ソフィアの情景・壱
その日、私はいつも通り剣を片手に近場の平原へと足を向けていた。そこで適度に魔物を狩りながらがむしゃらに剣を振るうのが私の日課だったのだ。
「はぁ、はぁ、まだまだだ!こんなんじゃ奥義なんて身に付けられるか!」
その頃の私はとにかく奥義を会得したくてたまらなかったのだ。他の誰もまだ会得していない竜人族の最強の技。武を尊ぶ私達の永遠の憧れ。そんな力を誰よりも早く手にしたいと思うのは戦闘を生業とするならば当然だろう?
だが生憎、何をどうすればそれを会得出来るのかなんて誰にも分からなかった。何せ今の時代、奥義を会得している竜人族なんて一体何人いるのかと言う話だ。だから私はただ只管に剣を極めた。とにかく目に見える武器をより上手く扱えるようにするのが強さだと思っていたのさ。それしか知らなかったとも言うが。刀という武器に出会ったのもその頃だ。
「ふぅ、いつの間にか夜か……今日も何も手ごたえを感じなかったな……」
剣を振るってる時は時間の感覚が無くなり、気付いたら夜になってるなんてザラだ。だからその日も夜の帳が落ち始めた事に気付いた時点で修行を切り上げ、村の食料の足しにと倒した魔物を担いで帰りの道を急いだ。帰りの道中では夜になり凶暴性の増した魔物と何度か遭遇したが、何年も修行していた私にとってそれは日常茶飯事であり大した問題では無かった。だが、その日だけは違った。
「……ん?何だこの臭い……」
襲って来た魔物の首を一振りの元に落とした私はその時になって異様な気配に気づいた。鼻をつく何かが燃える臭い。それに…すっかり嗅ぎ慣れた血の匂い。それに気付いた瞬間私の耳は微かにだが人の悲鳴のような音を捉えた。
「これは……血の匂い?それに人の悲鳴……!?」
私は背負っていた魔物を放り捨て村へ向けて全力で地面を蹴った。
***
「みんな大丈夫か!?」
急ぎ村へ戻るとそこには普段の平和な村は無かった。燃え盛る業火に包まれたそこは私の知る私の故郷では無かった。あちこちで悲鳴が響き、時折聞き慣れた村人の怒号と武器と武器がぶつかり合う金属音が私の耳を叩いてくる。
「くっ!何があったんだ!」
私は腰に帯びた練習用の剣を抜き放ち、燃え盛る村へと飛び込んだ。
「みんな無事か!?何があったんだ!?」
「ソフィアか!?いいところに来た!」
目の前で燃え盛る炎を切り裂き私は喉がはちきれんばかりの大声で村に呼びかけた。すると、目の前の建物から屈強な体格を持つ竜人が姿を現し私を呼んだ。
「父上!」
その竜人は私の父で、この村一番の実力者として有名だった。私は急ぎ父に駆け寄り、事情を聞く事にした。
「父上!これは一体何事かっ!?何故村が燃えている!?それにこの音は武器がぶつかり合う音だろう!?」
「ああ、今この村は何者かの襲撃を受けている!ワシもさっき一人斬ったが、どうやら敵は魔人のようだ!何処の手の者かは分からんがな!」
そう語る父が背負う大剣を見ると確かに何者かを切ったと分かる赤黒い血と肉片が付着していた。そこで私はようやく自体の重大さを理解した。
「そう言うわけか……父上、ならば私も打って出よう。だが先に聞いておきたい母上とスフィは無事か?」
「頼む!お前が参戦してくれるなら此方も助かる。母さんとスフィなら緊急時のために作っておいた地下通路から避難させている。他の戦う力の無い村人たちも一緒だ。今戦える者達で魔人達を食い止めているが、我々が劣勢だ」
「よかった……。よし、敵の数は割れてるか?」
「いや、闇夜に紛れての襲撃だったせいで非戦闘員の村人を逃がすので精一杯だった。すまんな、こんな状況に巻き込んでしまって」
「なに、ここは私の村だ。村のために力を振るのに否などあるものか」
そう言って私は駆け出した。とにかく今は一人でも多く敵を倒す。それがひいては村のためになる。
「ケケッ、竜人はっけーん♪」
魔人を探すべく村を駆け抜けていた私の横から突如何かが飛び出して来た。それを剣で払い、ばっ!とそちらを振り向くとそこには人型でありながら人とはかけ離れた鋭利な爪を携えた生物がいた。魔人だ。
「貴様等か!村を襲っている魔人は!」
「ケケッ、不意をついたつもりだったのにやるじゃないの竜人族の女ァ」
魔人は爪をぺろりと舐めると獰猛な顔つきに薄気味の悪い笑みを浮かべて此方を見つめて来る。
「来い、卑怯な魔人めが。私が引導を渡してやろう」
「ケケッ、怖い怖い」
私が睨みつけてやると魔人は愉快そうに笑いながら爪を構える。
「なら遠慮なく行かせてもらうぜェ?」
瞬間、魔人は地面を蹴り一瞬で私の眼前にまで迫ってくる。
(思ったより早い!)
