おや、ソフィアの様子が……?
「さて、用事も済んだし帰るか」
竜神刀を納め、抱えていたソフィアを床に置いた俺は満足気に踵を返す。
「いや、待て。何故そこで帰ろうとする」
む、もう動けるようになったのかソフィア。流石竜の血を引く竜人族、頑丈だな。
「もう用事は済んだからな。いつまでいられてもお前にも迷惑だろう?」
「こんな夜中に堂々と人の家に不法侵入して来てるくせに何故そこだけ律儀なんだ君は」
「いや、俺も本当は国王の呼び出しの後すぐ来る予定だったんだぞ?そのためにあんたの魔力を覚えておいたんだ。だけど、王城でちょっと張り切り過ぎて城の一部を斬り落としてしまってな。修復に思ったより時間を取られてこんな時間になってしまったんだ」
ソフィアは呆れたように溜息を吐く。
「あの騒ぎはやはり君だったか……ギルドでもかなりの騒ぎになっていたぞ。そもそも、私に何の用があったんだ。まさか私と戦いたかっただけとは言わないだろうな?」
「まさにその通り。竜人族って奴の強さを知りたかった」
「本当にそれだけだったのか……」
ソフィアの目が若干呆れてる。仕方ないだろう、これこそ竜の本能なんだから。……あ、そうだ。
「ああ、俺だけそっちの正体を知ってるのはフェアじゃないよな。せっかくだから俺の正体も見せておく」
そう言って振り返り、片腕の人化を部分的に解く。そこに現れたのは暗闇の中僅かな月明かりすら反射させる白銀の鱗と、人間の胴体程度なら軽く切り裂いてしまいそうな程鋭い鉤爪を備えた凶悪な魔物の腕。次いで、頭部の人化も解きドラゴンの象徴たる雄雄しい3本の竜角も露わにさせる。オマケにちょっとだけ竜覇気を放出させてあければあら不思議。立派な竜の魔人の登場だ。
「っ!?その姿、君は魔人だっのか!?」
咄嗟に距離を取り、武器を片手に臨戦態勢を取るソフィア。しかし直ぐにその武器はだらんと下がり、驚愕と畏怖、そして尊敬の混じった瞳で俺を見つめ出した。
「その気配……まさかドラゴン族なのか!?」
おや、ソフィアの様子が……?
「なぁ!そうなのか!?そうなんだろう!?」
「お、おう、取り敢えず落ち着け。そうだ、俺は白銀竜の魔人だ。それがなんだってんだ!」
マズイ!なんか知らんけどマズイ!ソフィアの目がおかしい!さっきまでの武士然とした立派な姿はどこ行った!?なんか恍惚の表情でジリジリ迫って来るんですけど!?
「ど、どうしたソフィア?様子がおかしいぞ」
ソフィアのあまりの変貌に言い様のない恐怖を感じ、思わず後ずさる。やばい、トウテツと戦った時以上に身の危険を感じる。こうなったら……
「じ、じゃあな!」
全力で逃げるのみ!
俺は素早く動き出し、玄関を蹴破る勢い外へと飛び出すと即座に他所の家の屋根の上に飛び乗り全力で走る。
速度を維持してひたすら走る、走る、走る。そしてやがて街の端の方までやって来たところでようやく足を止めた。
「はぁ、はぁ、なんだったんだあれ?なんかの呪いのアイテムにでも取り憑かれたのかあいつ?」
近くにあった広場の椅子に腰掛けると、俺はふぅ…と息を吐いて脱力した。あの時のソフィアにはマジでビビった。俺をあそこまで恐怖させるとは中々どうしてやるではないか。褒めてやる。と、一人で納得していると……
「捕まえたぞ、ガドウ君……」
ガシッと誰かに背後から肩を掴まれる。
「なっ!?」
俺が接近に気づかなかっただと!?
慌てて背後を振り向こうとするが、それより早く相手は俺を押さえつけてそのまま押し倒すようにして倒れ込む。
くっ!なんて力だ!俺が筋力で抗えないだと!?
