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雨の冠  作者: 桃宮
7.七番目の乙女
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10 雪ごもり

 それから二、三日は、表面上は案外平穏に過ぎた。


 外は吹雪だ。

 最初の朝、私はジルフィーの立会の元、水読に伝えそびれていた“悲恋”の手紙の残りの部分を伝えた。

 塔の応接間で日記のメモを読み上げる間、水読は瞬きもせず黙って聞いた。読み終わると、手紙の内容を決まった人間以外に漏らさないよう、また王族、特にクラインとアルス王子とは口約束であってもしないよう、私に注意事項を言い渡した。

 運命に立ち向かうなら……と始まる後半部分については、存在を忘れろと言わんばかりの簡潔さで「無視してください」と言った。


「これ、意味分かるんですか?」


 忘れろと言われても忘れようがない。実行する気は全く無いけど、どうしてこれが書かれているのか気になる。せっつくと、水読はかいつまんで見解を教えてくれた。


「この『仕組み』とは、恐らく“泉の乙女”がこちらへ呼び寄せられてしまう現象を指しています」


 「仕組みを変えることを望むなら」のくだりだ。

 “泉の乙女”がこちらに呼ばれるのは、水核の水漏れが水読の力だけでは対処しきれなくなった時に起こる。かつても、そうだったはず。つまり、この後半部分がイコール「“二の月”を起動させる方法」になる、と水読は言っている。


 じゃあ、それを叶えるのが、水読の望みではないのか。

 そう思ったけど、水読はそれを良しとしないようだ。

 前半の「帰りたいなら」と対応していると考えて、多分この後半部は私の帰還に関してリスクを伴う方法だ。手足置いてけ系じゃなかったのは喜ぶべきかもしれないけど。

 「逃げるすべがあるのだから」と書かれていた通り、水漏れ対策には一時しのぎ的な対処法があるらしい。だから“悲恋”は帰れた。水読は、そちらを採用する気でいる。

 その方法がどんなものなのかは、「説明し辛い」とかなんとか、上手いこと躱されて教えてもらえなかった。ジルフィーが居たからかもしれないし、私にも言う気が無いのかもしれない。


「わかりました……じゃあ、この辺りの内容は?」

「この『革命の番号』は、『七番目』の事ですね」


 分からない部分を一つずつ尋ねると、水読が答える。


 この国では、数字や順番は大きな意味を持つ。

 『1』が支配、『2』が守護、『3』が調停、というのは私も既に知っている。礼儀作法や史学の中で教えられた。

 日、水、その間のもの。または王族、水読、“泉の乙女”。神話に基づくそれらの思想と根底は一緒で、これだけ押さえとけばとりあえず大丈夫、みたいな感じだった。何が大丈夫なのかは私、正直よくわかってないんだけど。仕事の段取りから料理を出す順番、議論の席での暗黙のルール、洋服の着こなし術やその他複数人で何かを決める時などなど、それぞれの役割を割り振って考えると上手くいく。というこっちの人の諺的なもののようだ。


 そして3より後の数字にも、重要度は下がるが一応意味がある。

 それの『7』が“革命の番号”という事だ。

 主に12まではハッキリと意味が振られていて、面白かったからメモした。

 支配、守護、調停と来て『4』は安定。『5』は発展、『6』は完成、そして『7』が革新。「旧きを見直し改めよ」と、教科書にはあった。

 続く『8』は信頼、『9』が俯瞰とか把握(上手く翻訳されなかった)、『10』は理解、『11』は探求または冒険。

 最後の『12』が、完全無欠を意味する。


 王族の印、国章が十二角の太陽とされるのはここからだ。

 「完成」を意味する六芒星を二つ重ね、「完全」を表す。

 もっと言えば「二つ重ねる」所に「守護」の意味があるし、3の倍数で構成されている点に調和の願いが篭められているし、それらを「一つに纏める」事で「支配」とする。

 勿論、「星を集めて日を生む」という図形は神話そのものだ。これを聞くと、王様達の立場がこの国の人にとってどんなものなのか、何となく理解できるような気がした。

 ……話が逸れたので戻すとして。


 ――我々の名前を用いて、太陽の目の下に夜を明かしなさい。

 その筆頭は“黒”であっても“呪われた者”であってもいけない。

 私の名の、七夜までは核心に至らない。


 ここは王様に伝えそびれたというか伝えなかったというか。微妙な部分だ。

 水読によるとこれは、まんま私が過去の“泉の乙女”の名前を名乗り、王族の……多分王様の尋問を受けると何か分かるという話だった。

 水読はこの箇所をかなり嫌そうに説明した。“泉の乙女”が王族の尋問を受けるなんて、口に出すのも悍ましいと思っているようだ。


「名乗りを変えて尋問を受けるのは、かなり古めかしい手法です。王家には今でも伝わっているんでしょうかね。……力と由来の無い者がただ名乗りを変えても、通常”問い”に影響は出ません。しかし、歴代の方々のお名前が伏せられていた事を考えますと」