私は横に転がりながらその一撃をかわし、勢いを利用して立ちがると剣を構え、まだ技後硬直の抜けない魔人の横腹を斬り付ける。
「っと、危ねぇ。強いねあんたァ」
だが流石魔人と言うべきか、私の放った斬撃は寸でのところで魔人の爪に打ち払われ、私と魔人は再び正面に相対する。
「まだまだだ!」
次に仕掛けたのは私。体に【身体強化】を纏い、一時的に爆発的に引き上げられた肉体性能と【縮地】による急加速で地面を蹴る。
加速の勢いのまま、剣を薙ぎ払うように振るう。巨大な岩をも粉砕させるこの一撃は流石の魔人も受け止められないと判断したのか全力で地面を蹴り大きく回避をする。標的を失った私の一撃は地面と建物を吹き飛ばしながら空振りに終わる。
「くぅ……まったく馬鹿げた威力だねェ」
かなり余裕を持って回避したはずの魔人だが剣の余波で体制を崩され、そこに襲いかかる吹き飛んだ建物の破片や地面の破片を真正面から受けて細かな傷を負う。
「よく避けたが、次は外さん。覚悟しろ!」
相手に立て直す時間などやらん。私は素早く踏み込み、魔人の懐へと入る。敵はまだ体制を整えていない。
「しまっーー」
殺った!確かな確信と共に剣を横薙ぎに振るう。
「ぐあっ!?」
だが、苦悶の声をあげたのは私の方だった。魔人の懐へと潜り込んだ私が何故か吹き飛ばされて建物に風穴を開けていた。身体強化の魔法がかかってなかった怪我じゃ済まなかっただろう。
「いやぁ、悪いねェ。今のは少し危なかったぜェ」
「馬鹿め。余裕ぶって遊んでいるからそうなるんだ」
素早く立ち上がり顔を上げると、そこには先程から戦っていた魔人の他にもう一人新たな魔人がいた。
(一人増えたか……こうなると少し厳しいな)
一対一でも苦戦していたところに新たな魔人のご登場とは、状況は極めて危うくなったと言わざるを得ない。私は必死に頭を働かせ、打開策は無いかと考えた。そこで視界に入ったのは吹き飛ばされた私が今破壊した建物だった。ぐちゃぐちゃになってはいるが無事な家具とその家具の配置には凄く見覚えがある。
(ここは私の家か!?ならば私の部屋にはあれが……)
咄嗟に閃いた案に体を突き動かされるように私は動いた。
「まだまだ終わってないぞ魔人共!」
私は身体強化のかかった肉体の尋常ならざる筋力を持って砕かれた家の一部を魔人たち目掛けて投げ飛ばす。
「ケケッ、なんて馬鹿力かねェ」
「笑ってないで避けろ。あれに当たったら痛いぞ」
捻りも何も無く適当に投げ付けた家の破片を魔人達は当然のように避ける。だがそれでいい。私の行動は敵の注意がそれる数秒を稼ぐためだけのものだ。その数秒のうちに私は素早く目的の物を回収し、【縮地】で先程から戦っていた魔人の背後に躍り出る。
「っと、見えてるぜェ!」
だが流石は魔人と言うべきか、私の奇襲はアッサリ読まれる。だが、本命の一撃はここからだ。
「違う!後ろだ!」
私の策に気付いたもう一人の魔人が叫ぶ。だがもう遅い!
「ガハァッ!?」
瞬間、今まさに反撃をしようとして来ていた魔人は口から大量の血を吐き出し、地に膝を折る。
「な、何が……!?」
地面に伏した魔人が今にも切れそうな声で呻く。その胸からは抜き身の鋭い刃が生えていた。その形状は鋭い片刃で斬る事にひたすら特化した剣。そう、刀である。
「これで終わりだ。沈め魔人」
驚きに目を見開く魔人の首を切り落とし、私は静かに息を吐く。敵はまだいる。私は離れた位置で此方に警戒を向けている魔人へと体を向ける。
恐らくあの魔人は今倒したヤツより強い。それにまだ何人の魔人がいるかも分からないのだ。
私は首無し魔人の死体の体から刀を抜き取り、血を払いながら一歩を踏み出す。私の長い夜はまだ終わらない。




