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雨の冠  作者: 桃宮
1.偽の乙女
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3 王子様

 ……それから5日が経った。今日はもう6日目だ。

 豪華な部屋は変わらず、朝日が眩しいのも変わらず。

 謎の異世界・メルキュリアに来てからというもの、私は毎日ほぼ同じ生活を送っていた。


「おはようございます……」

「おはようございます、ミウ様。もう少ししましたら、お起こししようと思っておりましたのよ」

「よく眠れましたか?」

「あ、はい」


 寝室を出ると、女の子が二人、にこやかに挨拶を帰してくれる。彼女達は、私の身の回りの世話を焼いてくれるメイドさん?のようだ。

 二人とも淡い色の髪に目。最初の朝、起き抜けに出会ったのがアプリコット、もう一人はサニアという。年はそれぞれ、21歳と19歳だそうだ。とてもしっかりしていて外見も大人っぽいので、聞いた時には驚いた。

 メルキュリア王国では15歳が成人で、その前後で早くも社会に出るらしい。そのせいか、私の方が年下と思われている雰囲気がある。私、ついこの前まで学生だったしなぁ……。


「本日のお召し物は、どちらに致しましょう?」

「えっ。あ、お任せで……」

「こちらの上着に、この腰帯はいかがですか?」


 薄手の綿生地をたっぷり使った白いブラウスと、シンプルな臙脂色のロングスカート、そしてビーズがたくさん縫い付けられた幅広の布ベルトを勧められ、素直に頷く。


「あら、お可愛らしいですわ」


 衝立の向こうで着替えて出てくると、アプリコットが褒めてくれた。この手のスタイルは、この国では町娘のような感じになるらしい。私には、クラシカルなお嬢様ファッションにしか見えないけど。

 アプリコットもサニアも、この何日かの間に私の好みを覚えてくれたようだ。好みというか、要するに自力で着られて動きやすくて、あちらの服装に近いものばかり選ぶのを理解してくれたらしい。

 実は最初は「地味すぎませんか?」と困惑され、細かいレースや刺繍の沢山入ったものすごく高そうなドレスなどを勧められて大変だった。綺麗だし着てみたくない訳じゃないけど、普段着には困る。うっかり汚したり引っ掛けたりしたらと思うと……。

 地蔵のように立ち尽くす一日は御免なので、暑いという理由でなんとか断った。「涼しくなったら着ましょうね」と言われてしまったが、まあ私、そんなに長くこちらに居るつもりは無いんですよ。

 今日こそ帰る手がかりを掴んでやる!


「御髪はいかがしましょう。今日も暑いですから、高いところで結い上げておきましょうか」


 決意を胸にグッと手を握っている私を、アプリコットは慣れた様子で誘導して鏡台の前に座らせた。


「それにしましても、本当に御髪がお綺麗になりましたね。こんなに素晴らしい黒髪は見たことがありません」


 そ、そうですかね。ていうか私もです。

 髪を梳かしながらサニアが言った言葉は、実はお世辞じゃなかったりする。こちらに来てからというもの、髪の毛が異常に綺麗になった。それはもう、一糸乱れず鏡のようにピッカピカだ。最初は普通だったのに、2日、3日と過ぎるうちに目に見えて変化し、常に水に濡れているかのごとく光るようになった。

 あと、長さも。来た時は肩ほどまでしかなかったはずなのに、今は背中の真ん中まである。正直、一週間足らずでこれはちょっと怖い。何があった私の頭皮。異常事態を察知して本気出したのか。





 身なりを整えてもらった後、私は王様の所へ向かった。

 こちらに来てから、早くも習慣が出来つつある。

 まず最初の朝以来、毎日国王陛下と朝食を取ることになっていた。あの老人は居たり居なかったりするが、情報収集のためにも私は積極的に参加した。


 しかし麗しの国王陛下が放つ天然のプレッシャーには、未だ慣れる気配が無い。

 私は毎日まともに顔も上げられず、卒倒しそうになるのを何とか堪えて朝食を摂る。怖気づいても居られないのだ。ともかくその場で地下の泉の様子を聞き、立ち入る許可を貰わないと。あの洞窟は特別な場所らしく、逐一許可を取らなれば地下へ降りられなかった。水があったという報告が無くても、この目で見るまで私はその日の希望を捨てない事にしていた。


