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上海リリ  作者: 吾妻栄子
45/50

<45>

踵だけ高い靴で階段を降りるのはともかく、昇るのは何とか慣れた。


階段を上がり終えると、視野がすっと明るくなる。

それでも、まだ外と比べれば薄暗いくらいだ。


今はちょうどお昼時だから、とそこまで思い当たると、軽く腹の虫が鳴くのを感じた。

ありがたいことに、私を含めた三人の靴音で紛れたが。

ハイヒールは、少なくともこの点に限って有用だ。


「屋台って、ここのすぐ近くにあるの?」


私は黙って先を歩いていく二人に、声を潜めて尋ねた。

この舞庁ダンスホールの廊下はひっそりした中に足音がカツカツ響くので、何とはなしに大きな声を出すのが憚られる。


「ここから五分とかからないわ」


薇薇の振り向いた笑顔にほっとする。

ぷっくりした頬に大きく笑窪が入るのが、まるで出来立ての肉饅頭ニクマントウみたいで、これも「可愛い」というより、やっぱり「おいしそう」に見える。


「あたしたちは大体、そこでお昼は済ますの」


莎莎は説明しながら、何だか面目なさそうに目を逸らす。

横から眺めると、こちらは薄手の小さな顔や厚みのない体つきが一層目立った。


「そうなんだ」


私は努めて自然な笑顔で頷く。

人前で踊る仕事なのだから、顔つきには気を付けなくては。


それはそれとして、屋台では何を食べようかな?

というより、私の手持ちだとお粥くらいしか買えないな。

靴音に紛らして、小さく溜息を吐く。

まさか、この二人が奢ってくれるとも思えないし、この二人がそこまで新入りの私にしてやる義理もないだろう。

そう思うと胸がまた縮む心地がして、何とはなしに先を歩く薇薇と莎莎の背を見やる。


後姿だと、莎莎は蒼白い旗袍の上からもそうと窺い知れるほど痩せ細った背中をしていた。

ハイヒールで一歩一歩踏み出す彼女の足首は、格好良く引き締まっているというより、そもそも肉と呼べる肉がほとんど付いていなかった。

私も同じ様な脚をしているけれど、多分、後姿は、莎莎よりもっとみすぼらしいんだろうな。


「今日は何食べよっかな?」


薇薇のウキウキした呟きが耳に入る。

莎莎からそちらに目を移すと、大きな鳥の巣頭の下で、ぷっくりした耳たぶにぶら下がった偽の石榴ざくろ石が楽しげにチラチラ揺れているのが目に入った。

この子だって、そうお金はないはずなのに、何を食べたらこんなモチモチした体つきになるんだろう?

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