8 起きたけど保留
はあ、疲れた……。
無事に水読を起こせたらしい。
その事実を噛み締め、私は大きく息を吐いた。体がすんごいダルい。全力で泳いだ後みたいな倦怠感がある。
ぐったりしていると、水読が指を伸ばし私の額にそっと触れた。滲んでいた汗を拭ってくれたようだ。こんな風に疲れているのは私だけで、水読も王様も、見る限りごく普通の様子だ。
「老師に知らせを」
王様が控えの神官に指示し、階段へと掛けていく足音が聞こえる。耳でしか分からないのは、視界を殆ど塞がれているせいだ。半分は水読の姿に、そしてもう半分は王様に。後者が私を覆うようにして抱きとめているので、その体に遮られて入口側は何も見えない。
って、え、抱きとめ……?
「すすすみません!! お、おきっ」
呑気に伸びてる場合じゃなかった。キランキランかつ超威厳溢れるこちらの国王陛下を肘掛け椅子にしてはいけない。大慌てで起きようとし、しかし失敗する。
「こら。大人しくしていろ」
窘める声が思わぬ近さから降ってくる。止められるまでもなく、私は芋虫の様にのたうった。そういえば、それぞれに両手を預けたままで起き上がれるわけがなかった。
上を仰げば美貌と目が合うし、横を向けば水の精霊みたいな顔が覗き込んでいる。気まずい。恐れ多い。どちら様も、もう手離していいです。気付いてください。
「どうする。部屋まで運ぶか、少しここで休むか」
「でしたら、私の部屋をお貸ししますよ。近いですし」
割と本気で半べその私をよそに原因の方々の間で何事か決まり、突然体が宙に浮いて私は声を上げた。王様が私を抱き上げたのだ。
「あ、あのあの歩けます! 大丈夫ですから」
「良いから、じっとしていなさい」
ヒィーホントにやめて恐れ多いいいいぃー!! ていうかあなた王様じゃん、そんなの下々の者つまり私に任せろよ! 這いつくばってでも自力で動くし! というようなことを真剣に訴えたが聞き入れられることはなく、王様は私を抱え出口に向かう。水読も特に止める気は無いらしく、病み上がり(?)だというのに何事もなく起き上がると追い抜いて先を歩いていく。
せめて少しでも軽く……と王様の手を肩に掛けてみたけど、ダメだ。顔が熱くて耐えられない。どうしよう。もうすぐ心臓爆発して死ぬと思う。
運良くその前に到着した搬送先は、水晶の小部屋のすぐ下の階だった。ここが水読の住まいらしい。ふかふかの大きなソファに下ろされ、私はさっきどは違う理由でぐったりと息を吐く。心労だ、心労。
部屋は半円に近い扇型をしていて、上の階とは違い、薄い透明のガラス窓が壁に嵌まり明るかった。
王様と水読も別の椅子に腰を下ろし、早速今しがたの出来事について話を始める。クッションに寄り掛かってしばらく聞いていると、だんだん手指に力が入るようになってきた。それでも一応大人しく、質問が振られた時だけ答える。
「では、ミウは真実“泉の乙女”という事か」
「ええ、そうです」
中身はともかく体は、と注意書きが付くが、これは確定らしい。水読との夢でのやりとりや起こすに至るまでの内容を、王様は興味深そうに聞いた。
幾らか経った頃、あの爺さん、もとい神官長が訪ねてきた。
「少し具合が」
水読はそう断り、王様だけが立っていった。何故か爺さんは部屋に入れず、ドア口で立ち話をしている。
「ミウさん」
二人きりになると、水読が話し掛けてきた。
「まさか、こんなに早く起こして貰えるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「いえ……」
早かったかな? 結構、時間掛かったような気がするけど。
「いいえ、もっと……そうですね、半日くらい掛かるかと思ったんですよ。一度に無理なら日を跨いででも、と」
「えっ。そうなんですか?」
私は目を見開く。そんな気の長い話だったのか。
「はい。ミウさんは、その体以外に“泉の乙女”の力は殆ど無いとご説明しましたが、どうやら素晴らしい直感をお持ちのようですね。私に、日の力を直接繋いだでしょう。あれには流石に飛び起きましたよ。まさか、そんな事が可能だなんて」
水読は苦笑している。
何だかよく分からないが、上手くやれたらしい。あれに王様を長時間付き合わせるのは個人的にものすごく恐縮なので、短時間で済んだなら本当に良かった。
「……あ。あのそれで、雨は」
「ああ、そうでした」
