王城へ
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翌日。正午の鐘が鳴る頃、俺の姿はこの国の象徴とも言うべき建物の前にあった。
「ここがセントレア城か」
城と言うと、勝手に無駄に豪奢で実用性皆無と言うイメージを持っていたけど、目の前に現れた建物を見てそんな事は無かったとおもった。
先ず精密に組まれた石造りの城壁。そのとこどころに見える開いた窓からは大砲のようなものが見えている。
この街を囲む城壁とアクウェリウムを囲んでいた城壁には大砲やらバリスタやらが所狭しと設置されていたが、それは街を守る為のものなので当然だ。それらに比べれば見劣りするも、たった一箇所を守る為だけの武装としてはかなり破格なのでは無いだろうか。
次に、城の形状。セントレア城は無数の石を組み合わせた単純な物だ。しかし、その組まれ方はかなり細かく計算されており、登攀はする事は愚か、手や足を掛けられる一ミリの隙間すら無い。しかもトドメに城の上層部はネズミ返し様式になっており、例えどうにかして上まで登ったとしてもその返しで侵入者は成す術を失う事だろう。
そして最後。厳重な警備態勢と警備兵の油断の無さ。正直ここが一番驚いた。何せ、交代するその瞬間すら自分の見張るブロックから目を離さないのだから。
俺の全把握で取得した情報によると、城の各地360°全ての位置にそこを重点的に担当する者がおり、彼等がいる限り凄腕の暗殺者であっても一度も見付からずに城に入るのは不可能だろう。この国の兵士の練度は俺の想定を超えて高いのかもしれない。
「まぁいいや。スノアを待たせる時間を一秒でも短くしないとな」
昨日は本当に疲れた。ソフィアの部屋を後にした直後、【雷鳴の牙】からはやれトウテツとはどう言う事だと質問責めにされ、エステルとキュレアからは相手は貴族なんだから態度を考えろ云々、なんで【英雄】の称号を断ったのか云々と説教のような小言を浴び、疲れ切って宿に帰ってからはスノアに看病されて直ぐ寝た。白雪竜のスノアにとっては冷気の扱いはお手の物で、時折適度に空気を冷やしてくれて快適な眠りにだった。流石は俺の妹。
「頼むよガドウ君。くれぐれも陛下にだけは粗相の無いようにね」
「お兄様、私のことは気にせずゆっくり過ごして下さい」
俺をここまで案内してくれたエステルと、付き添いとして来てくれたスノアがそう言う。相手は俺一人との対話を希望しているので、彼女達はここまでだ。俺が戻るまで近くにある少し高級感のあるカフェで待ってるらしい。
「分かってるって。んじゃ、ちょっくら行って来るな」
俺は背後にいるエステルとスノアに向かってひらひらと手を振って城門へと歩く。
***
城門には兵士の詰所と思しき建物があり、門の左右にそれぞれ威圧的な武装をした門兵が待ち構えていた。
「止まれ。ここは国王陛下がおわすセントレア城である。許可無き者を通すわけにはいかない」
「如何様な理由でここへと訪れた。名前と用入りを話せ」
……よーし落ち着け俺。こいつらはこの国の兵士として当然の職務をまっとうしているだけだ。俺を呼び止めるのは彼等の仕事であって、決して「あ?そっちで呼びつけておいてなんだその態度は?」などと思ってはならない。俺が来ることは恐らくこの兵士まで伝わっていないのだろう。うん、そうに違いない。だから俺はあくまでクールに対応するんだ。
「俺はガドウ。この国の国王に呼びつけられてる。これが国王から届いた手紙だ」
「ふむ、これは紛れも無く王家の紋……失礼した。暫し待たれよ」
よし、流石王家の家紋。効果は抜群だ!
