帰路
遅くなりましたm(_ _)m
「へぇ、改めて見ると中々いいとこじゃないか」
来る時はトウテツの威圧で景色を楽しむ余裕など無かったが、こうしてみるとこの場所は俺の故郷に似ている。
「ま、満ちてる魔力量はまったく話にならないけどな」
大空から地上を見下ろし俺は一人呟く。
現在俺は防衛都市グランビエルに向けて大空を飛んでいる。
(街に帰ったら報告済ませて直ぐに資料室だな……)
俺の胸に過る考えはグランが言った原初の魔王と言う者について。
眉唾物の話だが現実問題、今の所その魔王しか手掛かりが無い。
(流石に都合良く俺が資格を持つ者だとは思わないが、それでも何か得られる物があるかも知れない)
「ん?」
そんな風に思考しながら飛んでいると、遥か遠方に数十人程の人影を確認出来た。
「なんだ?野盗の類いか?」
超感覚を以って視力を爆発的にあげてそれらを確認すると、どうやら人間同士が争っているようだ。
「この時期にこんな場所で人間同士が争っているのか?」
訝しく思い飛ぶ速度を上げてそちらの方に向かうと、だんだんとだがはっきりとした様子が見て取れるようになった。
「あいつらは……グランビエルに残っていた冒険者達か……?」
争っていた冒険者達には皆見覚えがあった。それはグランビエルを旅立つ前出会ったこの街と共に運命を共にすると決めた冒険者達であった。
「なんであいつらが……」
そうこうしている内に戦闘が終わり、地面に血を流し倒れ伏す者と、武器に付いた血を払い各々の武器を納める者達に別れた。
「まぁ、残っていた奴等は皆それなりのランクのベテラン冒険者達だったし、あんな野盗共なら倍の数が来ても誰一人死なずに退けられるだろな……」
結果は冒険者達の圧勝。地に伏した野盗達はいずれ獣達に喰われ自然の摂理の輪に組み込まれることだろう。弱い者は強い者の糧となる。自然とはまさに弱肉強食の世界だ。
「む?あれはゲイルか……と言う事はこれはギルドの総意と考えて良いようだな。だがーー」
ゲイルはうっかり腕を深く斬られてしまった冒険者の治療をしている。
そんな中ゲイルの背後で胴体を斜めに斬られ倒れ伏していた野盗の一人がよろよろと立ち上がり、徐に武器を振り上げる。
殺気も何も籠っていない無意識の一撃。それには流石のゲイルも反応が遅れた。
「ゲイルさん後ろだ!」
野盗に気付いた冒険者が慌てて声を上げるが、もう既に遅く、野盗の粗末な剣は咄嗟に自分の愛剣である大剣を盾にしようとしたゲイルの肩口を捉える。誰もがゲイルの腕が落ちる未来を予想したその直後……
ズドォン‼︎
轟音を立てて地面が爆ぜた。
「な、なんだ⁉︎」
突然の出来事に狼狽える冒険者達。しかしきちんと臨戦態勢を取る様子から彼等の練度の高さを実感する。
「おい、詰めが甘いぞお前等」
野盗と地面を吹き飛ばしながら現れたのは一人の青年。そう、俺だ。
***
「対生物の時はきちんと全ての敵の息の根が止まったのを確認してから気を抜け」
俺は公然とそう告げた。しかしその言葉が冒険者達に届く事は無く、皆一様に状況を理解出来ないでいた。
「お前は……ガドウ、か?」
そんな冒険者達の中から一人の初老の男が進み出て来た。防衛都市グランビエルのギルドマスター、ゲイル・グランテストだ。
「ゲイルか。お前ギルドマスターの癖に油断し過ぎた。俺が来なかったらお前の腕は飛んでたぞ」
「ああ、それについては感謝している。助かった。それで、お前がここにいるって事はトウテツはどうなったんだ?」
ゲイルは罰の悪そうな声音で感謝を述べ、続いてギルドマスターの顔になり、トウテツの事について尋ねてくる。
俺は無言でマジックポーチから斬り落としたトウテツの首を取り出し、ぽいっと地面に投げ捨てる。
「こ、これは⁉︎」
俺が投げ捨てたトウテツの頭は全ての冒険者達の注目を集め、代表としてゲイルが本物かどうか確認、愕然とした。
「ほ、本物だ……ガドウ、まさかお前トウテツを倒したのか……?」
「ああ、苦戦したが何とか殺す事が出来た」
