ソフィア宅の訪問者
静かな闇が世界を覆う夜。昼間は街を満たしていた人々の喧騒はなりを潜め、代わりに遊楽街が騒がしさを増す。そんな煌びやかな地区から暫し離れたところに、豪邸とは言わないまでも一般的な家屋に比べると大きめな家がある。質素ながら、無駄のないフォルムを象ったその家の内部から激しく叩きつけるような水の音が漏れ聞こえている。
水音の正体は家宅に備え付けられたシャワー。魔力を元に動くため、魔道具の一種に数えられる。その為値段も比較的交換となり、自宅に備えてあるものは貴族や王族、一部の有力商会程度のものだ。
「ふぅ……」
これらの持ち主ソフィアは降り注ぐ温水の中、普段は後頭部でまとめている鮮やかなエメラルドブルーの髪をほぐして腰まで流し、髪全体で水を受けその全てを味わうよう瞑目している。その姿はとても蠱惑的で、見るもの全てを見惚れさすほどの色気を全身から放っている。それはまるで水浴びを行う女神ようでさえあった。だが不意に閉じられていた双眸がカッと開き、何かを感知したかのようにギロリと虚空を見据える。近場にあった適当なタオルを体に巻き、常に側にと立てかけられていた刀を手に取りソフィアは油断なく感知した気配の元へと足を向けた。
「何者だ」
気配の主の影を認めるや、刀を抜き放ち切っ先を影へと向けて誰何を投げかける。それの同時に雲間に隠れ潜んでいた月が気紛れに顔を出し、影の主を月明かりで照らし上げた。
「悪いな、邪魔しているぞ」
そこには照らし上げられた影の正体であるガドウが不遜な態度で不適に笑いながらテーブルに腰掛けていた。
***
「何者だ」
「悪いな、邪魔しているぞ」
ソフィアに投げかけられた言葉に悪びれる様子も無く答える。不法侵入?そんな人族の決めたルールなど知らないな。縄張りに入られたら力づくで排除すればいいだけだ。
「君か。こんな夜分に事前の連絡もなく女性の家に無断で上り込むとは一体何事だ?」
「家に入る前に一応声はかけた。ま、あんたは風呂に入ってて聞こえなかったみたいだったがな。だから勝手に上がって待たせて貰っていたってわけだ。ああ、待ってるから服着てきてもいいぞ。いつまでもタオル一枚だと寒いだろうしな」
「まったくもって意味がわからないな。まぁいい、話は後でゆっくり聞かせて貰おう。取り敢えず今はお言葉に甘えて服を着させて貰おうか。少々待っていてくれ」
そう言うとソフィアは刀を納めて風呂場の方へと戻って行った。俺はその後ろ姿を見送り、帰ってくるのをボーッと待つ。
「待たせたな。それで?こんな時間に私を訪ねて来たって言うのは如何な理由からかな?」
数分後、部屋着らしき姿に着替えを済ましたソフィアが戻って来た。昼間見た時は髪を後頭部でまとめていたけど、今は解いたままだ。
俺はこのまま寝るけど、ソフィアはそこら辺に気を使ってるのか。
ソフィアは近場のソファに腰を掛けて悪戯気に微笑みを浮かべて俺と向かい合う。
「なに、ちょっとあんたに興味があってな」
「いきなり愛の告白か?意外に大胆なんだな君は」
「違うっての。昼間言ったろ?なんであんたみたいな人がここにいるんだってな」
「ほう?それは一体どう言う意味かな?」
ソフィアが案外冗談好きだった事を意外に思いながら続けると、彼女は昼間とまったくら同じ返しをして来た。
「あんた、竜人族だろ」
瞬間、鋭い刃が目にも留まらぬ速度で襲い来る。それを俺は冷静に見切り、腰に下げていた竜神刀を最小の動きで僅かに抜く事で柄の部分でそれを受け止める。手に響いた衝撃は今までで一、二を争うほど重く、そして鋭かった。
「貴様、何者だ。何故その存在を知っている」
「ククッ、いい一撃だ。だがその態度はいただけないな。それじゃ自分は竜人族ですよ自ら言っているようなものだ」
先程までのソフィアとは雰囲気を一変させ、剣呑な気配を放ちながら得物には殺意が乗る。二つの紺碧の瞳は此方の真意を探ろうと油断なく俺を見つめている。いや、これは最早睨んでるといってもいいだろう。
「竜人族の存在は人類には知れ渡って無い。それに我らの持つ祖竜の加護は何人にも見破れないはずだ」
「なら教訓だ。俺をあんたの知っている人類と一括りにするな。未知とはいつも常に側にあると知れ」
ソフィアが刀を引くのに合わせて席を立ち上がり、腰掛けていた机をソフィアに向けて蹴り倒しながらバックステップで距離を取る。
「なるほど未知か。ならその未知、探求させて貰おうか!」
ソフィアは俺が蹴り倒した机を飛び越え、一振りで二撃にもなる神速の斬撃を繰り出す。俺はそれを完全に抜き放った竜神刀を縦に持って受け止め、目の前にまで迫って来ていたソフィアを蹴り付ける。
ソフィアはその威力を逆に利用し、俺から距離を取ると再び俺をギロリと睨む。その瞬間、僅かに体を走るゾクリとした感覚に襲われる。
『完全解析による解析が行われました。守護之天使による防御を行いますか?yes/no』
なるほど、これが自身が解析される感覚か。俺のように高度な防御スキルや感知スキルが無いと察知する事すら不可能とは中々いやらしい攻撃だ。まぁ、散々それをやって来たのが俺なんだけどな。
……だけどまぁ、他の解析スキル持ちには悪いが俺による解析を察知出来る者は殆どいないだろうな。
何せ俺の神魔眼は万物の解析を行う神眼と万物を破壊する魔眼という相反する二つのスキルが統合されて出来たものだ。その相乗効果は計り知れず、効果を発動させながらも互いの発動痕跡を打ち消し合っている。つまり、先程俺が感じたような感覚を相手に一切悟られずに自由に解析を行えるって事だ。そうでもなければソフィアほどの達人が解析スキルを使われた事に気づかないわけがない。これは上手く使えば魔力の完璧な隠蔽とかも出来るかもしれない。
取り敢えずyesを選択しソフィアの解析を弾く。
「むっ」
解析が阻害されたことに僅かに動揺を見せるソフィア。そんな一瞬とも言えないような隙だが、俺にしてみればそれだけあれば十分だ。『縮地』と『瞬身』を同時に発動させ、殆ど瞬間移動に近い動きでソフィアの懐に潜り込み彼女の鳩尾に竜神刀の峰を叩き込む。
「カハッ!?」
俺の峰打ちを受けたソフィアは口から血と胃液の混じった液体を吐き出しながら弾かれたように吹き飛ばされる。その瞬間俺は再び『縮地』と『瞬身』発動させ、ソフィアの吹き飛んで行く先に先回りして遅れてやって来た彼女のか細い体を受け止める。まったく、こんな細い体の何処にあれだけの力があったのやら。
「俺の勝ちだな」
俺がニヤリと笑いながらそう告げると、受けたダメージのためまともに動けないでいるソフィアもうっすらと微笑んだ気がした。
作者のリハビリなう