「お待たせしました。確認が取れました。貴殿の入城を許可します。大変失礼いたしました」
先程までの威圧的な態度は何処へ行ったのやら。最初とは打って変わって丁寧な対応になった。この変わり身の早さも訓練の賜物なのだろうか?まぁ、職務上のスキルとしては良いのかな?俺はこう言った仕事をした事が無いから分からないけど。
「案内の者がすぐ駆け付けますので、もう少々お待ちください」
「お、助かるな。了解した」
門兵に誘われ、セントレア城の敷地内に足を踏み入れた。
目に入ったのは色とりどりの花が絶妙な位置取りで植えられ達美しい中庭。貴族達は見栄を張るためによくお茶会を開くと聞くが、王族もその手の催しをよく開催するのだろうか。高級感のある花に囲まれた一角に小さなテラスがポツンとある。
「此方でお寛ぎ下さい。直ぐに案内の者が駆け付けます」
そう言って案内されたのは休憩所のような様相をしている小さな建物だった。前には珍しい花が植えられていて、少し進むと小さな人工池があり、これまた色とりどりの魚達が悠々と泳いでいる。王族の凝り性な性格がよく分かる場所だ。それではお言葉に甘えて少し寛がせて貰おう。
***
「お待たせ致しましたガドウ様。僭越ながら私めがガドウ様のご案内を申しつかりましたミラと申します。ここで陛下付きのメイドの仕事をさせていただいております」
待つ事数分。ようやく案内役の人間がやって来た。
「そうか、よろしく頼むぞ」
質素なデザインだが、質の良い生地を使って作られ、機能性と通気性を兼ね備えた万能メイド服に身を包んだ20代前半くらいの女性。名前はミラと言ったか。彼女は惚れ惚れするような美しい動作で頭を下げ、僅かばかりの会話だけを交わして彼女の後に続く。
「此方が国王陛下の御膳となります。中では既に陛下がお待ちです」
彼女に続き歩く事数分。一つの豪華で重厚な扉の前辿り着いた。
城内は一目で一級品と分かるような調度品だたくさん置いてあった。これになんの意味があるんだ?と思うような物も幾つかあって、 金持の趣味と言うのは分からない。
「失礼いたします。ミラでございます。ガドウ様をお連れいたしました」
「入れ」
ミラがノックすると中から何処か若々しい、だが威厳のある声で返事が返って来た。
「はっ、失礼いたします」
その声が聞こえるや、ミラがゆっくりと扉を開ける。
「うわっ……」
中に入ると、予想していたよりかなり大きい作りになっており、真っ直ぐ伸びる赤いカーペットは皺一つ無く、正面先の階段で高くなっている場所へと一直線に伸びている。その先にあるのは当然玉座で、そこには二人の人物が踏ん反り返っていた。左右にはなんか胡散臭い爺さんと見るからに強者の雰囲気を感じる中年の男性が彼等を守るように油断なく此方を見下ろしている。その階下には昨日も見たヴァタメール公爵と、なんか偉そうに胸を張ってるおっさん達が何人も控えている。こっちは別に何も考えて無さそうで隙だらけだ。まぁだからって何かをしようとか言うつもりは無いけど。今の所。
「よく来たな。新たなる【英雄】ガドウ殿。我が名はユリウス。ユリウス=マルコシアス・ハスタ・フォン・セントレア。この国の王である」
「私の名はセフィーネ=マルコシアス・ハスタ・フォン・セントレアでございます。この国の王妃を務めております」
俺が適当に中にいる人達を観察していると、不意に玉座で踏ん反り返っている二人が名乗りを上げた。玉座に座ってる時点で最早当然だろうが、この二人がこの国の国王夫妻のようだ。見た感じ二人とも20代〜30代くらいで俺が思ってたよりも若い。彼等の表情は表面上は笑っているが、その奥では此方の本心を見抜こうと鋭く見据えている。若くても流石は王族と言ったところか。侮れないな。
