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雨の冠  作者: 桃宮
5.日陰
46/103

18 胃が痛いんですけど

 

「手配は全てこちらからしましょう。城にも話を通しておきます。これまではミウさんの自由を重んじて来ましたが、今後は小事でも多少形式張った方が貴女の為になりそうです」


 そもそも王族に接触すること自体感心しないと言う水読は、少し眉を下げて苦笑する。


「本当は、四六時中ミウさんを見ていたいんですけどね。仕事を投げるわけにもいきません、また漏水しては困りますから」


 さいですか。セクハラの次はストーカー発言とは、日本に居たらリアル犯罪者になるタイプだな……。

 結構素で引いた私は、水読がヘラヘラしている間もひたすらジルフィーの背中に張り付いていた。握力と汗で布地が皺になるかもしれないが、クリーニング代は経費で落としてくれ。

 それを見てか、水読は私ではなく上着の主の方に言う。


「貴方に頼みたくないのですが、仕方がありません。話は今の通りです、私の代わりに気を配ってください」

「言われずとも」


 ちょっ……! 

 仕事的にも素直に引き受けるだろうと思っていたのに、ジルフィーは思いっきり喧嘩を売った。その瞬間、水読がニコニコしたまま暗黒のオーラを放ち始める。


「い、行きましょう! 私お腹空きました!!」


 私は慌てて上着を引っ張った。

 ジルフィーの水読への反骨精神は称賛したいけど、状況見てやってほしい。今のなんて、適当にハイハイって言っときゃいい所! こちとら並の人間なので、摺り減る神経にも限度がある。

 この場から逃げるように、私はそそくさと階段へ向かった。昨夜とは違う見張り番に会釈し、ジルフィーの先導のもと石段を下りる。




「あの、何かゴチャゴチャ言ってましたけど気にしないでください」


 黙っているのが気まずくて、聞かれてもいないのにペラペラ話すと、先を行く背中は一応返事はしてくれる。


「あのー……水読さんの事、嫌いなんですか?」

「いいえ」


 何となく聞くと、ジルフィーは淡々と答えた。


「好きでもありませんが」

「そ、そうですか」


 相変わらず、気持ちいい程すっぱり言い切る。ちょっと羨ましい性格だ。あ、でも私も水読には面と向かって「嫌い」って言ったか……その印象は現在も一歩進んで二歩下がるという具合で、順調に悪化の一途を辿っている。

 昨夜の事をどう割り切るべきか。


「お尋ねして宜しいですか」


 ぐるぐる考え込んでいると、珍しくジルフィーの方から話しかけてきた。


「はい、何でしょう?」

「未だ、ご帰国を望んでおられますか」

「……え?」


 私は石段から目を上げ、緩く波打つ麦わら色の髪を見る。


「勿論です、けど――……わっ!」


 何でそんなこと聞くんだろうと思っていたら、うっかり足を滑らせた。

 同時に付き人たちが必ず、階段を上る時は後ろを、下りる時は先を歩いていた理由が解った。すかさず伸ばされた腕に、私の体は然程の衝撃もなく受け止められた。


「す、すみません」


 慌てて詫びると、ジルフィーはいつもするように軽く目を伏せるだけの礼をした。誰かさんとは違い、体勢を立て直すとすぐに手を引く。しかし熱が離れた瞬間、私の記憶の底で何かが閃いた。


 ――お兄ちゃん。


「…………」

「…………すみません、間違えました……」


 一見柔和な灰色の目に見返され、顔が熱くなる。あの……あれね。学校の先生とかを、間違えて「お母さん」って呼んじゃったりするやつね……まさかこの歳でやるとは……何なんだもう、私この人には恥を晒す事に決まってるのか。


「……兄がいるんです」

「似ていますか」

「……少し」


 多分、今朝家族の夢を見たせいだ。言い訳しながら、残りの階段を下りる。

 私がいくら気まずかろうと恥ずかしかろうと、ジルフィーはその後も至って普段通りだった。





 それから数日、私はひたすら部屋に篭って勉強の日々を送った。

 最近お作法は基礎が終わり、食事や姿勢のマナーは実践あるのみとなっていた。今は対面での立ち振る舞いと話術、そして長いスカートの足捌きがメインだ。

 歴史の方は以前サニアから話があったように、先生が付けられた。

 ヴィルズ先生という恰幅の良いサンタクロースのようなお爺ちゃん先生で、某神官長とは違い穏やか且つ客観的な性格だったので、私はすぐにこの先生が好きになった。あの爺さんも良い人なんだろうけど、年の割にテンション高いし、人の話聞かないからな。


 教科書にしている例の本は、順調に進んでいた。ヴィルズ先生がやって来ると、私はその本と一緒に引き出しから別の一冊を持ちだして広げる。

 斜め畝の入った緻密な麻地に、色とりどりの草花の刺繍。美しい表紙のそれは、ここへ来た頃に用意して貰った日記帳だ。反対側からめくって、ノートとしても使っている。毎日本の読み合わせをして、内容をメモするのだ。疑問があれば、先生にその都度質問する。

 ウィルズ先生は学会の偉い人らしく、神官ではないが塔の歴史についても詳しかった。


「これが終わりましたら、次は塔史にしますかな?」

「はい、ぜひ」


 直近の雨が上がった頃には、残りのページは僅かになっていた。

 駆け足に進んでしまったが大丈夫かと問われるが、一向に構わない。“泉の乙女”に関係ない内容は、大まかに把握できれば十分だ。この本は国史、つまり王家の流れを記したものだった。どうも私が質問する事は、塔史と呼ばれる内容の方が多いらしい。