 “泉の乙女”の名前には力がある。

 そして、私と過去の“泉の乙女”達の間には、「因果」がある。

 それは別に、こっちの人達が誤解しそうな「生まれ変わり」思想でなくても、恐らく同じ国から同じ別世界に迷い込んだという点で共通する。


 砂を指でなぞって溝を付け水を流すと、水は溝の部分を流れやすい。

 例えばそういう感じで、過去の“泉の乙女”達と似た境遇、似た素質を持つ私は、彼女達の付けた「溝」と同じ所を辿りやすい。

 そういう事だ。


 最後、ジルフィーの家系については。


「先々代と誓約を? 初耳ですね」


 とぼけた声を聞き、私は何となく嘘を直感した。

 水読は知っている。知っていた。少なくとも、ジルフィーが“叡智”と関わりのある家の生まれという事は、把握していたはずだ。


「末裔の血というのは、貴方の事ですか?」


 水読はドア横のその人を見て尋ねた。これも多分、分かっていて聞いている。ジルフィーは置物であるかの如く完璧に無視した。目すら合わせない。


「彼を用いると、どんな利点があるんでしょう」


 言葉が分かるようになります。とか、言えるわけがないんだけど。例の水読の発言を理解していたなんて、知られた日にはどうしたらいいんだ。

 私は、隠していると表情に出さない事に全神経を注ぎ、水読と一緒になってジルフィーの顔色を窺うふりをした。当事者はこれも全スルーした。改めて凄い鉄仮面だ。

 手紙の内容を全て話し終わると、対談は彼によってきっちり切り上げられた。ジルフィーは私にも水読にも、平等にブリザード吹き荒れる態度で接してくれる。


 でも大丈夫、この人ついてはある意味解決した。

 八つ当たりだ。

 私は八つ当たられてるのだ。ジルフィーは私を“泉の乙女”と認めたくないのに、私は“泉の乙女”である。それだけだ。

 どうしようもないし、もうすぐ帰れるという希望が燦然と目の前で輝いているので、前ほどダメージは受けない。それに、今も部屋の外にはハノンさんがいる。王様が、私とジルフィーがなるべく一対一にならないよう、塔に上手く口添えしてくれたのだ。これまでは何人も引き連れて移動するのが嫌だったけど、今は正直助かる。


 というわけで目下の問題は、ジルフィーより水読なのだった。


「お約束は、これで確かに了とします。ありがとうございました、ミウさん」


 水読は敢えてそのように言葉にし、長椅子から腰を上げる。

 見送るべきかどうなのか迷って、私も一緒に退室する事にした。


「では夜に、またお伺いしますね」


 居間に出て私の部屋から出て行く時、水読はにっこり微笑んでそう言った。

 妙な気まずさを覚え、私は俯いて頷いた。


 下手に同居なんかしてたから、水読とはある意味、気心が知れている感があった。でももう――そんな予定は無いし、あっても困るけど――以前のように塔の上階で寝泊まりする事は出来ないだろう。

 私と水読の間に流れる空気が、変わってしまったからだ。

 水読は、“泉の乙女”を手に入れる事が出来ない。

 例え周囲の全てがそれを許しても、絶対に手に入らない。

 私が「私」である以上は。


 同色の織柄が入った雪白の裾に、薄水色の髪が模様を描く。

 清らかな色合いが視界から消えるのを見送りながら、私は帰りたいと強く思った。こちらに残るのが怖い。何が起きるのか、自分の立場がどうなるのかが怖い。

 ――熱を出した夜の、あの渇きが怖い。


 水が足りないと感じた時の、“火に寄った”体を戻す時の充足感は、言い表せないほど強烈なものだった。次は、この前よりもっと強くなる。漠然とそんな予感がする。

 こちらにいて、もしまた水が足りないと思うことがあれば、私はきっと何でもしてしまう。そして、同じ事が二度起きないとは到底思えない。


 あれに抗えなければ、私は選べなくなる。

 多分、水読に依存して生きる事になる。

 それは例えば、水読のあの気持ちが本当だったとして、それに応える事とは違う。

 違うのに、表向きは酷く似たものになるだろう。


 ぞっとした。

 そんなのは御免だ。それは「私」じゃない。

 怖い。

 だから、絶対帰る。




  ◇



 その数日は、今冬初めての大雪の日となった。

 一応言っとくけど、私は関係ない。呼んでないぞ。


 外が吹雪いている間、窓には枠の角が丸くなるくらい雪が積もり、廊下も部屋もいつも薄暗かった。山脈も城下の街も、白くけぶって殆ど見えない。


 サニアが裁縫を教えてくれると言うので、他のメイドさん達と一緒に暖炉の傍で刺繍をした。天気が悪い時は、女の人はこうしてお喋りをしながら針仕事をするんだそうだ。編み物や洋裁は別なのに、刺繍は貴族の女性の嗜みらしい。

 私は糸を強く引き過ぎるのか、出来上がったと思うと布がぐずぐずになっていて、あんまりこの手の仕事は上手くないという事実が発覚した。いや、高校までの家庭科の時間を経てうっすら知ってはいたけど。


 それでも、手仕事を教わるのは楽しかった。

 幾つか図柄を教えてもらい、薔薇の花を刺せるようになった。使う糸は、草木で落ち着いた色合いに染められたもの。私の世界とは違い、布も糸もこちらではずっと貴重だ。一つ一つが、人の手によって時間を掛けて作られている。

 サニアは花の図案を沢山刺繍した、かわいい女性用のタイを見せてくれた。褒めると、リコの方がもっと上手だと言われた。


 針仕事の最中、何度か指を刺してしまった。

 血は出なかったものの、しばらく赤い点になって痛かった。手を切ると痛いのだ。

 お世辞にも綺麗な仕上がりとは言えない自作品を眺め、私はふと、これも別に

私の手元には残らないんだな、と思った。

 私は、こちらの何も持ち帰るつもりはない。

 持っていけるのかもしれないけど、全裸で来たし……でもそれ、帰る時ってどうなるんだろ。いきなり日本の街の真ん中にまっぱで登場、というのは頂けない。かなり。


 以前に比べれば、随分幸せな悩みだ。

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