「ワシはゼフィール・フィーア・モロゾフと申す。ユリウス国王陛下からこの国の宰相の任を仰せつかっておる」
「俺はグランハルト・ワイズマン。国王陛下より軍の総指揮権を賜っている」
国王たちに続き、爺さんと強そうな男が自己紹介を行なった。爺さんの方はもう60は超えてそうで、頭は白髪だらけだがまだ禿げてない。男の方は40代くらいで、一切の無駄な筋肉が付いておらず非常に逞しい身体つきをしている。滲み出る強者の雰囲気から察するに【雷鳴の牙】のリーダーであるボルトより強い。冒険者としてのランクを付けるとしたら最低でも特Sランクはあるだろうな。
続いてヴァタメール公爵達が自己紹介を行うが、ぶっちゃけ殆ど聞いてなかった。人数が多い上にみんな名前が長ったらしいんだよな。高階級の貴族だと言う事は分かったけど、だからなに?って感じだ。ヴァタメール公爵に至ってはまだ昨日の恐怖が抜けてないのか、話す表情は固い。
「俺はガドウだ。そこの国王に呼ばれて来た」
「貴様!国王陛下に対して無礼だぞ!」
最後に一応自分の自己紹介もしておいたが、貴族連中に怒鳴られた。何故だ。
「良い。ミッシェル。今回彼は我々が呼び、わざわざ来てもらっているのだ。無礼だなんだと言う方が無礼に当たる」
「し、しかし陛下!」
「国王陛下が良いと言ってるのだ。ミッシェル侯。貴殿の忠義には感服するが今は抑えよ」
「ゼフィール殿までそう言われるか……かしこまりました。陛下、ご無礼を働きました、申し訳ございません」
「良い、気にするな」
俺の知らないところで何か勝手に話がまとまってく。俺は何をミスしたんだろうか?
「ガドウと言ったな。冒険者である以上、多少の無礼は目を瞑るが、最低でも跪いて陛下のお言葉を聞く姿勢を取らないか?」
グランハルトと名乗った男がそう告げて来る。
「え?嫌だけど?何でそんな事を一々しないとならないんだ?」
跪くとは、人族の間では敬意を払うべき目上の者に対して行なう行為のはずだ。それくらいは知ってるぞ。だからこそこの場に俺がそうすべき人物などいないのに、何故そのような事をしないとならないと言うのか。俺達魔族の間での跪くと言う行為の意味は人族のそれとはまったく違うしな。
「は……?」
グランハルトは一瞬何を言ってるんだこいつ?と言うように目をパチクリさせた後、視線をゼフィールと名乗った老人へとやった。
「……ガドウ殿。形式だけで良いのです。此処は王の御前。どのような者であっても陛下からのお言葉を聞く時は跪き、陛下からの許可を得るまで立つ事を許されませぬ」
ゼフィールが優しく諭すように語りかけて来る。貴族連中もそうだそうだ!とここぞとばかりに喚き立てる。うるさい。あ、そう言えばヴァタメール公爵も昨日はうるさかったな。貴族とはうるさくないとなれないのか。納得。まぁ、そのヴァタメール公爵はみんなが喚き立てる中、冷や汗を流しながらどうすれば良いかとワタワタしているけど。
「えー……」
人間の風習ってめんどくさいなーと思いながらギャーギャー喚く貴族連中を見渡す。
「はやく跪かぬか!」
「貴様それでも誇りある人族であるか!」
「不敬罪で投獄されても文句は言えんぞ!」
まぁ、こんな感じの事ばっかり言ってます。国王達も困ったような表情でどうしたもんかと頭を悩ませてるようだ。やれやれ、人族の風習が分からないからこう言った時に何をすればいいのかまったく分からないな。
「静まれ皆の者!」
考えがまとまったのか、国王が威厳のある大きな声でピシャリと言い放った。その瞬間、あれだけ騒がしかった貴族連中は一種でシーンとなった。おお!凄い!と思わず思ってしまったのは内緒だ。
