14 舞踏への招待
銀盆は返って来たが、それだけだ。
以降、特にアルス王子から何か音沙汰は無かった。
代わりにリコが復帰してきた。
忙しかったのか、どこか疲れが残っている様子だったが元気そうだ。元のように彼女がサニア達の中に加わると、留守中も女の子ばかりが何人も居たのにも関わらず、部屋が一段華やかになった。
私が決まったばかりの式典出席を伝えると、リコは心得たように頷いた。
「宜しゅうございますわ。ミウ様、今後、忙しくなりましてよ」
おっとりと予言した彼女の通り、その日の内にぞろぞろと見知らぬ女の人達が部屋にやって来た。
王族御用達の仕立屋だそうだ。例によって、私は新しく服を作られるらしい。
体型なんて大して変わっていないと思うのに綿密に採寸し直され、衣装の布を選ぶと言って事細かに好みを聞かれ、姿見には疲れ果て呆ける私が映る。今までみたいにリコ達が上手くやってくれるかと思っていたのに、随分大掛かりだ……デザインも流行も私に分かるわけがないので、最後には全部任せると向こうに押し付けた。
仕立屋集団が帰った後は指定の服に着替えて肖像画タイムで、お昼挟んで午後には更に、別の一団に二度目の採寸をされる事になっていた。
なんで二回も採寸があるのか。
それは勿論、城と塔があるからだ。別の一団とは塔の関係者である。式典昼部の儀式で着る衣装は、塔側で一から用意する事になっている。
神官職には、本来水読の為に存在する「お針子部門」というのがあるらしい。水読の着る絹は産地からどこと決まってて、織柄の入れ方や染め、仕立ても特別な伝統的手法で行い、デザインもあれで細かく決まっているそうだ。私には、いつも同じような薄い色、同じ形の服にしか見えないけど。
儀式で私が着るものも、それらと同じ手法で作られる……つまりドレス系じゃなく、水読が普段着ているようなずるずる長い民族衣装っぽいモノを着せられるらしい。
私、本当に水読代理なんだな……。儀式とか、今から憂鬱でしょうがない。
昼食の後、そのお針子集団という女性神官の団体が迎えに来た。
最近お世話になりっぱなしの白いマントを着込み、北風の吹く中、私は一団に付き従われ回廊を渡る。リコ達にはギリギリセーフな塔の女人禁制だけど、女性神官達は厳密に守るらしいので、塔の外の建物まで移動しないといけない。
「ご足労をお掛け致します」
「いえいえ」
リーダー格のお婆さんにえらく恐縮されつつ着いた先は、白い石造りのお屋敷だった。
外観は聖堂と似てるが、中ががらん堂のあっちとは違い、お風呂とか含めて一通り必要な部屋が揃った普通に暮らせそうな所だった。
そこでもう一度採寸され大量の布を当てられ色々聞かれ、やっぱり最後はお針子さん達に丸投げし、全部終わった頃には夕方になっていた。
今日はさすがに疲れた……げっそりやつれて、朝とサイズ変わってるかも。一回目と情報共有すればいいのに。どうせ出来ないんだろうから言わないけど。
ともかくこれでしばらくはお役御免だろう。そう思っていたら、まさかのたった一日で仮縫いが上がってきて、翌日も似たようなスケジュールをこなすはめになった。
「こんなに大掛かりとは思いませんでした……」
「不自由を掛けてしまった。しかし皆、名誉な事だと張り切っている」
客間の暖炉の前で愚痴ると、クラインはごく控えめに微笑んだ。
窓の幕は引かれ、蝋燭と薪の火で出来た影が敷物の上でチラチラ揺れている。二人してのんびりとお茶を飲んでいるが、時刻は既に夜半だ。わざわざこの時間に来てもらったのだ。
しばらく他愛もない話をしていると、ドアがノックされた。番をしていたジルフィーが細くドアを開け、サニアとやり取りを交わす。そして扉の向こうから、白い衣の長身が現れる。
そう、今日クラインは私への取材でここへ来たんじゃない。
「お待たせしました」
水読が儀礼的に唇の端を少しだけ上げると、クラインが立ち上がって会釈した。私も釣られるように腰を上げる。
お茶が淹れ直され、メイドさん達が退室すると部屋は妙にシーンとしてしまった。この面子、聖堂以外で揃うと違和感しか無い。最近水読がおすまし一辺なのもあるし、全員に特別交流を深めようという気が無いっぽい。祈雨で結構顔合わせてる気がするんだけどな……まあ別に、険悪なわけじゃないしいいんだけど。
「じゃ、早速始めますか?」
「そうですね」
切り出すと、水読がすぐに頷いた。
“呪い”と“泉の乙女”の関係について。
それらは、常に“乙女”を害するものではない。
今日はその証明のための集まりである。
