15 とんでもない嘘吐き
程なくして、私達は目的の階に到着した。王様はドア横のフックに、手にしてたランタンを掛ける。
「俺だ」
ベルを使わず直接扉を叩くと、僅かな間を置いてドアが開いた。迎え出た長身の影は、薄く微笑んでいる。
「いらっしゃると思っていましたよ。どうぞ」
水読はそう言って中に招き入れると、いつかと同じように私と王様にソファを勧めた。部屋はランプの炎で仄明るく染まり、昼間訪ねた時とはまた違った様子を見せていた。薄いカーテンは開けられたままで、大きな窓には部屋や人影が映り込む。
「さて、では早速聞かせて貰おうか」
王様は飲み物の準備を断り、全員が着席するのを見て口を開いた。
「何をでしょうか?」
「ミウに何を吹き込んだか、だな」
「私が今日ミウさんにお話したのは、この国に雨を取り戻すための方法ですよ。ね?」
同意を求められ、私は頷いた。水読の様子は不思議そうなだけで相変わらず穏やかで、優しい笑みには、嘘の匂いなど感じられない。
「塔に居を移す理由は?」
「彼女の能力を高めるためです。こちらに同居して頂くことで水が安定します」
水読は簡潔に、水側の力を増やすことで雨を呼びやすくすると説明した。私が先ほど伝えた内容とほぼ同じだ。王様は納得したのかしていないのか、読めない表情のまま頷く。
「成る程。そう言われては仕方がないが、俺がどこまで真実かと疑うのは、不思議ではないな?」
「どういうことでしょう。私が国王陛下に、嘘偽りを申し上げるとお思いですか?」
「無いと言い切れるなら塔も安泰なんだが」
二人共顔は笑っているのに、なぜか剣呑な雰囲気が漂う。この人達、実は仲が悪いのか?
ハラハラしながら見守っていると、水読が少し困ったように微笑んだ。
「疑ってくださっても構いませんが、真実です、としかお答えしようがありませんよ。私のご提案は、あらゆる意味で最善です。ここで回避しても、いずれ同じ決断をせざるを得なくなるでしょう。特にミウさんの為を思うのでしたら」
「ほう。どういうことだ」
「これは、今後彼女無しでも雨が降るようにするために必要な措置ですから。それともまさか陛下は、帰る場所のある彼女を一生この国に縛り付けるおつもりですか?」
いつも優しげに細められる切れ長の目が、鋭く光る。
「お前は、ミウが帰るための方法を知っていると言うんだな?」
「ええ。ですが、こちらの水が整わなければ不可能です」
王様の緑色の目が、間違いないかと尋ねてくる。私は頷いた。
因みに私からは、王様にはあちらへ水が漏れ出していたとか、例の月を動かすという話はしていない。水読も今回その辺りの話はしないし、前提情報なんだろう。
「ご理解頂けましたか?」
「そうだな。承知した。だがそれは、水に関してのみだ。――もう一度訊く。ミウに何を言った?」
王様が頷いたかと思ったら、話が元に戻った。
「自分からは決して口を割ろうとしない上、お前と住んでも問題ないと言い張る。理由を聞かせて貰おうか」
「…………」
私は密かに身構える。来た。この先が非常に重要だ。沈黙の後、水読はゆっくり口を開いた。
「何も、不思議なことではありません。ミウさんとは、とても仲良くなりましたから。理由を述べる必要がないほど、お互いを信頼しているのですよ」
「信頼か。年齢を偽っておいてか?」
静かだけど怖い声で指摘が飛ぶ。横で聞いているだけでもヒヤリとするのに、水読は全く落ち着き払って答えた。
「偽りではありませんよ。水読が、七つまで自我が無いのはご存知でしょう」
「仮にも相手は“泉の乙女”、歴書に記される正式な齢を伝えるべきだろう。それを告知の上で、事情を話すならまだしも」
「私にとっての『正式』をお伝えしたまでです。本当の自分を知っていただきたいと思うことは、それほど罪なことですか?」
最後の問いは、私に向けて投げられた。こちらを見てにっこりする水読の瞳は、どこか切なげだ……さらっと年齢の秘密っぽいのが出てきたけど本当ですか。確かめたいけどしょうがない、後回しにするとして。
やっぱり王様は、水読について誤解している。