「ガドウ殿、大変申し訳無いが、跪くだけはして貰えぬだろうか?余に敬意を持てとは言わぬ、国への忠義を見せろとも言わぬ。本当に形式だけで良いのだ。それだけでこの場は静まるであろう」
「分かった、じゃあ俺は帰る」
その瞬間、また別の意味でシーンとなる。その景色を背に俺はくるりと体の方向を扉の方へと向けて躊躇いなく歩き出す。扉の横に控えていた儀礼用の武装をした衛兵らしい者とミラが慌てて止めようとして来るが無視して扉を蹴破って出て行く。デカイ割にあっさり吹っ飛んだ。
まったく、人族が跪くと言う行為にどの程度の重みを持たせているのかは知らないけど、魔族にとってはそれは相手への絶対の服従の意を示す為の非常に重たい行為である。そんな気安くやっていいような行為では無いのだ。俺別にこの国に服従するつもりなんて欠片も無いし。
「ま、待て待て!それはいくら何でも!」
「お待ちになって下さいなガドウ殿!」
国王夫妻が何か言ってるけど無視。二言に目は跪けとか言う奴等など知らん。
「衛兵ー!衛兵ー!そこの男の動きを封じるだけでいい!捕らえよ!」
貴族連中の誰かが叫ぶ。と言うか、それより早くグランハルトが動いてる。速いな。
「待て小僧!王の御前でのその態度は不敬罪は免れんぞ!今ならまだ何もなかった事にしてやる!頼むから陛下の話を聞いていけ!」
「やだよ。だってまた跪けとか言うんだろ?」
前に回り込んで来たグランハルトが必死にそう呼び止めるが、国王が跪けとか言い続ける限り俺は帰ると言う意思を曲げるつもりは無い。
「そんなに嫌か!?」
そうこうしている内に数十人規模の衛兵が駆け付けて来た。先程扉の前にいた儀礼用の装備とは違い、みんな使い込まれた一級品の装備に身を包んでいる。やっぱりこの国の兵士は強兵のようだ。
「あーあ、武器を出しちゃったかー」
武器を向けると言う事は相手を殺す意思を持つと言う事。つまり、自分達も殺される覚悟を決めていると言う事だ。うむ、潔し!
俺はマジックポーチから竜神刀を取り出し、一糸乱れぬ連携で八方から襲いかかって来た衛兵達の剣を受け止める。
「なっ!?」
誰がが驚きの声を上げるが、動揺は隙を生むだけだと習わなかったのだろうか。
「ふんっ!」
俺は力を込めて頭上にある無数の剣を押し返す。それにより体勢を崩した衛兵達に回し蹴りを放ち一気に弾き飛ばす。
「邪魔。さっさと帰らせてくれ」
スノアが寂しい思いをして待ってるんだから帰るなら早く帰らないと。だがまぁ、流石にそう簡単には帰らせてくれないらしい。目の前には非常に強力な魔力を放つ大剣を隙なく構えたグランハルトがやれやれと言った様子で此方を見ている。
「はぁ……ガドウよ、城内であまり暴れないで欲しいんだがな。大人しく陛下のお言葉を聞いて貰おうか」
「跪けと言わないなら少しだけならいいぞ」
「形だけでもして貰えないのかね?」
「無理。だって俺、この国に忠誠を誓うつもり無いし、当然国王にも敬意を払うつもりも無い」
「忠誠だ敬意だはいいんだ。いや、あまり良く無い事ではあるがまぁ、今は良い。本当に形だけでいいんだぞ?」
「くどい。帰るったら帰るんだよ。可愛い妹が寂しい思いをして俺の事を待ってるんだ。お前達のどうでもいい話に付き合う一秒ですら勿体無い。妹との時間の方が何億倍も有意義だ」
「とんだシスコンだな!?ならば仕方ない、【英雄】の力とやらを試してやろう!」
「いや、【英雄】じゃないし……まぁいいや、やるなら速攻で終わらせるぞ?いいな?」
「出来るもんならな!」
言葉による会話はここまで。後は武器と武器のぶつかり合いで語ろう。俺とグランハルトは同時に踏み込み、次の瞬間には刀と大剣がはげしい音と火花を立ててぶつかり合う。