私は、すぐ書き出せるよう日記帳とペンを確かめた。いつもと逆だからか、クラインがどこか興味深げにそれを眺める。
さて、検証方法は至ってシンプルだ。
まず私がクラインと手の平を合わせてみて、その後、水読に私の状態を読んでもらう。今日はとりあえず、接触時間を変えて何通りか記録を取るつもりだ。今後もクラインの体調とか時間帯とか、変化をつけて試してみる。
勿論、明らかに不調の時は行わない。クラインに無理をさせないのは当然として、水読との交換条件でもあるし、私もリスクは避けたい。
この日は数パターン試してみて、小一時間程で解散した。
クラインと水読が帰った後、私は客間に残って、対談中に取ったメモに補足を加えたりして少し整えた。
今日こんな時間に実験をしたのは、“呪い”や力の性質に夜と昼で違いがありそうと聞いたからだ。
クライン曰く“呪い”のせいで体調を崩した時は、昼間の方が症状が重く、夜になると復調する場合が多い。そして、“泉の乙女”の体に関しても昼夜が関係する。「水」は夜の方が取り込みやすい。クライン達の力はその逆で、昼間の方が影響が強い。
今夜の結果は、ちゃんとこの前提に沿ったものだった。
プラス私の「容量」が着々と増えているので……多分それも、この前熱を出して水読にぐいっと解熱された影響だと思うんだけど……今回選んだ「最も“呪い”の作用を受けないであろう」条件下では、私は殆ど「火」を貰うことが無かった。
記録を整理し終わると、インクを乾かし日記帳を閉じた。
「明日から順次まとめ作業に入るので、宜しくお願いします」
「ご用命とあらば」
最後まで残っていたジルフィーに声を掛けると、従順な返答がある。因みにこれは関係が良くなったとかじゃなくて、ただの嫌味ね。答弁無し立礼のみの方が、この人的には敬意を払った対応らしい。
頼んだ内容は、私の書いたものの翻訳だ。“悲恋”に倣って、代筆を頼み文書を残すことにした。リコかサニアに頼んでもいいんだけど、王子様の弁護が目的なので、城よりは塔サイドに任せた方が効果的だと思う。
翌日から、私は度重なる仮縫い攻撃をかいくぐって書類作成に臨む事となった。
客間でジルフィーと額を突き合せ、日記帳から正式な文書に書き起こしてもらう。雑なメモを元に文章を組み立て、口頭でジルフィーに伝える。ジルフィーはそれを、メルキュリア語で用紙に綴る。うーん、大学でのレポート課題の経験がこんな所で役に立つとは。
「字、似てますね」
「…………」
ジルフィーの筆跡は、“悲恋”の代筆をしていたグルマニー・リード氏とよく似ていた。最初はまさか意識してるのかと思ったけど、どうやらそうではなく、単に直系だかららしい。筆使いは師弟や家系で受け継がれるようだ。
そしてこの仕事をハノンさんに任せなかった事は、私の絶賛されるべきナイス判断だった。なんと、ジルフィーの機嫌が少し回復したのだ! 多分、これは、私の長年の経験から言ってしたと思う……!
この人はアレだ、ほんと変な人だけど多分、機嫌が良い程喋らない。問題が無ければ黙々と作業を進めていく。「死ぬ程プライドが高い」という王様の忠告が活きた……ハノンさんに代筆頼んでたら、今頃は地獄絵図だったに違いない。
あともう一つ良かった点。ジルフィーは無駄な言い回しを省くのが超得意だった。でしょうね、って感じですけども。余計な所は添削してくれて、お陰で簡潔な文書作成が捗った。これこそ多分、ハノンさんだとこうは行かない。寧ろ増える。
そんな感じで、意外と私の希望の作業は順調に進みそうだった。
目下問題だったのは、やっぱり例の祝賀会準備の方だ。
採寸から10日足らずで夜会の衣装の本縫いが出来てきて、試着をしていた時だ。
「お前、踊れるか?」
「はい?」
仕事の合間に経過を見に来た王様が顎に手をやり、裾の長いドレスを着込んだ私に言う。
「えっと、なんて……?」
「踊れるかと聞いた」
おど……祝賀会で?
ない。むり。
「ここ一面は、縫い取りが入るんだったな。それから、肩の上にもう一枚要るんじゃないか? これはかなり寒がりだぞ」
私はブンブン首を横に振っていたが、王様はお針子さんに向かってなんか服の指示を出している。あのすいません、こっち。返事。
「お前が断るのは分かっている。舞姫をやれと言っているんじゃない、ここまで来たら尻込みするな。足運びは問題ないんだろう?」
「ちょっちょっと待ってください足運びって、私踊った事とか一度もないんですけど!」
ラジオ体操が限界ですけど!?
