13 女の友情
「というわけで、水読さんと同居させて頂く必要があるそうで……」
その日の夜、私は早速王様に事情を説明していた。
塔から戻ったあとサニアに頼んで話があると伝えて貰ったところ、夕食の誘いを受けたのだ。王様は相変わらず忙しそうで、食事の時くらいしかまともに時間を取れないらしい。
この人と向い合って食事をするのは、割と久しぶりだった。
相変わらずの美形ぶりに緊張するが、幸いなことに、今回もあの異様な威圧感は鳴りを潜めている。なんでか知らないけど超ラッキー!
食事をしながら、水読の性別についてと、雨の原因についてだけ省いて話す。雨の件は口止めがあったのもあるけど、まさかご本人に「あなたのせいで雨が降らないので」とは言えない。
あらかた話し終えると、王様は訝しげに尋ねた。
「お前が、奴とあの部屋に住むということか?」
「はい」
頷くと、王様は考え込むように黙った。
……おかしいな、二つ返事で許可が出ると思ったのに。料理を片付けながら、私は内心首を傾げる。
国益が絡んでいる以上、あっさり「そうか、わかった」とか言われると思っていた。やっぱ、傍目には男女だから難しいのかな? 立場も特殊だし、風紀を乱すとか、そういうことを気にしなければならないのかもしれない。
王様が黙っているので、とりあえず今日のメインの魚の蒸し焼きを頬張る。ハーブとスパイスが効いた白身魚は、身はホクホク、皮はパリパリでとっても美味しい。……とか脳内食レポでもしていないと、沈黙が気まずくて居心地悪い。
黙々と料理を平らげていると、ようやく王様が口を開いた。
「それは、どうしても必要な措置と言われたのか?」
私は料理を飲み下しつつ頷く。
「はい。水読さんは、部屋も余っているし大丈夫だと……」
一応そう付け加えてみたたが、王様の反応は微妙だった。
「正直、ではそのように、とは言いたくないな。懸念が多すぎる」
うーん……心身共に女同士だったら話は早いだろうに、説明できないのがもどかしい。何とか、事情に突っ込まずに納得してくれないかな。
「それほどご心配されなくても、きっと大丈夫です。最初は慣れないかもしれませんが、すぐ馴染むと思いますし」
「お前は、それで良いのか?」
「はい」
私は迷わず頷いた。というか、実質嫌と言ったところで選択肢無さそうだしね。
「そうか。どちらにせよ、その話が事実なら従う他無いのだろうな」
王様も同意見のようだった。そして独り言のようにこう言う。
「まあ、いくら奴と言えど、このようにいとけない娘にまで手は出さないか……?」
「……はい?」
何か、スルーしてはいけない内容の気がして聞き返す。今、いとけないって言われましたね。私のこと?
もしかして、もしかして。つい最近も味わった、憂鬱な予感が走る。
「すみません、王様、私の年齢ってご存知です……?」
「ん、年か? アルスと同じくらいじゃないのか?」
「…………」
あなたもでしたか。
思わずガックリ肩を落とすと、王様は意外そうに少し眉を上げた。
「何だ、違うのか」
「……この間、23歳になりました……」
「……本当か?」
「はい……」
力なく頷くと、王様は絶句した。ひどい。そんなに驚かないでほしい。
落ち込んでいるとボソッと呟かれる。
「23か……少し、手加減し過ぎたな」
「えっ」
……いや、今のは聞かなかったことにしよう。一瞬の判断で内容を頭から追い出す。これで手加減されてたって、深く考えると恐ろしい。
「しかしお前、本当にその年だと言うのなら、男と住まいを同じくするという事がどういう事かもわかるだろう。事情が事情とはいえ、よく承諾したな」
「えっと……はい……」
「まさか、惚れたのか?」
「いやっ、違います違います」
なるほど。普通に考えれば、そう思われてもしょうがないのか。そんな丸く収まる理由で一緒に住みたいって言ってるなら気楽な話なんだけど、実際は全然違う。
王様は目を眇め溜息をついた。
「……一応言っておくが、あいつは相当な浮名流しだぞ。女と見れば見境ない。問題を起こしては、揉み消すために手を貸してくれと何度塔に泣きつかれたか」
「ええっ!? そんなはず……!」
あり得ない。だってだって、水読は心は乙女なんだから!
「そんなはずで無ければ、こちらも助かるんだがな。事実、泣かされた女が大勢いるとあっては」
「泣かされた女……」
私は、その単語にピーンと来た。
……つまりそれは、こういう事じゃなかろうか?