こうなったら何者か顔だけでも見てやると俺は必死に体を捩る。そうすることにより辛うじて相手の顔を見る事に成功する。そこに映った者の正体は……
「って、ソフィアかよぉぉぉぉ!!」
真夜中の広場に俺の悲鳴が木霊した。
***
「まったく、なんだってんだお前は!」
1分後、俺の目の前で頭に大きなコブを作りながら両足の半ばまで地面にめり込ましたソフィアが涙目で蹲っていた。
「イタタ、すまない。ちょっと我を忘れていたようだ……」
ちょっとじゃねーよ。あの時のお前軽くホラーだったぞ。下手なアンデット族の魔物より不気味だったわ。
「……まぁ正気に戻ったならいいが」
俺は呆れながら再び広場の椅子に腰を掛ける。頭を抑えて蹲っていたソフィアもそれに倣い、俺の隣に腰を下ろす。ようやく話す態勢が整った。
「で?なんでまたあんな変態みたいになったんだお前」
「変態って……いや、あの私はそう見えともおかしくなかったか……」
今更ながら先程の己の醜態に気づいたソフィアが勝手に凹む。でも俺はフォローはしないぞ。だって俺被害者だし。
「話すと長くなるが、せっかくだ聞いてくれ。私が竜人の里を出たのは今から6年ほど前だ」
6年前と言うと丁度俺が産まれて間も無い頃か。生まれたての頃は父さんに連れられて色んな所へ行ったっけな……。まだ自分の意思で満足に動けなかった俺はいつも父さんの背に乗せられてそこから見える景色に毎回はしゃいでいたっけ。懐かしい。
「その頃の私はひたすらに強さを求めて毎日のようにがむしゃらに刀を振り回していた。そんな時だった」
強さを求めてがむしゃらに刀を振ってた、か……。まるで父さんが殺された直後の俺だな。あの頃の俺は毎日のように格上の魔物に挑んでは毎回傷だらけになってたな。挑んだ魔物に返り討ちに遭ってボロボロになりながらも逃げ延びた事もあった。
「私の里が襲撃にあったのだ」
「襲撃?」
それは穏やかじゃないな。
「ああ。夜の闇に紛れての襲撃だったため正体はよく分からなかったが、アレは間違いなく魔人達だった。そもそも今の人族は竜人族という種族を知らないはずだしな。それに対して魔族領には竜人の集落が幾つか点在している。中には魔王に従ってる集落もあると聞く」
へぇ、まぁ竜人族ってのは武に優れた者が多いらしいから不思議でも無いか。それにしても魔人か。となると襲撃して来たのは何処かの魔王の手の者の可能性もあるな。大方武に優れた竜人族を配下に納めたいとかいう魂胆だろ。
「魔人達の実力は圧倒的でな……いくら武に優れた竜人族と言えど、純粋な魔力や肉体性能では魔物から進化した魔人には及ばない。里は蹂躙された」
竜人族は竜の血を引いているとは言え、魔力や肉体性能は魔人族より人族に近いと聞く。
「君の事だから知っているだろうが、竜人族には奥義と呼ばれる特別な力がある。それは竜人族のみが使える唯一無二の力だ。しかし不幸にも私の里には私を含めそれを扱える者がいなかった。だから抵抗らしい抵抗も出来ずにただ集落が蹂躙され尽くすのを待つのみだったのだ。私も必死に戦ったが、敵を3人ほど斬った所で不意を突かれて不覚を取ってしまった。まったく情けない話だろう?」
「馬鹿を言うな。その奥義とやらを扱えぬ竜人族の身で魔人を3人も斬ったんだ。それは誇って良い」
竜人族の奥義については確かにキリンから聞いている。だがあいつの話を聞いた限りじゃアレは扱えなくても仕方ないとも思う。何せ奥義を完璧に扱える竜人族がいたとしたら今の俺ですら危うい程だからな。今の自分の実力にはそれなりの自信があるが、それでもそう思わされるほどに厄介なものなのだ竜人族の奥義っていうのは。
「君のような実力者にそう言って貰えると誇らしくなるな。ありがとう。でも結局私達は魔人達に敗北した。魔人達は言ったよ、我等の配下に加われってね。集落は壊滅。戦士達も半数以上が死傷し、身も心もボロボロになっていた私達に選択肢は無かった。生き残るために忸怩たる思いでその提案を受け入れようとした、その時だった」
そこでソフィアは憧れの存在を過去に見るように天を仰いだ。
「一頭の黒竜が里に降り立ったんだ」
ほう、それは興味深い。
 
 




