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雨の冠  作者: 桃宮
4.美しき雨
24/103

12 デリケートな問題

 

 あまりにも予想外というか、意味がわからなくてポカンと口を開ける。


「一緒に住むって、ここ、本当にこの部屋に、ですか? 塔に~とかこの国に~とかじゃなく……?」

「はい」


 なんで??


「ミウさんに、水寄りになって頂く為です。この部屋は地下の泉の真上になるよう造られています。水の力が真っ直ぐ届く場所なんですよ。窮屈で申し訳ないのですが、部屋が一つ空いていますので普通に暮らせるとは思います」

「え、と……」


 部屋の構造はわかった。


「ミウさんが私の近くに居ること、そして夜、この部屋で眠ること。これがミウさんの体を水寄りに変えます」

「昼間、こちらに伺うだけでは駄目なんですか……?」

「残念ながら、あまり意味がありません。水は主に夜に動きますから」


 戸惑う私に、水読は力の「仕組み」を解説した。

 なんでも、火……日と、水の力にはそれぞれ支配する区分があるらしい。水読がしばしば口にする「管轄」がこれだ。


「初代国王が太陽を創ったその時から、メルキュリアは光と陰に分かれました。それまではずっと夜しかなかったんですよ。ですから本来この国は、水の気の方が強いんですけどね。日は、王族です。太陽と天空、熱、光を司ります。生命に目覚めをもたらし、目に見えるものを支配する役割があります。そして水の支配者は勿論、私、水読ですね。水と大地、そして夜が管轄です。暗く冷たいもの、目に見えないもの……まさしく地下の水脈などを司ります。更に、眠り自体も私の得意な区分です。条件を揃えていくことで、徐々に“泉の乙女”の器を水に染めていきます」


 徐々に、かあ……。


「一気にとかは、無理なんですか?」

「それは、ミウさんの体質的な許容量の問題で難しいです。今は入れ物が小さい状態だと思ってください。そこに一度に沢山の水を入れると、溢れてしまうでしょう? それを無視してこちらから水を与え続ける事もできますが、そうするとミウさんは私のように、ずっと眠り続ける事になるはずです。水読ならそれでもしばらくは平気ですが、貴女の場合はどんな危険があるか分かりませんから、お勧めできません」

「そうなんですか……」


 確かに、それはちょっと勘弁してほしい。


「水読さんはどうして平気なんですか?」

「……水読だから、としか言えませんね。水読は総じて長命ですし、この体は水さえあれば、かなり長い間命を繋げます。私は眠っている間、地表の泉に水を汲み上げるように、体にも水を循環させることで命を保っていました」


 なるほど。システムもさっぱり分からないし、やってみろと言われても私には無理だろう。しかもその間、多分意識はあるんだよね。あの水中にたった一人きりとか……絶対嫌だ。

 そう言うと、水読は悲しげに笑った。


「それはもう、寂しかったですよ。ミウさんが気付いてくださるまで、誰ともお話できませんでしたから。ですから私、今はとても嬉しいんです。誰かと一緒に居られるって、幸せなことですよね……尤も、元々立場もあって特に親しい相手も居なかったんですけれどね。私には家族もいませんし」

「そうなんですか……?」

「はい。水読の生まれは少々特殊で、血縁がありません」


 国のどこかで水読が生まれると、すぐに塔へ連れて来られるらしい。赤ちゃんの頃でも、髪の色や額の印で一目瞭然だそうだ。やっぱり、いくら異世界でも水色の髪は普通じゃないんだな。

 出生は血筋や場所に関係無く毎回バラバラで、本人に知らされることは決してない。生家の方も、規律に則り完全に縁を切る。国のものである水読には、血縁は存在しないということだ。

 生い立ちを聞いて可哀想になってくる。水読というのは結構、いやかなり孤独な立場だったんだな。


「で、でもさすがに、その、いきなり男の人と一緒に住むのはちょっと……どうしても、絶対に必要なんでしょうか……」

「大丈夫ですよ」


 困惑する私に、水読はいつもの穏やかで落ち着いた声で言った。

 今までで一番驚愕する内容を。


「実は、私は男性ではありませんので」

「…………はい?」


 目をパチパチする私を、水読はきょとんとした顔で見返している。

 えっと、男性じゃない? 意味がちょっと……。

 確かに、男の人にしては女性的な雰囲気を持った人ではある。でも男の人にしては、だ。声は男性だし、背も高いし、女性特有のふっくらした感じも全くない。これで女性は無理ありすぎる。

 水読は複雑な笑みを浮かべた。


「ええと、見かけは勿論男性なのですが。実際は女性なんです」

「え……?」


 見かけは男性だけど、実際は女性……つまり体は男、心は女のオカマ的な人ってこと?


