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「帰るとこないんです」
私は緑旗袍の裾を掴みたい様な気持ちで言った。
「女中してたお宅が苦しくなって、私は暇を出されたんです」
緑旗袍は再び立ち止まる。
しかし、振り向いた顔は陰になっていて、彫り深い眼窩の奥は読み取れない。
「それで、上海なら仕事があると思って……」
私はそこまで話すと、芝居でなく掌を両目に当てた。
「お針でもお掃除でも何でもしますし、夜は床下にでも寝ますから、しばらくお宅に置いて下さい」
「本当に、何でもするのね?」
撫でる様な声がした。
「はい」
私は涙を拭って鼻を啜った。
「あたしは、厳しいわよ」
女は挑む風に告げると、閉じた唇の両脇をきゅっと上げた。
改めて眺めると、白い顔、茶緑の瞳に対し、血の様に紅い唇をしている。
「置いて下さるだけで感謝します」
頭を深く下げながら、ここは跪くべきかと迷った。
「じゃ、行きましょう」
女は事も無げに言うと、また歩き出した。
私は三歩ほど間を置いてその後に従う。
「あたしは、姓を白、名を蓉香」
緑旗袍は歩きながら、こちらを振り向きもせずに言い放った。
「この辺りでは、蓉蓉と呼ばれてるわ」
風に紛れて、蓮よりもう少し濃く甘やかな香りが漂ってくる。
「私は姓を姚、名を莉華と申します」
「リーホア?」
白蓉香と名乗った緑旗袍は怪訝な声を出したが、すぐに行く手に向かって告げた。
「じゃ、あんたは莉莉ね」