こうして話を聞いていても、水読はとても性悪とは思えない。おっとり柔らかい雰囲気は見るからに善良だし、今も真剣に私を助ける発言をしてくれた。態度の節々から人の痛みの分かる優しい性質を感じられる。
事情が事情だけに、食い違いが起きるのは仕方ない。上手く出来るかわからないけど、事の次第によってはやっぱ、私がフォローしなければ。
「罪、か」
気構えた所に、王様の呆れたような声が割って入った。
「罪なのはお前の態度だろう。いつまで猫を被っているつもりだ」
「……猫?」
私と水読は、同時にそう呟いた。首を傾げる私を見てか、水読も同じようにする。
「事情は分かった。気に入らないが、住居については従う他無さそうだ。但し、手出しすれば只では済まぬぞ。お前、老師の耳に入ると不味いことが二、三あったな」
「……ええと、何のお話ですか?」
急に話を勧める王様に、水読は困惑も露わに聞き返した。私も双方を交互に見やり、同じく困惑する。
「しらばくれるな。面倒臭い」
王様は本当に面倒臭そうに言うと、遂に例の宣言をした。
「ミウは俺の婚約者として報告する」
「……はい?」
「お前を法で裁けるようにな。国王に“泉の乙女”が絡むとなれば特例中の特例だろう。規定も、二日もあればでっち上げられる。今ある自由より、生きながら死ぬような監禁生活の方が好きか?」
淡々と脅しに掛かる王様に、水読は目を見開き絶句していた。
私は私で、端から完全に疑いを持って進められる内容に驚く。食い違いが出てきたら何とかしようと思っていたのに、そこをすっ飛ばされてどうしたらいいのか分からない。戸惑いつつ水読の言葉を待つが、水読の口から出たのは、そんな事にはならない、という弁解ではなかった。
「貴方がそこまでするんですか? 何故?」
「さあな?」
それは、純粋な一つの疑問だった。王様は軽く答える。……あれ、聞きたいのってそこ? 水読の顔には、心底驚いた様子だけが浮かんでいる。
そして、しばらく沈黙が訪れ……。
「――ああもう、いいですよ。せっかく楽しくなると思ったのに」
水読は深い溜息と共にそう言って、怠そうに一人掛けのソファに寄りかかった。その顔から優しげな微笑みは消え、拗ねたように口を尖らせている。
えっ……?
「もうちょっとくらいモタつくと思ったんですけど。決断が速いですねー嫌味なことで」
優しく儚い、守ってあげないと系聖人君子(※心は女子)の仮面がボロボロ崩れ落ちていく。投げやりな口調も、子供っぽさが滲む不満気な声も、ダラダラ姿勢を崩す面倒くさがりっぽい雰囲気も、これまでの姿と結びつかな過ぎて頭が働かない。
混乱していると、王様からも疲れたような吐息が聞こえる。
「……全く、これでも大して信用できないのが参る。部屋に常時見張りでも立たせねば仕方ないな。ミウ、お前は大声を出す練習をするべきだな」
「おや、塔は我が家ですよ? 見張りなんて、そんな勝手が出来ますかねえ」
「老師はまともだ、交渉には諸手を挙げて乗るだろう」
「……あの方、そろそろ耄碌してもいいと思うんですが」
やっぱり、妙に軽々しく不穏な会話が弾む。口を開けて固まっていると、王様が苦く笑った。
「どうだ、俺の言う通りだったろう。こいつの本来の性格はこれだ」
「失礼な人すね。私は巷では心優しく品行方正、薄幸の美青年で通ってるんですよ?」
「威張るな。それは女を騙すための常套手段だろう」
「何てことを言ってくれるんですか。それじゃあまるで、僕が日頃から遊び歩いているみたいじゃないですか」
「不足のない自己紹介だな」
「え、あの、でも…………」
そ、そんな馬鹿な、本当に……!?
目を見開き口をパクパクする私を見て、王様は呆れた声を上げる。
「水読。だからお前は何を言ったんだ」
「特に何も? 自分は女性だと名乗っただけですよ」
「……は?」
今度は私が凝視される番だった。
「言う方も訳が分からんが……どうやったらそれを信じられるんだ。寧ろそちらの方が理解できん。お前、どんな場所で生活していたんだ?」
「だ、だって私の世界ではそういう話、本当にあるんですもん……!」
色々と打ちのめされながら、やっと一言だけ弁解するが、向けられる視線はどう見ても「可哀想な子を見るそれ」だった。
ひどい。