 それから、午後になったら今度は搭へ顔を出す。水読を見舞う為である。

 塔と王城は、数カ所渡り廊下で繋がっているが、基本的には全く別の建物だ。

 塔はその名の通り背が高く、移動には沢山の階段を登らなければいけない。最上階は10階建てくらいの高さだろうか。毎日往復するとなると、中々良い運動だ。


 因みにメルキュリアで「搭の人間」と言ったら、水読や水読に仕える神官達のことを指す。“泉の乙女”も搭側の人間になるので、日に一度くらいは水読の様子を見に行ってほしいと言われていた。

 勿論、あの爺さんにだ。

 ずっとずっとずーーーっとそんなんじゃないって言ってるのに、爺さんは私を“泉の乙女”だと言い張って譲らない。それプラス明らかに私だけ人種が違うこと、あと髪の毛がピカピカになったせいで、搭の人たちはすっかり信じ切っているようだ。


 ……これからどうなっちゃうんだろう、私。

 朝食後、塔に向かう道すがら、ぼうっと考える。

 庭に面した回廊は晴天続きで確かに暑いが、風もあるし、日本と違って湿気が少ないので私には然程辛くない。


 辛いのは、意味不明な今の状況だ。

 萎れた庭を横切ると、見知らぬ使用人や神官とすれ違う。その度誰もが驚いたような顔を見せ、私に期待の篭った視線を向けて恭しく道を空ける。

 私は俯いてそそくさと通り抜けた。

 そんな目で見られたって、何も出来ない。本当に私が何らかの特別な存在なら、こっちの人達にとっては良いことなんだろうけど。なんの力も知識もない以上、期待を煽るだけで騙しているような気になる。


 両親と兄達は、今頃どうしてるんだろう。

 私がここに来てしまったのは間違いだったとして、本物の“泉の乙女”が現れたら、私は帰れるんだろうか。


 早く、私の本当の居場所に帰りたい。

 気が焦り、猛烈に不安になってくる。

 どうしよう。気持ち悪い……。


 その時だった。


『――美雨さん』


 耳元で唐突に名前を呼ばれた。

 やけにほっとする、優しい声だ。


 誰だろう――?


「……様、ミウ様! 如何なさいましたか!?」

「……あ」


 ハッと気がつくと、私は回廊の石床に手を突いていた。立ち眩みのように視界がぐるぐるしいている。どうやら倒れそうになり、しゃがみ込んだらしい。


「お体の具合が宜しくないのですか? お医者様を呼んで参りましょうか?」


 サニアが隣に膝をつき、心配そうに顔を覗き込む。もう一人、案内の為に一緒に来ていた若い神官も、傍らで様子を伺っている。


「いえ……ちょっと眩暈がしただけなので、大丈夫です」


 なんかあれだ。この前の地下でのことといい、ネガティブなことを考えるとストレスで貧血になるのかもしれない。私は腰を浮かせかけたサニアを止め、ゆっくりと立ち上がった。既にぐるぐるは治まり、足元も問題ない。

 それより、謎の声だ。

「あの、今誰か私の名前を呼びました? 男の人の声だったんですけど」

「いえ、何も……?」

「そうですか……気のせいだったのかな。かなりハッキリ誰かの声がしたんですが」


 サニアも神官も、わからないという顔で首を振る。

 まさか、ホラー? こんな真昼にオバケ? 謎すぎる。

 でも、知らない異世界語が聞き取れるくらいだ。こちらの世界は、時々何か聞こえるのかもしれない。例えば植物が喋るとか、鳥の声も翻訳されるとか……庭には鳥もいるし、庭木や草花もそこら中にあるし。


