<24>
「あなた方は、どちら様ですか?」
鍵を開ける前に聞くべきだったと悔やみつつ、尋ねる。
「てめえこそ、誰だよ」
二人の男の子の内、太って背の低い方がこちらに顎を突き出した。
椿油と一緒に埃まで塗り込んだ髪に、大きな目玉のギョロついた、ニキビだらけの顔をしている。
向かい合っていると、何だか汗臭い匂いがした。
「さっきの電話はお前だな」
あのガラガラ声か!
相手の声音に私は改めてムッとする。
扉をいきなり開けてぶつけておきながら、こいつは謝りもしない。
「人に名前を聞く時はね」
扉のこちら側の取っ手をそっと取ると、思い切り前に押した。
「まず、自分から名乗るものよ」
「あいて!」
扉の縁がガラガラ声の団子鼻を強かに打った。
「この……」
鼻を押さえた掌を放して、そこに付いた血を確かめると、ガラガラ声のギョロ目がカッと血走った。
まずい!
慌てて扉を閉めようとしたが、その前にガラガラ声が中に突進してきた。
「なめた真似しやがって!」
鼻血で汚れた指先が私の襟元を掴んだ、と思った瞬間、ガラガラ声は背後から羽交い締めにされる。
「やめろ、阿建!」
それまでずっとガラガラ声の背後にいて黙っていた、痩せこけた蒼白い顔の男の子が必死に相棒を押さえ付ける。
「放せよ!」
阿建と呼ばれた、ガラガラ声の男の子は羽交い絞めにされたままもがく。
――罠に掛かった野猪みたい。
肥えた真ん丸い顔といい、太く短い手足といい、その様子は何だかそんな風に見えた。
もう一人の男の子がか細い腕でそれを必死に押さえ付けているわけだが、ガラガラ声が腕の中でもがくたびに、こちらの方は洗いざらした様に油気のない黒髪が、蒼白い額にはらりと掛かる。
「女には手を上げるなって哥哥にも言われただろう!」
蒼白い男の子がガラガラ声の相棒に耳打ちする。
すると、野猪男はようやく抗うのを止めた。
「俺は梁曉明。さっき電話した『小明』だよ」
蒼白い顔の男の子は大人しくなった仲間を放すと、私にそう名乗る。
「こいつは杜建成。『阿建』て呼ばれてる」
名指しされたガラガラ声は、こちらを睨み付けたまま、手の甲で鼻血を拭った。
「俺も、さっき電話しただろ」
あんたの名前は聞いてない。
「私は姚莉華です」
小明の目を見据えて言った。
「昨日からこちらでお世話になっています」
多分これも言うべきだろうと思ったので、続いて付け加える。
「姐さんたちからは、『莉莉』と」
「莉莉?」
阿建が鼻を押さえたまま、小ばかにした風にギョロ目の太い眉をちょっと吊り上げた。
小明は逆に寂しげな顔つきになって、私の足許に目を落とす。
その視線に釣られて自分の足許に目を落とすと、蘇州から出てきた時の破れ靴が目に入った。
この人は、私を憐れんでいるのだろうか?
まあ、乞食同然で姐さんに拾われたのは事実だし、今更隠しようがない。
二人の靴を見やると、阿建は髪と同じく油と埃でテカった靴を履いていたが、小明は古ぼけた靴を履いていた。
何だ、こいつらだって、似た様なものじゃないか。
私がそう思った瞬間、小明が口を開いた。
「ここに劉偉霖という人は来てないか?」
鼻血がまだ止まらないらしく、顔を上向けた阿建も口を挟む。
「ほら、背のでっかい人さ、俺らの哥哥なんだ」
偉哥の本名を初めて知った。
「偉哥なら蓉姐と一緒に出掛けたわ」
そこまで口にしてから、私の寝てる間に二人が別々に外に出た可能性もあることに気付いた。
「どこへ?」
小明がまた問う。
「分からないわ」
私は首を横に振る。
むしろ、こっちが聞きたいくらいだ。
「私が目を覚ました時には、二人とも居なかったから」
二人とも、どこに行っちゃったんだろう?
「何だよ、頼りねえなあ」
阿建は声高にそう言うと、黒く煤けた袖で鼻を擦った。
やっと、鼻血が止まったらしい。
「じゃ、中で待たせてもらおう」
言うが早いか、阿建の埃の付いた靴が応接間への廊下をズカズカ進んでいく。
「あ、ちょ、ちょっと」
うちに汚れを持ち込むな!
「俺らは何度も来てるから、部屋に入れても蓉姐は怒らないよ」
そう語りながら、小明は扉を閉めて、錠を挿した。
「小明、馬鹿はほっとけ」
阿建が振り向いて言い捨てる。
何も言い返せなくなった私は、二人の後に従って応接間に向かった。
勘の良い方は既にお分かりかと思いますが、小明と阿建は青幇組織における偉哥の舎弟であって、「哥哥」と呼んではいても三人の間に血の繋がりはありません。
「姐さん」と呼びはしても、蓉姐と莉莉が実際には赤の他人であるのと同じ理屈です。