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雨の冠  作者: 桃宮
6.微睡む太陽
63/103

10 盤戯(2)

「それは私ではありませんね」


 カチャリと茶器が音を立てる。


「襟を掴むなんて、僕が女性にそんな事をするはずがありませんから」


 ゲームをしながら、いつもの何となくのんびりした口調で言うのは水読だ。


「お前の悪印象が夢に出たんじゃないか?」

「心当たりがまるで無いじゃないですか。失礼な人です」


 ほほう、そうですか。その自信はどっから来るんだ。冷めつつあるお茶を飲み、私はカップ越しにその澄まし顔を見る。

 話題は例の夢に及んでいた。

 ジルフィーに他言するなと言われたのは覚えていたけど、この人達はどう考えても例外だ。今朝話しそびれた内容を語ると、王様も水読もそれぞれ神妙に耳を傾けた。


「二番目の夢の印象でしたら、納得ですけどね。僕と離れがたいという事でしょう?」

「そうじゃないといいなあ、という話をしてるつもりです」

「問題なのは、最後の内容だったな。これを殺してしまう、と」

「いやぁ、愛を感じますよね。それで、僕の身を案じて駆けつけてくださるなんて」


 手元の水面に死んだ魚のような目が映る。

 迂闊な行動なら猛反省しているが、相手が水読に限らず「予見」なんて聞いたその日にあんな超リアルな夢とか見たら、そりゃ焦るわけよ。何度も繰り返し見た光景が、懺悔の理由がそんな内容だったなんて。


「……でも、わからないんですよね?」

「はい」


 不安げな私に、水読は頷いた。

 結論から言うと、肝心の「予知夢かどうか」は真偽不明なのだった。曰く、“泉の乙女”にそんな能力があるとは聞かないとの事。この手の話となると、水読が知らないと言えばそれまでだ。全く在り得ないとも言い切れないけど。

 判断材料が水読の性格(しかも自己申告)だけって心許ないなあ……。


「しかしお前、先見や正夢を見る質ではないのだろう?」

「はい」


 今度は私が頷く。そんなのは、あっちにいる時から一回も無い。夢に関する特殊体験は、起きる前の水読と水核で接触した時くらいだ。

 でも今回水読は関与していないらしいし、ついでに言えば、あの水核での出来事は正確には夢じゃない……「層が違うだけで現実」だそうだ。確かにあの時は、自分の意志で話したり出来たもんね。今朝の夢はブロット氏の時と同じ様に一方的で、私の自由は全く無かった。


「まあ、気にする必要はありませんよ」


 駒を進め、水読はいかにもおっとりした風に笑う。


「恐らく未来とは無関係でしょう。それにその夢の通り、僕はもしミウさんに殺されても恨みませんから。他の人間でしたら、末代まで祟りますが」

「そ、そうですか」


 ビミョー。どうせ励ますなら死なないって言って。そんでどうしても死ぬなら、私が無事に帰った後で、私と全然関係ない状況で頼む。

 内心若干引きながらも、私は正直少しホッとしていた。“泉の乙女”は予知能力があるとか言われなくて良かった。

 そして打ち明けても予想以上に深刻味が出なかったのは、ひとえに殺されると聞かされた本人が、それを微塵も気に留めなかったからに他ならない。


 王様はソファの背もたれに片肘を乗せ、束の間口を閉ざしていた。視線は盤に落ちているが、次の一手を考えているのか今の話を吟味しているのかは不明だ。あるいはその両方か。

 対する水読は、夢もゲームどうでもいいとばかりに私の体をじろじろと見ていた。流石、歩くセクハラ物件。


「ミウさん、昼間はそんな格好をしていたんですか」

「ええまあ……」

「昼間は」


 強調するな。


「お前も、妙なものに絡まれて気の毒だな」


 王様が同情の混じる声で言う。でも何か、他人事感が否めないんですが。


「その衣装は、ご自分で選んでいるんですか?」

「いや、これは着せられてるっていうか着られてるっていうか……」


 私はすい、と目を逸らした。

 服なら、今日も今日とてゴージャスだ。いいって言ったのに、リコが裾の所にリボンの薔薇をがっつり縫い付けてくれたからね。

 ひだ飾りがふんだんにあしらわれたスカートは、何枚重ねかのアンダースカートでベル型に形作られ十二分にロマンチックだ。人種が違う私にも肌馴染みの良い色を選んでくれているのは流石としか言いようがないが、仰々しくてどうも「服」より「衣装」という感慨が抜けない。着たくて着ていると思われるのは、ちょっと恥ずかしい。

