を引っ込めた。聞いても事態が好転しそうにないからだ。
とりあえず、あの子は我が家の関係者のようだ。それには間違いないらしい。
ならばちょっと様子を見よう。じっとしていれば会話の端々から、彼女が一体何者なのか次第に分かってくるはず。
高瀬敦、空気を読む者こそ良き日本人とここに心得たり。
「ねーおにいちゃん。ぼーっとしてないで、手伝ってよ」
と、美少女の声。
おにいちゃんとは自分のことだろうか。
「えっと、僕?」
「なにいってるの? 変なおにいちゃん。
……はい、ナイフとフォーク」
「ふぅむ」
食器を受け取りながら、敦は考えた。
おにいちゃん、か。
すると彼女は僕の妹にあたるのか。
この美少女が、僕の妹か。
……うん。良い。とりあえず良いと思う。
ぐふふっ。
「おにいちゃん、変な顔。恐いよ」
「僕は誰?」
「高瀬敦。私のおにいちゃん」
「うん。いいねぇ」
「……」
敦は美少女に『おにいちゃん』と呼んで欲しいタイプの人間なのである。