 ページが終わりに近付くにつれ、私は不安にかられるようになっていた。

 本当に、無い。

 もう暗記する程読み込んだ“悲恋の乙女”の項以外に、“泉の乙女”が一切出てこない。


 話では、“乙女”は私で6人目だと聞いている。

 でも“二の月”を創ったという神話時代の1人と“悲恋”以外は全くの未知。

 残り3人の記録は、一体どこへ消えてしまったんだろう。幾ら大筋だけ取り上げた簡易の歴史書でも、不自然じゃない? 彼女達は、歴史的な存在であるはずなのに。

 この質問ばかりは、ヴィルズ先生にも答えられなかった。


 ところでこの間、私はクラインともアルス王子とも接触していなかった。かといって、彼らのことをサッパリ忘れて呑気に過ごしていられたわけじゃない。

 雨が上がったということは、もう三日から一週間もすれば雨乞いとなるはず。その時には、どちらかと対面しなければならない。アルス王子とは険悪なやり取りがあったばかりだし、恐らく水読はクラインに声を掛けるだろう。

 ……さて、どんな顔をして会えば。

 余計なことをして上手く行かなくて、本人には会わない方が良いと言われていて、その上で顔を合わせるのは、時間が経てば経つほど気が重かった。

 せめて、アルス王子とあんな風になってなければ良かったのに。


「やっぱり、お母さんの事かなぁ……」

「ミウ様?」


 思わずぼやくと、サニアが聞き返す。何でもないと答えて、私はティーカップを置いた。この後は本の復習がてら語学の勉強だ。


 ――アルス王子の母親、マリエラ妃という人。

 彼とクラインの確執は、多分そこにある。少なくともアルス王子にとっては大きな問題なんだろう。聞いてもないのに、その話を出した事からして。

 誰かに聞いてみたい。

 でも、誰になら聞けるだろう。プライベートもいい所だし、どこまで知っているかも不明なリコ達にまさか「クラインがマリエラ妃って人を殺したって本当ですか?」なんて聞けない。

 いっそクラインに直接聞く? ……いやいや、当事者にそんな、とても……じゃあ、ブロット氏とかは? って、彼に聞いたらアルス王子にも筒抜けだ。


 といった具合に昼は悶々とし、夜は夜で憂鬱な気持ちを引きずって塔を上る。

 諸悪の根源である水読は相変わらずヘラヘラしていて、ビビる私に触れては来ないものの、セクハラ発言は滞りない。これだけ嫌な顔をされてるのに、小指の先ほども堪えないとは、恐ろしく強靭なメンタルだ。心の底から羨ましい。

 ただ私が寝坊した日にどんな取り決めがあったのか、ジルフィーが当然のように私の部屋の前まで送り迎えするようになっても何も言われなかった。

 そんな生活を続け、私がどうなったかというと。


「お腹痛い……」


 胃をやられていた。初だよ、初! 人生で初! ここ2日は、食事も冷たい牛乳に浸したパンしか受け付けない。本当にストレスなんだな!


「ミウ様、本日もこれだけしか召し上がれませんか?」

「ちょっと無理そうです……」

「せめて、温かいお茶だけでも」

「あ、温かいのはあまり……あとカフェインはヤバい気がする……」

「かふぇ……?」


 心配そうなリコとサニアは、首を傾げながら今日も薬を用意してくれる。


「午後のお勉強は、お休みになってはいかがですか。お顔の色が良くありません」

「眠れなくとも、横になっていた方が宜しいですわ」


 キリキリ痛む腹部を押さえ、素直に頷いた。

 着替えの時しか使っていなかった寝室に移動し、フリルがたっぷり付いた白いワンピース……多分寝間着だけど、日本ならこれ着てパーティー行ける……を着せてもらい、ベッドに潜り込む。これも初だ。このベッド、今まで一度も横になったことがなかった。


「夕刻までにはお起こししますので、ごゆっくりお休みなさいませ。それまでは隣におります。何かございましたら、ご遠慮なくお声掛けくださいね」


 リコ達が退室すると、部屋はしんとなった。窓から入る黄色い日差しに、空中を塵がゆっくり泳いでいる。昼間眠るなんて、久しぶりすぎてドキドキしてきた。あと、ドアの前に椅子を置かなくていいなんて、素晴らしすぎる。

 横になっていると幾らか楽だったが、頭の中では相変わらず気がかりが幅を利かせていた。不安を宥めるように、私は背を曲げシーツの中で膝を抱える。自分の体温を手足に感じ、少しほっとする。


 そういえば、例の儀式は明日行うそうだ。

 水読はやはり、クラインに”火”を依頼するらしい。取っ掛かりとして、敢えてそこをアルス王子に変えて貰おうか。いや水読が立ち会う以上、相性の悪そうな彼は避けるべきだろうか。

 考えると、また胃痛が酷くなりそうだ。私はぼんやり、別の人物を思い浮かべる。


 輝く金髪。カリスマ溢れる声と風貌。

 王様だったら、こういうのも全部上手く治めてくれるんだろうな。

 最近全然会ってないけど、元気かな……ま、元気だろう。


 ぼーっとしていると、眠くなくても体が休み始める。

 丸くなっている内にポカポカしてきて、私はいつの間にか眠ってしまった。


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