 私が知る中でこれに近い格好をしてたのは、幻の中で見たマリエラ妃ただ一人だった。


「少々大げさに思いますが」


 水読が、王様に向けて指摘する。


「やっぱりこの格好、おかしいんですか……!?」

「いいえ? よくお似合いで可愛らしいですよ。ですが、気に入らないですね。何やら城の意図を感じます」

「意図?」

「ええ。本来ならミウさんは、先程の夢で見た通りの格好をしているべきですから」


 水読によると、私は今の水読と同じような白っぽい塔の装束を着ていて然るべきだそうだ。服なんてTPOに合っていれば何でもいいのかと思っていたけれど、こちらの事情ではそこにもやっぱり色々あるらしい。

 暑い時期、私のリクエストである「一人で着られる薄着」がドレス系統だったため、今もグレードアップしてこの手の衣装になっているけど、経緯を知らない周囲にしてみればこれは結構「城寄り」のアピールになるとか。うへぇ、めんどくせ。


「よく老師が許可しましたね」

「一応、利便性と“乙女”の意志も含まれているからな。住まいと衛兵を塔に任せた見返りだ。その衣装、アプの趣味だろう?」


 げんなりした私に、王様が笑いながら言う。「アプ」……アプリコット? この華やかさは、確かに彼女の見立てだ。サニアは結構シンプルで、一点豪華主義的な魅せ方を好む。


 ついでに言うと、彼女達が私の側付きにされているのも、塔への出入りを許可されているのも、城と塔の取引きの一部なのだった。勿論、服同様私が希望したからでもあるし、後はリコ達いわば一般の女性より、神官職の女性の方が女人禁制の制限力が強い為でもある(その辺の理由ははっきりしないが慣例だそうだ)。

 城は、身の回りの世話係に城側の人間を付ける。そして例の婚約。

 塔は“泉の乙女”の住まいを塔に構え、身辺警護に塔兵を付ける。

 この交換条件を互いに飲む事によって、今の所平穏に折り合いが付いている。

 もう一度言おう、面倒くさい。


 私が項垂れている間に、ゲームはそろそろ佳境に差し掛かるようだった。駒を進める手が、双方序盤より随分ゆっくりになっている。どっちが勝ってるのかは不明。それでも普通に会話は続くから、マルチタスクな人達である。

 何か金の動物の駒を動かしながら、王様は水読に先程の”二の月”の事を尋ねていた。水読は、私が聞いているのと同じ理由を簡潔に説明した。


「貴方が知っていようといまいと、何ら変わらない事柄ですから」


 これは何故今まで言わなかったのか、と問う王様に対する言葉だ。いいなぁ怖いもの無しで。そして王様が水読の刺のある態度に一々怒らないのは、多分疲れるからだと思う。


「そんな事より、問題はミウさんの今後についてです」


 話が戻った。


「ミウさんは、こちらにいる間は断固として私の庇護下に置きます」

「お前から庇護せねばならんという理由で、うちは揉めているんだが。また同じ事が起きれば、どうするつもりだ? 部屋に入ったのはミウだが、寝惚けて寝台に引き込んだのはお前なんだろう」

「それ、あんまり覚えてないんですよねー。うっかりしなくて本当によかったです」

「何を!?」


 というか覚えてないの!?