「しかし実際、まずお前が俺かクラインと踊らねば後が続かぬぞ。我が祖の庭の女達は皆、古きを重んじ慎み深い故」
「全く意味がわかりません」
「つまり威張れる順に踊れるんだ」
「別世界から来た“泉の乙女”は、故郷のしきたりで舞踏会でも一切踊らないって広めといてください!」
「ほう、知恵が回るようになったなミウ。書き物の成果か? ……ああ、良い図案だな。それでやってくれ」
王様は適当に答えると、私に代わってデザイン相談をしている。何故だ。そんなことより、もっと大事な話した方がいいと思う。
断り切れないまま王様が帰って行き、それでも私は断固として拒否の構えを崩す気はなかった。
絶対無理、絶対踊らない。ダンスパーティーだなんて聞いてない。周りに絶対やだって言いまくっておこう。大体「ちょっと顔出すだけ」って言ってたくせに、どんどん話が大きくなるのは詐欺じゃないか。
しかしここで、リコ達が味方に付いてくれないという驚愕の事態に陥った。
「ミウ様、踊れますよ」
「そのお召し物で、お散歩に行かれるのですもの。何の心配もございませんわ」
仕立屋も帰った後、着替えてお茶飲んでたらサニアとリコがきょとんとしてそう言った。
何を言うのかと白目を剥きそうになったが、二人は落ち着いたものだ。っていうか、私が秋口から彼女達にものすごい勢いでロングドレスを着るよう勧められていたのは、大方この為だったと発覚した。
長いスカートを上手く捌くコツは、そのまま丸っと女性の舞踏の技法に転用される。そして足元さえある程度歩ければ、ステップの9割は男性の技量とされるので何とかなってしまう。こっちの社交ダンスはそんなに難しいものじゃないそうで。
……嘘だ、絶対嘘だ。騙されないぞ! リコ達の「簡単」が私に当てはまるとは限らないから!
そう言って目一杯ゴネたらその日の夕方、部屋に楽団を呼び込まれた。
弦楽器とフルートみたいな横笛、全6名程の少数楽団だ。その演奏で、私は何故か見張りのおじさんと踊ることになった。意味が分からない。
しかも、本当に踊れた。
私が思っていたダンスとは違って、びたっと密着してどうこうという事はなく、両手を繋いで目の前に円を作り、その辺をくるくる回りながら動くという感じだった。テンポもゆっくりで、確かに裾を踏まずに歩ければそんなに難しくない。
いやでも、大勢の前でっていうのが無理なんですけど。その辺、マジで。
「お上手ですわ」
リコ達は皆、演奏が始まると楽しそうだ。
そういえば私ここに来てから、音楽に触れることって全然無かった。クラシックなんて自分から聴いた事とかほぼ無かったのに、弦楽器と笛のそれっぽい音楽はとても綺麗で感動した。状況を無視出来ればだけど。
それからメロエナードという、バイオリンとほぼほぼ同一形状の楽器があってビビった。そのものと言ってもいい。色がもっと白っぽいのと、持ち手の渦巻きが無くて葡萄とか馬の頭の彫刻になってる所だけが違う。なんでだ。異世界謎過ぎる。
そんな過程を経て断る、絶対無理と言い続けているにも関わらず、私の日中スケジュールにはその後も何度か踊りの練習が組み込まれた。
相手は都度変わった。
おじさんは一番安定感があるけど若干ホッピング気味で、ハノンさんはリズム感が怪しいらしく、踊れるんだけど最初の一歩が中々踏み出せない。ジルフィーは意外にも普通に踊れて驚いたが、上手いとも下手とも言ってこない。あとなんかこう……音楽的ノリみたいなのが一つも無い。「社交」と言うくらいだから、踊りを通じてコミュニケーションを取ろうという意志が大事なはずだけど、そういうのも全く感じられない。いや、予想通り。
それでも少しすると、踊る事に関しては半分諦めてきた。
大舞台で何か、自分で考えて話したりしなければいけないのに比べたら、本当にその時だけ出て行って一曲二曲これやった方が恥かかないかもしれないなと……うわー流されてる自分。
あと、下手に「“呪い”の安全性を証明しよう」とかやり掛けてるから、そういう意味でもクラインとは踊った方が良くなってしまった気がする。
苦渋の選択だが、そもそもやっぱり、選択肢自体が少ない。
式典にアルス王子が出席する事は、まず無いそうだから。




