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雨の冠  作者: 桃宮
2.疑惑と信頼
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2 秘密の庭

 あっさり情報収集の許可が出てしまい、拍子抜けの気分で部屋に戻る。

 なんでだ。もしかして、別に隠されてなかった? 私が何か聞けば、普通に教えてくれたとか……いや、だったら今までのうちにそういう話になったはずだし。

 何だか、よくわからなくなってきた。


 クライン王子からのお使いが来たのは、昼下がりを少し回った頃だった。アプリコットに読み書きを教わり四苦八苦していた私は、ノートを片づけ案内役についていく。

 長い廊下を歩いて通されたのは、上品なしつらえの応接間だった。


「ようこそおいでくださいました。クライン様がお待ちです」


 そう迎えられたが、室内にあの王子様の姿はない。

 メイドさんの一人が、私を足元まである大きな窓へと導く。外は日当たりの良い広いバルコニーだ。白い石に夏の日差しが照り返して眩しい。手でひさしを作りながら表へ出ると、右手側から城壁沿いに細い階段が続いていた。


「そちらをお下りくださいませ」


 言われるままバルコニーの階段を下りる。裾を引きずらないようにして、午後の日差しで温まった石の手摺りを辿る。後から付いて来ると思われたメイドさんは、そのまま私を見送っていた。


 階段は短く、下り切ると城壁の内側に小部屋程度のスペースが現れた。

 外に出っ張るバルコニーとは逆で、壁の内部にへこんだテラスだ。正面から見ると横長の浅いトンネルのように見えるだろう。

 日の当たる手摺り側には沢山の鉢が置かれ、よく茂った蔦や花木が風に吹かれて緑の陰を揺らしていた。すぐ外の城壁には、ポケットのような石造りの皿が幾つもせり出していて、それぞれ細く水を受けては別の皿へ落としている。そこからテラス内部の水場に水を引いているので、石壁に小さな水音が響いていた。他にも水を張った瓶や鉢があり、水草やら花やらが入っている。一番大きい脚付きの陶器の水槽には、桃色の睡蓮が咲いていた。近づいて覗き込むと、小さな銀色の魚まで泳いでいた。


……何だここ、超いい感じのお庭じゃないですか……!

なんとも癒される雰囲気にうっとりしていると、背後から涼しげな声が掛かった。


「よく来てくれた」


 振り向くと、奥のベンチにクライン王子が座っていた。

 ゆったりとした白い襟元に、王様より淡い色の癖のない金髪が無造作に掛かる。クッションを肘置きに本を読んでいたらしい。ページを膝に開き、秘密の庭で寛ぐ姿はまるきり絵画の世界である。


「お招きありがとうございます……素敵な場所ですね。秘密基地みたい」


 私は素直な感想を告げた。興奮のせいか、ポッと言葉が飛び出す。だってすごい。お洒落だし気持ちいいし、本当に秘密基地っぽくてワクワクする。


「それは、どういう意味の言葉だ?」


 通じない単語だったか、身分からして馴染みのない言葉だったのか、クライン王子は軽く目を瞬かせて聞き返す。


「ええと、他の人には内緒の隠れ家みたいな所、でしょうか」

「なるほど。では、ようこそ私の”秘密基地”へ。そこへ座ってくれ」


 王子様はそう言ってごく小さく微笑んだ。微かだろうと、美形が笑うとすごい。卒倒しないうちに、私は正面の椅子に腰掛けた。

挟んだテーブルには小さな花が飾られ、井戸水と柘榴や桃などの果物が入った大きなガラスのポットが載っている。蜂蜜と薄荷で味付けした飲み物だそうだ。クライン王子自ら、私のグラスに注いでくれる。


「あ。すみません、私がやります」

「構わない。客人は座っているものだ」


 恐縮しつつグラスを受け取る。

 いいのかな、こんなきらきらしい人にお給仕をさせて。罪悪感に近いものを覚えるが、当の本人に気にした様子はない。むしろ、その動作は不思議と手慣れている風に思えた。



  ◇


 ”秘密基地”は、午後の一番暑い時間帯でも比較的涼しい場所だそうだ。


「では、この国のことは本当に何も知らないのか?」

「はい」

「“泉の乙女”である記憶を失っているだけとの意見もある。歴代の“乙女”達は自覚があったようだから」

「ええっ。そうだったら私も助かるんですが」


 同席して二時間というところか。

 私とクライン王子の会談はなんと……地味に盛り上がっていた。


 さすが、あの国王陛下に勉強熱心と評されるだけある。歴史や国の風土に関して、彼は非常に豊かな知識を蓄えているようだ。聞くと何でも教えてくれる。

 そして、それだけではない。

 驚く無かれこの王子様、見た目の割に意外なほど話しやすかった。ほとんど無表情だし話し方も淡白だけど、受け答えは常に誠実で思慮に富み、話していると心地良い。

 王弟という身分の為か、私に対して神官たちのように変に畏まる事もなく、私の方も王様の時みたいに縮み上がらない。トンデモ美形な点は同じだが、この人の場合は相手を圧倒するのではなく、逆に引き込むような雰囲気がある。


