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上海に出さえすれば、後は飛び込みで何とか住み込みの仕事が見つかる。
当初の思い込みがいかに甘かったかすぐに思い知らされた。
お針道具を抱えてどこかの仕立屋に入っても、まず相手は私の垢じみた綿入れ姿を目にした瞬間、物乞いでも眺める様な目付きになる。
「蘇州の周挙人のお宅で働いていた者です。お針は得意ですのでここで働かせていただけませんか」
勇気を振り絞ってこちらが切り出す。
「紹介状がなきゃ受け付けないよ」
こんな風にはねつけるのはまだマシな部類だ。
大半は、こちらが必死になって今まで刺繍した巾を一枚一枚出して見せても、丸っきり返事もしなければ目もくれずに奥に引っ込む。
そして、仕立ての客が店に爪先を踏み入れた瞬間、脱兎の如く飛び出してきて、客のご機嫌を伺う。
そして、私は拒絶の言葉さえ与えられずに、また通りに出て次の飛び込み先を見付けることになる……。
もう、日暮れが近い。
私は汗を拭いながら、とにかく片方の足をもう片方より前に進め続けていた。
行く手に掲げられた看板の屋号をひたすら目に入れながら、その実、自分が今、上海のどんな界隈を歩いていて、どんな場所に向かっているのかも分からない。
「冗談じゃないわよ!」
甲高い怒声が不意に耳に飛び込んできた。