「中々恐ろしい話だな。取り返しはつかぬと言うのに」

「そうなんですよね。でも簡単で効果的な対策がありますよ。僕が毎晩、自室に鍵を掛けて眠れば万事解決です。ミウさんがどうしても夜中に僕に会いたくなっても、扉が開かなければ一度冷静になって対処できますし……」

「と、言う事らしいが?」

「屈辱です……」


 まさか、逆に警戒される立場になろうとは。

 虚ろな目の私や水読の様子を見つつ、そこで王様はひと息間を取った。長い足を組み換え、何とも優雅に姿勢を崩す。


「『眠り』を介さず、水読の力を移す方法が見つかった、と聞いているが」

「…………」


 水読は少し目を細め、難色を示した。


「あの塔兵、本当にいい根性してますね。神官なら普通、その手の話は手札にしないものですが」

「身内にすら警戒される自身の素行を恨むんだな。不満なら、これを機に日頃の行いを改めてはどうだ?」

「余計なお世話です。いずれにせよ、ミウさんは塔からお出し出来ません。私の部屋にも77日……いえ、最低でも雨が戻るまでは居て頂きます」


 投げやりにそう言うと、そこでこの話はおしまいとばかりに視線を盤に戻す。王様が理由を尋ねても、「必要だから」の一点張りだ。その回答に王様が何も言わなかった所を見ると、嘘ではないと判断していいんだろうか。どっちにしてもあれですね。私の意見は挟めないのね。



  ◇



 そんな調子で謎のお茶会は進み、マニアックなゲームの行方は王様の勝利で幕を閉じた。


「ほら、巻き返す前に終わっちゃったじゃないですか」

「負け惜しみか」


 つまらなそうな水読に、王様がニヤッと笑う。

 思ったより会話の切れ味が落ちなかったのが悔やまれるけど、まあいい試合だったんじゃないでしょうか。結構結構。尊大な感想は心中に留めて、私は完食したバタークリームのケーキのお皿を置いてお茶の残りを煽った。すっかり冷めているとはいえ、部屋が暖かいのでそれもまた美味しい。


「さて、予想に反して長居しました。帰りましょう?」


 二つ目のケーキに取り掛かろうとしていた私は、手を止めて水読を見た。そしてもう一度手元のお皿に目を戻す。

 ケーキが惜しかったわけじゃない。そうじゃないぞ。水読と二人が気まずいだけだ。……今夜どうしよう。

 私の様子を見て、王様が助け舟を出してくれる。


「一人で帰れば良いだろう? 途中の皿を取り上げる事もあるまい」

「ご冗談を。ミウさんをみすみすこんな危険な場所に置いていけますか」

「俺とお前を一緒にするな」


 最早見慣れつつある呆れ顔だが、自分に向けられていない分には一向に構わない。

 しばらくぶちぶちと文句を付けていた水読は、それでも帰る事になった。日の高さを気にしていて、何らかの仕事があるとみえる。

 盤面はそのままにソファから立つと、水読は「レオ」と軽く呼び掛けた。


「彼女に何かしたら、貴方を殺します」


 え。

 真顔で放たれた言葉に、思わずびしりと凍り付く。冗談にしちゃ声がマジ過ぎやしませんか。

 そう思ったのは王様も同じだったらしい。ドアに向かう背に声を掛ける。


「お前、ミウに惚れてるのか?」

「ちょっ、どういう……!」

「何故貴方にそんな事を聞かれなくてはならないんですか」


 慌てふためく私の前で、長い髪を束ねた背が振り向く。不機嫌も露わにそう答えたかと思うと、水読はすぐにそれを嬉しそうな笑みに変えた。


「ミウさん、今夜も部屋でお待ちしていますよ」

「その節は本当に! てか『も』ってなんですか『も』って!」


 塔の上階ならともかく、個室の事なら二度と立ち入らないぞ。

 毛を逆立てる私にいかにも無害そうに笑い掛け、水読は存外あっさりと部屋を出て行った。ぽつんと残され静かになった部屋に、麗しい美声が浮かぶ。


「行ったか」


 そうですね。ていうかあなた、いきなり何て質問しやがりますか。


「何だお前、嫌がっている割に照れているのか? 複雑な奴だな」

「や、だって……!」

「脅迫されたからには、故くらいは聞いておきたいだろう。ついでに、お前への脅しも含まれているぞ」

「え!?」

「俺に靡くなとさ」


 やめてくれ、私を巻き込むな。オロオロと落ち着きのない私に笑って、王様はゆったりと頬杖を突き首を傾げた。


「どう思う?」

「……はい?」

「今しがたの水読だ。俺の質問に明言を避けた」

「…………」


 試すような、どこか楽しげな微笑みからそろりと膝に視線を逃し、私はしばし考え込む。


 大変なスケコマシ。まず、これが大前提。

 その上で言うけど、確かに今の流れならいけしゃあしゃあと「勿論好きですが何か」位の事をのたまいそうなのが水読だ。いや言われても困るけどあの変態、そのくらいの軽さは持ち合わせていておかしくない。