「“乙女”の力も薄くなっているのかもしれない。水読の力も年々弱まっていると聞く」

「そうなんですか……でも私は、本当に“泉の乙女”じゃないと思いますよ」


 まあ、話している内容は結局これ系だけど。


「そうか」


 私の答えを受けて、クライン王子は考え込むように口元に指を当てた。さりげない動きなのに、爪の先まで気品に満ちた仕草が一々目を引く。ちなみに彼、態度も表情も落ち着いていてかなり大人っぽいのに、なんと私と同じ23歳だそうだ。あまりにも自分と違うので、なんかちょっとショックを受けた。


 そんな彼の左の目元には、今日もうっすらと赤い痣が浮かんでいる。この前より、かなり色は薄い。


「異変があるのは王族も同様だ。近年、私のように痣が出る者も多い」

「痣? どういうことですか」

「これは“呪い”と呼ばれる、王族に限って発症する生まれついての病だ」

「呪い……って」


 病気じゃなくてオカルトなの? 疑問に思ったけど、自然にできる痣にしては確かに、妙に装飾的な形をしている。“泉の乙女”とか水読の力とか、この国にはよく分からない謎パワーがあるらしいから、これも何かそういうのに関係したモノなのかも。


「詳しく伺ってもいいですか。あの、もしお嫌でなければ」

「勿論、構わない。では……まず、我ら王に連なる家系は、『太陽の血筋』と呼ばれる。由来は最早神話の域になるが」


 透き通るような声が語る。

 それは、耳慣れない、この国の大昔のお伽話だった。


「かつて夜のみが大地を訪れる時代、始祖たる一人の男が空の星を集め、大地を照らす日輪を生み出した。それより星明かりの時代は終わりを告げ、太陽の時代が始まった。男はこの国の最初の王となり、以後代々子孫が国を治めている」


 ほうほう……本当に神話レベルのファンタジーだ。

 なんでもファンタジーなのは王族だけに限らず、大昔のメルキュリア人というのは皆、光――「日」または「火」に纏わる力と、「水」を操る力を半分ずつ血肉に宿していたんだそうだ。その「日」の力を使って、最初の王様は暗かった世界に太陽を作っちゃったと。壮大だ。


「時代が下るにつれ、我々は徐々にそれらの力を失っていった。しかしかつての王族は、太陽に纏わる力を失うまいと近親婚を繰り返し、時折体に痣の出るものが生まれるようになった。これが現在、太陽の“呪い”と呼ばれる病だ。元は半分しか持たなかったものを、それ以上に身に集めた結果と言われている」


 近親婚で病が出るって、“呪い”というのは遺伝子的な異常なんだろうか。太陽の呪い、呪われた太陽……そう言えばこっちに来た時、あの爺さんが言ってたな。旱魃と関係あるのかな。


「クライン王子は、その太陽の血が濃い方ってことなんですね。力があるということなのでは」

「そう解釈することも出来るが、私にも近年の王族にも特別な力は無い。この痣はただ体を蝕むだけだ」

「……痛むんですか?」


 クライン王子は頷いた。


「痣は時折濃く浮き上がり、痛みを伴う。場所によるが、年を重ねる毎に悪化しその部位の機能を失う。そして“呪い”を持つ者は短命だ。この左目は既に、視野を半分程失っている。もうしばらくすれば光も失うだろう。その次が右目なのか、その前に命が消えるのかは私にも分からない」

「えっ」


 さらっと重いこと言ったな。それって、この人自身も短命という話だよね? 動揺する私に、クライン王子は淡々と続ける。


「太陽の力はそのようだが、水の力は逆に、婚姻では強まらなかった。水の力を宿す者とは、現代では水読のことだ。水読は昔から血に由来しない。その代の水読が没すると、また違う場所で別の水読が生まれる」


 今度は水読が出てきた。なるほど、「水読」というのは役職名なのかな。じゃああの眠ってる人、水読さんって名前じゃないんだ。どうりで変わった名前だと思った。


「対処が出来ない以上、時代と共に水読の力は弱まる一方だ。現在眠ったままであられるのも、それが理由と推測されている」

「へえ……旱魃の理由も、その辺りなんでしょうか」

「わからない」


 そっかあー。


「力が弱まる以前は、旱魃がなかったという訳ではないですよね。“泉の乙女”は前にも現れたということなら……そうだ、さっきの神話時代には、水の力は何かに使われていなかったんですか」