ホッとしたついでに肝心な事を尋ねると、水読は頷いて私の両手を取った。向かい合う様に体をずらす。
正面に見えた額に一瞬、あの逆涙型が見えた気がした。なんでかというと、見えてもおかしくない距離だったから。
身構えるまでもなかった。
何か思う間もなく、それは重ね合わされた――つまり、おでこが。
コツンとぶつけられて、思考が一瞬飛ぶ。すぐそこに、伏せられた長い睫毛がぼやけて見える。透き通るような綺麗な色の髪が、私の顔にも被さる。
「なんっ、み、水読さん!?」
「……うーん、今日中はちょっと難しそうですね」
ぎょっと声を上げると、水読は額を離した。
なんだなんだ!!? 曖昧な、あの夢の中と今は違う。文化の差なのか、こっちの人達ってスキンシップに躊躇がなさ過ぎる気がする。ノーカウントって。日本なら絶対、せめて直前にこれこれこうしますよって声掛ける。
「雲を呼ぼうと思ったのですが、干渉できる力が足りませんでした」
「え……雲? よくわからないんですが、雨は降らせられなってことですか?」
「いいえ、そうではないですよ。今日中は難しくても、そう遠くない内に解決しますから安心してくださいね」
悲壮な表情の私に、水読はにっこりと訂正を入れた。
「私が雨雲を作るには、ミウさんの体を介して空に水の力を届けるという方法があるのですが」
「……私の体、ですか」
よくわからない。水読って水を司る超能力者?みたいな人じゃなかったっけ? 雨も降らせること出来そうだけど、やっぱり“泉の乙女”の何かが必要なんだろうか。
「“泉の乙女”の体は火と水、天と地を繋ぎます。基本は水寄りですが、水読と違って完全に極化している訳ではありません。両極に親和性があるんです。雨を降らせる場合ですけれど、私は本来、空の水までは干渉できません。水は私ですが、空は王族の管轄ですから」
「は、はい……?」
よく分からないけど、そうなんですか? 管轄?
「今は、ミウさんの中に蓄えられた『日』の力を通じて空の水を動かそうと思ったんですが、少し足りなかったようです。出来ると思ったのですけど……それから、私が地下に居たせいで地上の水位が下がってますね。これを戻してからのほうが良いでしょう。呼び水、といいますから」
「はあ……」
何のことやら。生返事をする私を見て、水読は不思議そうな顔をすると、真似するように首を傾げ微笑んだ。透き通るような水色の髪が、白い衣服の上で折り重なる。
「今日はもう、ミウさんは休んでくださいね。疲れたでしょう、よく頑張りましたから。水回りは心配しないでください。雨については、明日以降またお手伝いをお願いしても良いですか?」
「はい」
頷くと、水読の手が私の髪を優しく撫でる。
今日はいいのか……良かった。もしまたあの激流に晒されるなら、ちょっと今は気力が足りない。
あ、でも王様との話し合いがあったような……いや、もう水読が起きたから必要ないのか?
丁度そう思ったとき、ドア越しに王様が顔を出した。
「ミウ、体はどうだ」
「あ……平気です。ご心配おかけしました」
「そうか。お前がそれを起こしてくれた故、話が変わった。悪いが、今日は部屋へ戻っていてくれるか。送らせる」
よっしゃ、王様もそのつもりのようだ。
「ではミウさん、また」
「はい」
手を振る水読に見送られ、私は部屋を出た。王様や神官長にも挨拶し、長い石段を降りる。
◇
「可愛らしい方で嬉しいです」
「お前、手は出すなよ」
――私が帰った後でそんな会話が交わされたらしいが、私の耳には入るはずもなく。
◇ ◇ ◇
石段からは、ここへ来るときの護衛の人達が一緒だった。大所帯でちょっと歩きづらい。階段を下りきって塔から渡り廊下へ出た所で、私は数日振りに見知った顔を目にした。
「あ」
「……!」
ブロット氏だ。相変わらず幸の薄そうな、陰気な顔つきである。なんでここに立ってるんだろ。私を待ってたのかな?
一歩近付くと、護衛の人達が警戒して止めてくる。
「大丈夫です、知り合いです」
そう伝えたが、あまり効果はなさそうだ。ブロット氏は、例の事件じゃ下手人の叔父という立場なので当然か。
「ミ、ミウ様、これを」
護衛達に怯えながら、氏は袖から紙切れのような物を取り出した。メモかな? 彼はこれを私に渡すために待っていたようだ。
受け取ると、ブロット氏はおざなりにお辞儀をし逃げるように塔へ消えていく。なんかあの人、ハムスターとかネズミ系ぽい動きするよね。
それでこのメモ、なんだろう?