 それにしても、お城の庭ってすごい立派だなあ。私はキョロキョロ辺りを見回した。

 今は殆ど水が無いが、石造りの水路や噴水、水槽などがあちこちに設けられていて、ささやかな水音が聞こえてくる。これが溢れんばかりの水で満たされていたというから、少し前まではさぞかし気持ちのいい場所だっただろう。

 と思っていた時、目の端で何かがキラっと金色に光った。

 ん……? なんだろ。

 光った辺りに目を凝らすと、人影を見つけた。


「サニアさん」


 光ったのは誰かの髪だ。こっちの人は金髪が多い。

 少し先の回廊、木の陰になっている場所で、誰か柱に手を突いてうずくまる人物がいる。


「あそこ、見て下さい。あの人、何か具合が悪いように見えません?」

「本当ですね。あら、あれは……」


 サニアが、少し行ってまいります、と駆けだした。ここでボーっと見ているのも何なので、私と神官も後を追う。

 柱の陰にいたのは、一人の青年だった……いや、少年? いや、やっぱ大人? 全体的に線が細く、華奢な肩をしている。


「……大丈夫だ。人は呼ぶな。じきに治まる」


 その人は目元に手を当てて俯き、かなり荒い息をしていた。肩までの真っ直ぐな金髪が顔を覆い、表情は見えないが苦しそうだ。あまり大丈夫そうには見えない。

 しかし、サニアは言いつけに従うようだった。地面に両膝を突いて、じっと様子を見守る。彼女が動かないので、私と神官の人もハラハラ見ているだけになる。


 やがて青年は申告通り、少し経つと落ち着いてきた。まだ苦しそうだが息遣いも穏やかになり、幾らか回復した様子だ。

 一度深く息をつくと、彼は左目の辺りに手を当てたまま、顔を上げて言った。


「気を遣わせて悪かった。もう平気だ」


 ……うおっ。

 私はその、片手で殆ど隠れる小さな顔を見て息を呑んだ。

 白い指の隙間から覗くのは、そこらの美女も裸足で逃げ出す美貌だった。

 くっきりとした二重と、上品な曲線を描くどこか物憂げな眉。やや硬質に告げる声とは裏腹に、薄く開いた唇と上気した頬には危うい色香が漂う。長い睫毛が影を落とす瞳は、金色のような茶にグリーンが混じる複雑な色をしていて、何かを訴えかけるような悩ましげな引力に満ちている。


 そして、似ていた。

 あの人より随分繊細な雰囲気だが、確かに似ている。私のこちらでの数少ない知り合いであり、すべてを無駄に圧倒する、あの麗しの国王陛下に。

 つまり、二人目のトンデモ美形だった。


「ミウ様、こちらのお方は、クライン・エミール・メルクリウス殿下、我が国二番目の王子様にございます」


 ポカンとしている私に、サニアが紹介してくれる。なるほど、王子様だったのか。それは納得……ん?


「あれ、だって王様あんなに若いのに……」

「……? どうかなさいましたか?」


 王子様って王様の子供のことじゃないの?

 尋ねると、サニアも不思議そうな顔をする。同じ言葉を使っているはずなのに、どこかで食い違う。

 よくよく話を聞いてみると、「二番目の王子様」というのは「国王以下第二位の王族男性」という意味らしい。この綺麗な人は王様の弟だそうだ。「王弟」も「王子」も、こちらでは同じ単語になるのか。

 そういえば時々通じない日本語もあるし、外来語も通じたり通じなかったりするし、自動翻訳の基準が謎だ。


「貴女が“泉の乙女”なのか?」

「は、はいっ……あ、いいえ。“泉の乙女”ではないのですが」


 不意に聞かれ、慌てて答える。えーと、どう説明すれば。とりあえず私も名乗った方がいいのかな?


