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雨の冠  作者: 桃宮
7.七番目の乙女
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18 夢追い人

 アルス王子の一件は、さすがに外せない問題だったようで、翌日の午前中に王様が訪ねてきた。名目は対外的には私のご機嫌伺い、関係者的には私への謝罪ということになるらしい。

 

 客間でお茶を出してもらい、微妙に不服そうなジルフィーを追い出して一対一で向かい合う。ジルフィーは一応、「命令」通りの内容を報告したようだ。もっとも、伝えられた一言だけで王様は大体の状況を把握していた。

 把握していない事があるとすれば、私がやらかした件についてだ。


「すみません、アルス王子に帰ること、言っちゃいました……」

「帰りたいとではなく、帰る予定を告げたのか?」

「は、春頃には居ないと思う、と」


 白状すると、王様はほんの僅か目を眇めた。


「まあ、仕方がないな。日時は言うなよ」


 ニヤリと笑って念を押され、私は必死に頷く。


「それであの、誰も罰せられないように、してほしいんですが」


 今更リコ達を外されたら困るし、アルス王子の行動に関しても、元を辿れば私にも責任がある。そう添えて恐る恐る相談してみると、王様はソファにもたれ腕を組んだ。


「侍女に関しては――そうだな。お前がそう望むなら、可能な限り希望に適うよう計らおう。あれらは本来職業人では無いからな。罰則も職務でなはなく家に掛かるが……いずれにせよ今回の件はこちらの落ち度だ。お前に免じて咎め無しと伝えておく。但し、アルスを引き入れた件が塔に露見すれば難しくなるとだけは覚えておけ」

「塔には知らせてないんですね」

「神官で周りを固められては都合が悪いからな」


 そういう理由もあって、ジルフィーは王様からリコ達への厳重注意で手を打ったと思われる。


「アルス王子は……」

「ひとまず、お前との接触を禁ずる。それから、暫くは屋内謹慎だな。仕事を山程作ってやれと言伝でも出しておくか」

「そう、ですか……謹慎とかは、無しには出来ないんですか?」


 アルス王子の気晴らしは乗馬や庭散歩だ。私と関係ない所の自由を奪うのは、罰が重過ぎるような。

 王様が呆れたように笑う。


「既に、無きに等しいほど軽い処罰だぞ。知られる所に知られれば、王都からの追放処分もありえる」

「ええっ!? そんなことってしていいんですか」

「王族だからといって甘くはならん。アルスに関しては“呪い”があるから、多少は考慮されるだろうが。正直、お前の口添えは助かった。悪いな、愚弟が度々迷惑を掛けて」

「いえ……」


 全面的に謝られ、私は腑に落ちないでいた。

 私が個人的にアルス王子を避けていたのは事実だし、それなのに勝手に部屋に入れたらサニア達が怒られるのはわかる。でも理不尽だったのは私の方だ。

 それに“悲恋”の手紙にあった“呪い”や“黒”への警告は、塔をはじめ外に漏れていない。その証拠に、クラインは私と問題なく会えている。昨夜のアルス王子は発作が出ていた訳でもないし、リコ達は私を部屋に閉じ込めたのでもない。最終的には水読も通した。

 本当に私が重要人物であるなら尚更、私が問題無かったと言えば、全部スッキリ収まることでは。


「その人の好さはお前の美点であり、危うさでもあるな」


 私の言い分を丁寧に聞いた後で、王様はまた少し笑って言った。要するに、平和ボケしていると。そうかな。


「そうだろう。お前、昨夜はその場で犯されていたかも知れんのだぞ」

「…………!?」


 私はぱかっと口を開いて正面を見た。冗談にしても、それちょっと。

 でも今度は、王様は案外笑っていなかった。


「冗談ではないからな」

「あ……あ、アルス王子はそんなことしません!!」

「お前がそう言い切るのを聞けば、塔は面白くないだろうな」


 いや、面白くないとかじゃなく。


「考えてもみろ。アルスは周囲から雨の有無も、自らの命運すら問わないと思われていても不思議がない。他に守るものが無いんだ。とんでもなく自由だぞ? しかも、元より一度お前を殺しかけていて、且つ許されている。次も無体を働いて大沙汰になろうと、お前が本人に代わって命乞いするかもしれないと周りは考える」

「…………」

「近頃は、初期に比べて降雨の状況も不規則だ。勘の良い者は既に雨乞いの必要性を疑い初めているだろう。事の後で運良く雨が戻っていたとすれば、さあ、どうだ? お前が助命を乞う場合、最も収まりが良いのは婚姻だな。法については、以前話しただろう?」


 処女に手を出したら、責任取って嫁にもらう。さもなくば厳罰。

 そうだ、この国の法律ヤバイんだった。で、でも、私なら適応外にならないかな!? 色々事実と違うし!


「実情は、そこまでしてもお前は国を去れるようだが、知らぬならな。捨て身になればさほど悪く無い賭けだ」


 言い切られ、私はものすごく微妙な感情で頭を抱えた。

 捨て身って。だってそれ。例えば、私が滅茶苦茶恨んで「絶対許さないどうぞ厳罰で!」って言う可能性も一応呑んでるってこと?