水読は過去にも、今回のように“女同士”の関係を求めて女性と交流していたことが何度もあった。しかし、あの端正な見た目と包容力。女性の方が恋心を持ってしまうパターンは十分ありえる。きっと水読はその度に、受け入れられないと断ってきたに違いない――やっぱり上手く行かなかった、と落胆しながら。
……そうだ、これだ。絶対、そんな事があったに違いない。
なんて不憫!! でも、私は大丈夫だからね……!
ぐっと拳を握り、心中で水読を励ます。ちゃんと事情を知っているのだから、私に限ってはそんなことも起きない。この機会に彼、じゃない彼女に、存分に女同士の友情を味わってもらおう。
「大丈夫です、私ならごく普通に、問題なく同居できると思います!」
頑張ってきっぱり言う私を、王様は手を顎に添えて見ている。目を見返すのは無謀だったので、その長い指の辺りに視線をやっていると、ややトーンを落として尋ねられた。
「ミウ。奴に、何を吹きこまれた?」
「…………」
不意に緊張感が高まる。王様の口調は穏やかだけど、声色は尋問のときに効果絶大なアレだった……つまり超怖い。
「惚れたというのでもなく、意味を理解していない訳でもない。不可解に思われるのは当然だろう」
ああっ、私の大馬鹿者! いっそ「水読さん大好き、だから大丈夫!」とでも言っておけば良かったのか!
「正直に言いなさい。俺に秘密を持つなと、約束したはずだな?」
心臓の鼓動が早まり、背筋に冷たいものが走る。緊張のあまり、顔も喉も引きつってくる。
それでも私は、じっと耐えて黙っていた。いくらこの人でも、これだけは絶対言えない。
女の友情にかけて。
……まったく、黙秘権も無しに詰問されるなんて、私が一体何をしたっていうんだろう。理不尽だ。大体、普通に慎ましく暮らしてたのにこんな所に呼び出されている時点で、あまり運が良いとは言えない。しかも旱魃だし。生贄にされるし。メカ作れとか言われるし。
そこで私は、はたと気がついた。
あれっ、黙秘権。あるはずだ。今なら。
「……ごめんなさい、言えません」
意を決して言うと、王様が微かに目を瞠る。
「ほう。俺との決め事を違えるか?」
怖い怖い、超怖い。でも引き下がれない。
息を吸って、震える喉から言葉を絞り出す。
「や、約束は、無効のはずです、よね」
「なんだ」
「だって私……私が――――本物の“泉の乙女”だったから」
くくく口答えしてしまった。
今すぐ撤回して土下座したいのを必死に抑えている間、王様は何も言わない。怖すぎる。針のむしろ状態だ。
恐ろしく長く感じた、短い沈黙の後。
「道理だな」
王様が頷く。
「良いだろう。尋ねる相手が違ったようだ――食事が終わったら塔へ行くぞ。俺が直接話を付ける」
「ええっ!? あ、あの、それはちょっと……!」
「何故、お前が止める?」
「いえその、少し複雑な事情がございまして……」
ヤバい、もっと上手くやる予定だったのに! 王様が直接理由を聞きに行ったら、水読に知られたくない話をさせることになってしまう。
「お願いします、何も聞かずに許可を頂けないでしょうか……!」
私は、テーブル越しに頭を下げた。ピリピリと頭上に視線を感じるが構わずそうしていると、しばらくして小さなため息が聞こえた。
「ミウ。顔を上げなさい」
その声には、もう恐ろしい圧力は感じなかった。代わりに、呆れたような雰囲気がある。恐る恐る顔を上げると、実際呆れ顔の王様がいた。
「全く。お前にそこまでさせる事情というのは、一体何だろうな。水読に弱みでも握られたか?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「まあ、お前を問い質してもこれ以上は出るまい。……しかし、お前が奴の方を取るとはな。俺も相応に信頼を得たものと思っていたが。やはり、水の者同士通じる所でもあるのか?」
「…………」
いやーそんなことは……あるかもしれないけど、よくわからないです……。
王様がグラスを手に取り、緊張の糸がふっと切れた。
「お前も案外譲らぬからな」
「は……すみません……あの、それで、許可は頂けるのでしょうか……」
「そうだな。場合によってはせねばならんのだろうが、その前にミウ。水読の印象を率直に言ってみろ」
「は、はい?」
頑張って本題に戻すと、突然質問される。
水読の印象?
穏やか、優しい、繊細……とか、そんな感じかな? とにかくすごくいい人だ。
「成る程」
私の回答に、王様は頷いた。
「やはり、塔に行かねばならんようだ」
「ええっ!?」
どこがまずかった!? 安心してもらおうと思って答えたのに!
「お前は信用する相手を間違えている。奴を正しく理解しているなら、その答えは出てこない。あいつはもっと、性格に大問題があるからな」
え……。
ちょっと、意味がよくわからないんですが。