「長瀬美雨……ミウと申します」


 ペコッと会釈すると、彼も頷く。


「紹介に預かった通りだ。クラインと呼んでくれ」


 改めて短く名乗られる。じゃ、クライン王弟……いや、殿下? いいや、取り敢えず王子と呼ぼう。

 クライン王子は、顔を覆っていた手を下ろした。

 隠されていた場所に異質なものを認め、私はぎょっとした。

 クライン王子の顔、綺麗な左の瞼に、眼窩に沿って火傷の痣のようなものが走っていた。

 うねるように枝分かれしたそれは、植物の葉に似た不思議な模様を描いている。元が白く美しい肌だけに、不自然に赤くなった皮膚はやけに目立つ。

 注視してしまった後、私はさりげなく視線を外した。失礼だったかも。


「国王と搭から話は聞いている。微妙な立場だそうだな。見知らぬ地での苦労、お察しする。進展があるまで気負わずゆるりと過ごすといい」


 痣への反応には慣れているのだろう。少し気まずい私に対し、クライン王子は息を整え、特にどうともなく告げた。


「私は王家と搭の歴史について研究している。何かあれば声を掛けてくれ」

「……歴史!?」


 その単語に喰い付く。

 歴史ですと。知りたい。今すぐにでもその辺の話、知りたい。


 実はこの数日間、私はメルキュリアの過去の出来事を調べようと試みていた。

 いやだって伝説が~、旱魃の時の言い伝えが~、ってのが、あの爺さんとか神官とかが私を特別視する根拠らしいし。かつての旱魃時の様子や、“泉の乙女”に関する記録とかを調べてみようと思ったのだ。帰るヒントあるかもと思って。

 しかし、これが意外にも進まなかった。

 まず、“泉の乙女”について色々人に尋ねてみたが振るわない。なんだか、既に聞いた話しか返ってこないのだ。今日一緒にいる神官の人も、歴代の“乙女”の人数や年号は知っていても、どうやって奇跡を起こしたのか、ましてや帰り方なんて見当もつかないらしい。


 そもそも現代まで伝わる“泉の乙女”の情報は多くないそうで、実態は謎に包まれている。

 残っている記録も、古語だか暗号だかで書かれていたり抜けがあったりと何やら完全ではなく、解釈に諸説あるらしい。私が現れてからは特に、その解釈の仕方がもっぱら議論の的だそうだ。

 じゃあせめて分かってることだけでも、どんな説が出てるのかだけでも知りたい。

 しかしその部分に突っ込んで聞いてみると、いまいち反応が悪い。何となく、はぐらかされている気がしなくもない。


 それなら自力で調べようと歴史書でも借りようとしたが、こっちは言葉の壁にぶち当たった。なんと、全く字が読めない。言葉は話せるのに何てことだ、中途半端な翻訳システムめ!

 自力で調べたければ、読み書きを覚えなければいけない。この数日、アプリコットやサニアに少し教わったが、こっちの文字は隣合う字同士が互いに絡まり合う複雑怪奇な蔓草模様だ。難解な歴史書を一人で読み解くなんて、一朝一夕じゃ難しい。そもそも、有力情報がある本を貸してもらえるかも怪しいけど。


「あの、そういった事はどちらで伺えますか。私、知らなければならないんです。教えてください!」


 世話になった、と立ち去りかけていたクライン王子の背中に、私は思い切って叫んだ。神官達は答えられなくても、この人からなら何か聞き出せるかもしれない。専門家っぽいし、立場も違うだろうし。

 クライン王子が足を止め振り向いた。


「“泉の乙女”が関われば、私の独断では決められない。近く国王に話を通しておこう」


 ……そう簡単には行かないか。

 あの王様が絡むということは、あの爺さんや搭も絡むということだ。もし私への情報が意図的に制限されているのなら、この王子様を介しても有力な話は手に入らないかもしれない。

 クライン王子は、そのまま行ってしまった。


 うーん……。

 いや、そんなに落ち込むこともないか。

 情報収集には人脈が必要、歴史専攻の王子様と知り合えたとか超ラッキーじゃないか。しかもなんか、見た目がアレだけどあの王様より断然話しやすかったし。ヤバイ威圧感が無かったからね。


 また倒れるのは嫌なので、なんとかモチベーションを保つべく自分を励ます。とりあえず、ポジティブに考えよう。ここから無事脱却するまでそういうモットーでいこ。じゃないと私、寝込みそう。


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