 でも、物凄く馴れ馴れしく言い寄ってくる割に、これまで「好き」と言われたことは無いのだった。水読はそこをすっ飛ばして、薄っぺらい美辞麗句に始まり過剰なスキンシップ、意味不明なプライベート干渉と、セクハラに至るまでなら何でもこなす。うざい。


 ただ残念な事に、ちょっと警戒心の薄い女の人なら多分簡単にたらしこまれるだろう。見てくれはそれなりにウケが良さそうだし……いやあの髪の長さは正直無いと思うけど……そこは異世界、現代日本より断然ロン毛に優しい。あの完璧な猫の被り物をもってすれば、髪くらい丸っと隠れるのかも。

 まあ私は、好きとも言わずにベタベタしてくる男とかお断りだけどね!


「言われれば良いのか?」

「いえ、既に順番がアウトなのでアウトです」


 その他諸々総じてアウトである。チェンジ。


「しかしあの執着ぶりは本物と見えるぞ。あれは言う事こそ鬱陶しいが、もっと淡白な奴だと思っていたんだが」


 うーん、執着ね……。


「あの人は違うんですよ」


 呟きながら、私はザクッとリンゴにフォークを突き刺す。

 女好きなのは間違い無いが、今のあれは正確には私への執着じゃないからな。何か知らないけどざっくり言えばこの世に存在する女の人全てと、もう一つ。言うまでもない、“泉の乙女”だ。


「能力的な部分で、同族意識を持たれているみたいです。他に居ないって言って」

「成る程、理解出来なくもない。水読の“泉の乙女”への拘りは特異らしいな。あいつは是が非にでも、お前を国へ帰したいようだ」

「え……」


 そうなの? いや、私にはそう約束してくれたけど。どうやら王様にも以前からそう言っているらしい、というかそれがあったから同居もあの程度の警備(?)で収まってるっぽい。大臣やら神官やらはさておき、自称「仲が悪い」ツートップが一応結束しているのは、その一点に拠るようだ。


「……私、あの人が何考えてるのかよく分かりません」


 私はぽそりと零した。

 王様の親切心は信じられる。でも水読は、“泉の乙女”に拘るなら何で帰そうとしてくれるのか。あの性格なら、手元に置きたがる方が自然じゃないか? って言っても帰れないと困るから、今の方向性が保たれるなら理由とか何でもいいけど。


「まあ、そう納得する外に無いだろうな。水に関しては圧倒的に不利だ」

「ですよね……」


 結局の所、雨も帰還も全ては水読の手に握られているのだ。

 やりにくい事この上ないが、今までの対応で割と上手く行ってるようだから、今後も気に入られすぎず嫌われすぎずの程々の心証を保てるよう努力しよう。さっき顔面にクッションとかぶつけたけど、水読がドMで本当に良かった。

 そんな中、王様が「一つ気になる事がある」と言った。


「”二の月”について、水読の態度が少々引っ掛かる。あれは何か隠しているぞ」


 水読と話している間、王様は嘘を言っていないか始終見極めていたらしい。便利な目だね。


「いや。水読が本気で隠そうとすれば、俺には暴けない」

「えっ」


 マジ!?


「じゃ、じゃあ今までの色々、判断とかは……!」

「勘だ」

「ええっ!?」

「安心しろ、恐らく間違っていない。その辺りは、手の内を見せるつもりらしいからな」


 何でも、意図的に隠したのであれば何となく分かるそうだ。普通と微妙に感触が違うらしい。ただし水読の方も多分、それは承知している。

 ”二の月”に関してか……。


「念の為、気を付けておけ。あいつはお前にも、全てを話すとは限らない」

「…………」


 全てを。

 突き刺したフォークを見下ろし、私は思わず黙り込んだ。

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