「単純に水利だと。泉の水を湧き上がらせ川や湖を作った。また、太陽が生まれた後に大地を砕き月を作ったとされる」


 おおっ、今度は月か。それは一体、何のために作ったんだ。色々気になってきた……

 ……という感じであれこれ話していたら、いつの間にか夕焼けも色あせていた。


「うわ、長居してすみません」

「こちらこそ、随分引き止めてしまった」


 知らない間に暗くなってたな……空は薄暮に染まっている。振り返って、私はその中に奇妙なものを見つけた。

 低い場所に小さな光が浮かんでいる。月でも金星でもない、見たことない大きさの、天体……?


「あれはなんですか?」

「“二の月”だ」

「“二の月”?」

「つまり二つ目に作られた月、ということになる」


 なんと、この世界には月が二つあるらしい。一つは日本で見るのとほぼ同じ、クリーム色のあの月だ。さっき神話で出てきたやつ。今見えている月は満月の半分くらいの大きさしかなく、もっと白っぽい色をしている。

 見慣れない天体を見上げていると、クライン王子が思い出したように言う。


「……“乙女の月”の別称があるが、聞いただろうか」

「えっ!? 聞いてないです!」


 何その名前、めちゃくちゃ“泉の乙女”と関係あるやつじゃん!


「“二の月”は、その昔“乙女”が作ったとされている」

「……ええっ!? “泉の乙女”も天体、作ったんですか」


 何者なんだ“泉の乙女”って。


「どうやって……それも神話ですよね」

「ああ。あの月も大地の破片から作られた、と言われているが」


 さすがのクライン王子でも、具体的な作り方なんて知っているわけがない。その代わり、一般の認識や伝わっている話は全て教えてくれた。


 まず、あそこに浮かぶ二つ目の月は“乙女の月”、または“二の月”と呼ばれる。普通の大きさの月は「一の月」「暦の月」などの別称もあるが、単に「月」と呼ばれるらしい。

 天体に纏わる言い伝えは古く、「王が日輪を、水が月輪を、夜の娘がもう一つ」という数え歌に組み込まれていたりもする。「夜の娘」というのが“泉の乙女”だ。

 しかしやっぱ何ていうか、神話だけじゃフワッとしすぎて参考にならない。


「太陽は、世界が暗かったから作られたんですよね。月は、夜を守るためでしたっけ?」

「ああ」


 普通の月は、太陽の光が夜に及ばないよう作られたんだそうだ。


「じゃあ“二の月”は、何の為に作られたんでしょう」

「そこだが、この国を旱魃から救う為と言われている」

「えっ」

「“二の月”と“泉の乙女”の関わりは言い伝えの中のみではない。あれは水を寄せるために“乙女の月”と呼ばれる。あの月が天頂に昇ると雨が降るそうだ。その際は雲が出るため、目視できるのは晴れた日の山際に浮かぶ姿のみだが」

「へえ……」


 つまり今は、あの小さい月が高く昇ることがなくなってしまったと。

 月と雨が関連してるって、どんな仕組みなんだろう。“泉の乙女”は”乙女の月”を天頂に上げる役なんだろうか? まあ「雨を降らせろ」が「月を動かせ」に変わったところで、無理に変わりはないんだけど。


「その月が、どうやったら昇るかは……」

「不明だ」


 ……ですよね。

 “二の月”の軌道には規則性がなく、いつどこに現れるか全くランダムだそうだ。こちらの天文事情は謎すぎる。少なくとも地球の常識は適用されなさそうだし、確固たるサイクルがあるわけじゃないなら、ただ待てば良いというわけでもなさそう。

 途方に暮れ、私は黙り込んだ。


「……あまり、役立つ内容を提供できなくてすまない」

「いえ、そんな。基本的なことから教えてもらえて助かりました」


 気遣わしげに言われ、慌てて首を横に振る。 


「色々、言い難いこととかもお話してくださって。ありがとうございました」

「いや……込み入った話まで聞かせて悪かった」

「そんな」


 あれは結構有益情報だと思うし、聞かせて悪いだなんてとんでもない。


「できれば、もっと色々聞きたかったくらいです。あの、勿論迷惑にならない範囲でですけど」

「本当に?」

「はい」

「では、また話そう。次の約束をしても?」


 今日一日で随分打ち解けた美しい相手に、私は頷く。嬉しいことに、これは多分社交辞令じゃない。クライン王子はあまり表情に感情が出ない人みたいだけど、雰囲気は満足そうだ。

 なんか、普通に友達になった感じがして不思議だ。相手はめっちゃ綺麗だし王子様なんだけど。


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