何とも無いように告げる俺の言葉に一瞬場が凍り付く。だが次の瞬間、割れんばかりの大音量が辺りに響き渡る。
「す、すげぇ!俺、長年冒険者やってるけど、悪魔族の死体なんて見たの初めてだ!」
「ばっか!トウテツはそん中でも中級種と呼ばれる化け物なんだぞ!」
「と言う事は私達の街は助かったのね⁉︎」
「ああ!化け物は死んだんだ!後は人々を戻せばまた元の活気に戻るぞ!」
冒険者達は口々に騒ぎ立て、しまいには軽い宴会のようになって行った。
「はぁ……ゲイル、お前達は何でこんな所にいたんだ?」
当事者そっちのけで騒ぐ冒険者にため息を吐き、今だにトウテツの首を見て愕然としているゲイルに問い掛ける。
「あ、ああ、すまんな。トウテツの首なんて今まで見る事無かったから少し驚いちまってた……冒険者を代表して礼を言う。ありがとうガドウ」
「俺はただ依頼を達成しただけだ。礼なんて良い。それよりさっきの質問の答えを教えて貰いたいな」
頭を下げるゲイルに俺はそう答えた。
俺からしたらトウテツの討伐は冒険者として依頼を受けただけであり、それは仕事なので感謝される謂れは無いのだ。
確かにトウテツの討伐は命懸けであったが、結果として俺は勝ち、更には進化まで出来た。寧ろその結果が報酬でも良いくらいだ。
「ああ、やっぱりガドウなんだな。何か眼の色とか髪とか纏う雰囲気とか色々と変わってるけど、そのドライなところは変わってないな。そんな見た目になる程の激闘だったのか……」
「あ?」
ゲイルの呟きに俺は改めて自分の姿を確認してみた。
「あ……人間形態の時の見た目まで変わってる……」
俺の姿は見た目の年齢こそ16〜17歳と変わら無いが、髪の色は鈍い銀色だったのが透き通る様な銀色へと変わり、瞳の色は白銀竜の時と同様の金と銀のオッドアイになっていた。
(進化してから色々あり過ぎて自身の見た目の確認を忘れてたな……まぁ良いや、向こうが勝手に勘違いしているのを利用してやろう)
「まぁトウテツとの戦いは丸一日くらい掛かったからな」
自身のミスは開き直る事にし、何事も無かったように会話を進める。
「そんな時間が掛かったのか……本当に感謝してもしたりないわい」
ゲイルもそれに引っ掛かったのか俺の見た目の変化に対する疑問をすっかりと忘れ、俺の質問の答えを述べた。
「さて、俺らが何故ここにいるのかって言う質問だが、それに対してはこちらこそお前に聞きたい事がある」
「俺に?」
軽い宴会を催している冒険者達を横目に俺とゲイルはゲイルが魔法で創り出した机を挟み酒を交わしながら話していた。
「ああ、実はお前がトウテツを盗伐に向かった大体一週間後の事だ。無限廻廊の方角からトウテツとは違う強大な魔力の反応を感じたんだ」
出発から2日後と言うと丁度俺が神化を発動させた時か……いや、進化したのもその日だったな。どっちの事を言ってるか分からんが取り敢えずそれは俺だな。
「それで俺は慌てて残っている冒険者を集め、その日から更に1日後……つまりお前の出発から8日後にグランビエルを発った」
確かグランビエルから無限廻廊までの距離は人間の足で2週間程掛かるんだったな。それならこの場所で会ったのも納得だ。
「それに加えて昨日の朝の事だ。無限廻廊の辺りから天を穿つかのような炎の柱があがり、その周囲に魔力嵐が吹き荒れた。それで無限廻廊に居たお前なら何か知らないかと思ってな」
「 天を穿つ炎の柱……あ、それ俺だ」
確かグランの分身と戦った時にそんな魔法を使った記憶がある。
「なぬ?あの炎の柱はお前の魔法による物だったのか?」
思わず声に出してしまった事でその炎の柱を起こした犯人が俺だと言う事がバレてしまったが、元より隠すつもりも無いので問題は無い。
「ああ。ちょっと面倒な敵と戦っててな」
「面倒な敵だと?トウテツじゃないのか?」
「ああ、俺がお前の言う魔法を使ったのはトウテツじゃない。魔王エビル・グランツェだよ」
俺の声はそこまで大きく無かったのだが、宴会を行っていた冒険者達は一瞬で静まり返った。それはゲイルも同じであり、アホみたいな面で凍り付いていた。