「まあな」

「そんな……そんなの頭おかしい!」

「恋を患う男など、大概気が狂っているようなものだ。……ん、女もか? ともかく、そういう事だから気をつけろ。俺がアルスの立場なら、間違いなく実行も視野に入る」


 “乙女”=処女説は私の最終防護壁だと思っていたが、弱点にもなるのか。目からウロコだ。いや、ウロコ落としてる場合じゃないんだけど。

 要件は以上のようだった。過激な世間話が終わると、王様はおもむろに時計を取り出した。


「お前に会う為と言って抜けてきたのに、戻るには早過ぎるな。久々に異聞でも聞かせてもらおうか。……そうだな、お前の家族の話が良い」


 お茶が冷めるまでと言って、王様は私から元の世界での生活や、家族や友達の過ごし方などを聞き出した。王様とあちらの話をするのは楽しかった。この話題に関しては特に、本当に聞き上手だ。

 でも彼が帰ってしまってから、私は酷く寂しい気持ちを味わった。

 一つは郷愁から。

 もう一つは、意図的に郷愁を煽られたと気付いたから。




 嘆願の甲斐もあり、それから数日経っても、リコやサニアが部屋から外される事はなかった。

 私はリコ達から、当日は聞けなかった詳しい事情を聴いた。


 近頃のアルス王子への対応は、リコ達がしていた時もあったし、ジルフィーが直接出ていた時もあったようだ。リコ達はジルフィーから、アルス王子の訪問について知らせることが私の負担になると釘を刺されていた。


 しかしあの日の昼間、私の留守中に訪ねてきたアルス王子が、積もり積もった猜疑心からサニアに「本当に私の指示で目通りが叶わないのか」と訊ねたらしい。本来王家に仕える身である彼女は、詰問に目を逸らす事が出来なかった。嘘の匂いを嗅ぎ取ったアルス王子は当然その場で追求し、直接私と会って話したいと要求した。

 その際彼が「決して私に危害を加えない」と王族である自らの名にかけて誓った為、困ったサニアはリコに相談し、短時間である事、侍女達が隣室で待機している事などの条件を付けて、少しだけなら私と直接話せるよう取り計らうと約束した。


 話ながら二人は申し訳なさそうだったけれど、私は事情が見えて納得した。サニアやリコがアルス王子と対面し、信用に値すると思ったことには共感できる。


 ついでにもう一つ、水読とジルフィーがあの場に現れた理由も知る。

 退勤後のジルフィーがまだ居た理由は、正確には仕事が終わっていなかったからだ。

 ジルフィーは水読から、口頭による日報の義務を課せられているらしい。知らなかった。塔の上階でその報告をしている最中、水読が突然私の部屋へ向かおうとしたので、単身突撃させる訳にはいかず付いて来たと。


 水読については。


「突然、お見えになりました」


 サニアが言うには、水読は治水関連で訪ねて来たのではないそうだ。


「ミウ様がひどく泣いておられるようなので、様子を見て慰めて差し上るように、と……」

「…………」


 水読は、私が近くで泣いたら分かるんだっけ。

 その際に同行していたジルフィーがサニアの態度に異変を察知し、事の発覚に至ったとのこと。


 水読。

 その為だけに、部屋の外まで来たというんだろうか。

 あの人に関してはなんだか、知れば知るほど謎が深まる。




  ◇



 数日後、遂にクラインの誕生日を迎えた。

 式典に備え、私は朝早くから塔の敷地内の白い建物で身支度を整えさせられた。

 お風呂に入り、髪を念入りに拭かれ火の側で乾かすと、丁寧に櫛を入れられる。やってくれるのは全員、女性の神官だ。あのお針子部門の人も何人か混ざっている。


 白い絹の襦袢のようなものを肌着として着て、その上から、この前作った装束を身に着けていく。水読が着ているのを見るとふわっとして、とても軽そうに見えたけど、実際に着てみると結構重い。帯を締めると位置が高いからか、コルセットとはまた別の感覚がして気が引き締まる。

 髪の上部を結い上げられ、水晶と銀で出来た豪華な簪や額飾りを挿して、薄く白粉と口紅を付けてもらうと、姿見の中には確かに“泉の乙女”が立っていた。


 女性神官達に比べて、血の気が薄く冷静に見える頬。対照的な赤い口紅。銀糸の織り込まれた白い装束。背中に流れる、黒い長い髪。

 水読の容姿に負けないくらい、これは、間違いなく「異貌」だ。

 宗教的に担ぎ上げたくなるのも、ちょっと理解した。「みんな」の中で私は、かなり目立つだろう。


 全ての支度を終えて、離れの建物を出る。

 沢山の神官達に付き添われ、回廊を戻っていると、枝分かれした別の回廊の向こうから誰かやって来るのが見えた。

 二人の供を従え歩いているのは――長い水色の髪をした人物だ。

 どこかの聖堂に行った帰りなのかもしれない。水読は私の姿に気が付くと足を止めた。集団を止めるわけにいかず、私はゆっくりと歩き続けながらそちらを見た。

 白い雪の中の白い回廊に、神秘的な姿が幻想のように佇んでいる。

 水読の身に付ける衣装は、いつもと特に変わらないようだった。

 ただ、淡い水色の目は大きく見開かれ、私の姿を追ってくる。

 私は、その視線に何か奇妙なものを感じた。

 とても強く、関心を持って見られている。

 が、実際に追いかけて来ることはない。声を掛けられることもない。


 それから出番まで4階の部屋で待機していたが、水読は別に訪ねて来たりしなかった。やはり式典にも参加しないようで、今日も普通にいつも通りの日課をこなすらしい。

 水読の代理として式典に出席する身としては、そう聞くとなんだか複雑な気分だった。

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