「ですから、一緒に住んでも大丈夫ですよ。安全です」


 のほほんと言われ、私はポカンと口を開けた。信じられないけど……妙に納得できるというか、現実味があるのは何故だろう。脳裏に、夢の中で会った時の水読の印象がぐるぐる回る。あの時は確かに、今こうして見るよりも女性的な印象を受けたのだった。そしてあの場所には、体を置いて心だけが訪れる。でも実際はどう見ても男性だし……。


「……やっぱり、信じて貰えませんか」

「えっ」


 水読は私の手を握り、もう一方の手でそっと私の頬を包み込んだ。そして鼻先が触れるほど顔を近づける。星のように輝く瞳に、自分の影が写っているのが見える。


「こんな風にミウさんに接するのも、女性同士のつもりだったからです」

「…………!」


 近過ぎて、頬が一気に火照る。


「……でもよく考えれば、ミウさんにとってはそうではありませんよね。長いこと体を離れていたので、失念していました。驚かせて済みません」


 そう言って水読は頬から手を離し、少し俯いた。さらりと長い髪がこぼれ、額に影を落とす。神秘的な水色のヴェールの向こうで見え隠れする顔は、今にも消えてしまいそうなほど儚げだ。寂しさや悲しさがこれでもかと伝わってくる。

 どぎまぎしていた私の心に、ムクムクと何か別のものが沸き上がってきた。


 恥ずかしがっている場合じゃない。これは非常にデリケートな問題だ。

 多分、ここよりはそういうハナシの認知度が高いだろう現代日本でも扱いが難しいのに、文化の違うこの国で、しかも特殊な立場にある彼……いや彼女は、今までどんな気持ちで生活して来たんだろう。


「あの、この事は……?」

「誰にも話したことはありません。普通、信じて貰えないでしょう? 誰だって変だと思うはずですから。……ただ、ミウさんなら理解してくださるかな、と」

「水読さん……」


 水読は顔に掛かる髪を避け、ニコリと微笑んだ。悲しみを見せない姿がかえって切ない。

 誰にも言った事がなかったなら、お互いに「同性の友達」と思って付き合える人間も居なかったはずだ。本心から分かり合える相手が一人もいない生活って、どんなに寂しいだろう。

 それまでの水読の人生に思いを馳せ、目頭に熱いものが込み上げてきた。


「わかりました。私、誰にも言いません。でも、私は水読さんの味方ですから! これからは“女同士”、仲良くやりましょうね!」

「わあ、本当ですか? とても嬉しいです」


 にっこり笑う水読の手を、私はがしっと握り返した。いくら見た目は男の人だろうと、目の前に居るのは一人の女の子だ。新しい女の友情に乾杯! 相談とか全然乗るから……!

 感極まって握った手を激しく振る私に、水読はされるがままでニコニコしている。

 さ、そうと決まれば情報交換だ。親睦を深めるには、やっぱりお互いのことを知るのが一番だろう。思えば旱魃関係の会話しかしていない気がする。


「水読さんってお幾つなんですか?」

「私ですか? 24です」

「へぇ……」


 意外と若い。というか、私と近い。

 微笑みを絶やさない水読の顔を改めて見る。確かに、見た目はそのくらいだ。でも中身が落ち着き過ぎてて、とてもそんな年齢に思えない。もっと年上……それこそ実は百歳とか、二百歳とか言われても、驚きつつ納得してしまいそうな……いや、レディにそんな想像は失礼でしたね!


「ミウさんはお幾つか、伺っても宜しいですか?」

「あ、私は一つつ下の23歳です」

「そうですか、大人の女性ですね。年齢の近い者同士、ぜひ仲良くしてくださいね」

「は、はい……」


 にっこり笑って言われ、少し照れる。私の方は、全然中身も落ち着いてなくて恥ずかしい。



 和やかなムードで他愛ない話をして、そろそろお暇しようという時間になった。私は、ソファを立つ時に聞いてみた。


「あの、ここに引っ越すのはいつ頃が良いんでしょう」

「いつでもどうぞ。明日だって構いませんよ。早い方が良いですから」

「じゃあ、なるべく早く。この事、王様にお話しておきますね」


 水読との面会は、どのみち王様に報告するやつだ。その時に事情を話せばいい。もちろん、水読の性別については伏せて。


「私からお話しても良いんですよ? お願いしても大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 少し心配そうな水読に、私は任せておけ、と大きく頷いた。絶対バラさずにちゃんと説明するから、安心してよ。


「では、お願いしますね。……今日は、とても楽しかったです。ミウさんがこちらに来てくださるのが待ち遠しいです。これからは、こうして二人きりで色んな話をしましょうね」

「はい」


 水読に見送られ、私は部屋を出た。

 水読は話している間もずっとニコニコしていて嬉しそうだったので、私も良い行いをしたような気分で階段を降りた。


 ――しかし、完全にドアが閉まり、足音も遠ざかった頃。


「あれでは、レオが心配するのも分かりますねー」


 水読がそう呟いていたなんて、私は全く知らないのだった。


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