「ま、魔王エビル・グランツェだって……?」
数十秒程経って漸く動き出したゲイルが震える声でそう問うて来た。知りたいけど知りたく無い。そんな表情だ。
「ああ、と言ってもそれは本物のエビル・グランツェでは無く、あいつが自分のスキルで作り出し分身だがな」
俺は無限廻廊で倒した魔物の肉をマジックポーチから取り出し、火魔法で焼いて頬張る。うむ、美味い。
「魔王エビル・グランツェが分身系のスキルを使えるのは有名だが……まさか人類領域に浸入しているとは……」
ゲイルの顔はトウテツが現れた時よりも遥かに苦い表情になっていた。それは他の冒険者達も同様であり、皆口々に「まさか……」「もう人類はお終いだ……」「ちくしょう……」と言ったネガティヴな事を口走っている。
「お前等は少し早とちり過ぎだ馬鹿。別にグランに人類を滅ぼすつもりなんて無い。それはあいつが実際言ってた事だし、あいつの眼は嘘を言って無い」
「ち、ちょっと待て!お前の話だとまるでエビル・グランツェと直接話したみたいじゃないか!」
俺が話していると、ゲイルが慌てて俺に迫って来る。犬耳を付けたおっさんが迫って来る映像は中々の気持ち悪さだ。
俺は迫って来たゲイルの額に強烈なデコピンをかまして後ずらせた。勿論十分手加減して、だ。今の俺が本気でやればたかがデコピンでも人一人簡単に吹き飛ばしてしまうからな。
「イテテ……なんつーデコピンの威力だ。悪い、少し動揺し過ぎたようだ。だがきちんと説明はして貰うぞ?」
ゲイルはデコピンを喰らった額を摩りながらも、言い訳は許さないと言った視線でこちらを睨み付けて来る。
いつしか俺の周りに冒険者達が集まり、まるでアクウェリウムで見掛けた子供達に何やら面妖な絵を見せながら言い聞かせる紙芝居とやらのようだ。
「俺は無限廻廊から出た後遭遇したエビル・グランツェと戦った。さっきも言った通り分身だったがトウテツよりも強かったな。お前達が見たのはそいつと戦っている時に俺が放った魔法だ。恐らく魔力嵐も俺と分身の戦闘によるものだろうな。
最終的にはエビル・グランツェの分身を倒す事が出来たが、その後本物のエビル・グランツェが現れたんだ。それで少しの間そいつと話し、こうして帰って来たって事だ」
俺の話を聞き、何か思案顔を作るゲイルであったが、俺の言葉を信じたのかゆっくり破顔して行き、最終的にはにっこりと笑い顔になり俺の肩をバンバン叩いて来た。
「ガハハハッ!お前はなんつー奴だ!トウテツだけで無くエビル・グランツェとも戦って勝利して来るなんて、非常識も良いところだ!」
「いいのか?そんな簡単に信じて?」
「ああ。お前に俺達に嘘を言う理由は無いし、何よりお前の眼が嘘を言っていない。これでも長年何万何千と言った色々な人物と会って来たんだ。その経験から誰が嘘を言っているかどうかくらいは分かるつもりだ」
訝しく思った俺はゲイルにそう問うが、ゲイルは何でも無いように頷き公然と言ってのけた。
「そうか……」
ゲイルの言葉は俺を納得させるには十分過ぎであり、また、自身に足りてない物を自覚させられた。
(俺は一年程の命懸けの生活で戦闘に必要な技術は出来るだけ身に付けた。だがそんな俺にまだ足りてない物……それは他者の考えを読み取る事、か……)
それもそうだ。何故ならあの場所には俺以外に人も魔人もいなかった。
(それは人類領域にいる今の内に身に付けなくては……)
俺は目の前で酒を煽っているゲイルを見ながら一人そう考える。
「まぁとにかく今はグランビエルに降りかかった災いの回避の成功に乾杯するか。
ほらお前達も何時までも固まって無いでさっさっと続きでもやれ!」
俺の内心の事など露知らず、周りに集まっていた冒険者達にそう言い放つ。
それにより魔王エビル・グランツェと言う存在にフリーズしていた冒険者達もポツポツと動き出し、しまいには先程同様の宴会に戻って行った。
そんな中俺は一人、今後の課題に向けての思考に意識を沈めて行った。
近くで聞こえている筈の宴会騒ぎが何処か遠くの方で聞こえる気がした。




