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魔法

 アキの声に気づき、兄が目を覚ます。辺りは暗くまだ夜中だった。薄目を開けてアキを見ると、彼女の体が小刻みに震えているのがわかった。薄っぺらい毛布をかぶり、体を丸めるようにしている。

[う~、寒い~]

 アキがしきりにつぶやく。そんな露出の多い服を着ているからだ、と私があきれていると、兄は心配そうに立ち上がった。

 そして、特に何をするでもなく、行動の指揮権が私に移される。

 アキが寒がる。兄が棒立ちになる。私が困る。

 とにかく、彼女を何とかしなければならないのだろう。

 アキに話しかけると、彼女は驚いてびっくりマークを出し、ベッドから起きた。

[起しちゃったかな? ごめんね。少し寒くて]

 私が兄であったら着替えを推奨するが、兄はただ黙っているだけだ。

 たぶん、アキを温かくしてあげればいいのだろう。私は部屋を見渡し、何か温まりそうなものはないかと物色を始めた。

 しかし、簡素を極めたこの部屋にはお湯も用意されておらず、使えそうなものと言えば兄が使っていた毛布くらいだ。これを渡すしか道はなさそうだが、そうすると今度は兄が寒くなるのではないだろうか、と思う。それに、ゲーム内の、それも兄とは違う容姿性格の男性とはいえ、兄が他の女性に優しくしているのを見るのは、あまり気分の良いものではない。

 天啓がひらめいたのは、その時だった。

 私はアキの目の前に立つ、コマンドを表示した。魔法の欄に移り、覚えたての魔法『ヒート』を使用する。

 燃えるような音が鳴り、アキに火がともる。彼女が部屋中を駆け回り、やがて火は消えた。

[何するの? 寒いとは言ったけど、火の魔法で攻撃することないじゃない。熱くて死んじゃうよ!]

 怒りをあらわにするアキに私は戸惑いを隠せない。攻撃とは何たる言い草だろうか。ヒートとはその名の通り、周辺を温かくする魔法ではないのか。暖房としての効果を期待していたが、火がともるとは思いもよらない。

 私は説明書を手に取った。魔法の乗っているページを開き、ヒートの説明を読む。『高熱の炎で敵一体を攻撃する』と書かれている。非常に危険な攻撃魔法だった。というか、私の考えていた補助魔法も戦闘での補助であって、日常生活においての補助という意味ではないようだ。アキさんごめんなさい。

[君、魔法が使えるってことは、まさか結構強い……?]

 アキが一歩、後退する。彼女は今さら気づいたようだ。見た目で人を判断するとは愚の骨頂だろう。兄は頼りなさ気に見えるが、それほど頼りなくはない。ゲームをしている時の横顔の凛々しさなど筆舌に尽くしがたいほどだ。

 それに何と言っても兄はレベル2なのだ。強いに決まっている。

 画面上に選択肢が出る。『はい』か『いいえ』の二つだ。私は迷わず『はい』を選んだ。

[そ、そうなんだ。わ、私もう寝るから、変なことはしないでね。お願いだから]

 アキは怯えたように毛布をかぶった。言われずとも変なことなどするはずがない。もし兄が何かしでかそうとしたら、電源を切ってソフトをゴミ箱に捨ててやる。

 再び震え始めたアキを前に、指揮権が私に移る。ベッドに戻ると、兄が自分の毛布に目をやった。

 それを手に取り、アキに近づく。警戒するように、彼女の震えが止まる。

 毛布を掛けてあげると、アキは目を見開いて兄を見た。

[あ、……ありがとう]

 そう言って、アキは微笑んだ。その可愛らしさに、私は思わず息を飲む。そんな笑顔を見せられたら、兄とはいえどうにかなってしまうのではないだろうかと心配したが、兄は何もなかったように自分のベッドに戻った。

 そして朝が来た。

 兄のHPは一杯になり、風邪をひいている様子もない。

[おはよう。昨日は眠れた?]

 毛布を抱きかかえるようにしてベッドに座り込んでいるアキが声をかける。上目遣いに小首をかしげる所作に、私は眉根を寄せた。ちょっと優しくしただけなのにずいぶんと気に入られたようだ。好かれたと言った方が正しいかもしれない。あんな場面に出くわせば、誰だって同じようにしただろうに。まあ、兄を好きになってしまうのは仕方ないのかもしれないが。

『これはゲームの中での話だからね』

 釘をさしておかなければ、現実の女性にも好かれやすいと勘違いしかねないと私は思った。いや、実際に好かれやすいとは思う(私の憶測)けれど、それを自覚しているか否かでは行動が大きく異なる。

『? わかってるよ』

 それなら良いんだけど。

 ゲームの世界の兄が頷く。アキは立ち上がり、大きく伸びをした。

[これからどうするか、決まってる?]

 兄は首を振った。伝説の薬草のありかの見当もついていなければ、見当のつく見当もついていな現状だ。一旦、実家に帰るという選択もある。

[じゃあさ、私に付き合おう]

 私は首をかしげた。兄もそうした。

[西の洞窟に行こうと思ってるんだけどさ、一人だと危険だなあ、って思ってたんだよね。君、強いんだし、一緒に行くと良いと思うよ]

[ああ、良いよ]

 兄が快諾する。いやいや、良く考えるべきだろう。わざわざ危険なところに行く意味も理由も義理もない。むしろ恩があるのは向うの方ではないか。

[え、そんなあっさり頷いてくれるとは思わなかったなあ。一応、言っておくけど、その洞窟にも伝説の薬草の噂はあるからね。交渉材料に使おうと思ってたんだよね。必要なかったけど]

 アキは先に街の外で待っていると言って、部屋を出た。私もすぐに後に続き、街を出る。

 外ではアキが待っていた。

[じゃあ、行こうか]

 アキが兄の後ろに着く。動くと、すぐ後をついてくる。まるで背後霊だ、とうろうろしていると、敵が現れた。

 今回のモンスターは二体だった。しかし、こっちも二人だ。兄のステータスの横に、アキのデータも表示される。

 アキはレベル3だった。兄より強いではないか。

 私は昨夜に誤射した魔法のコマンドを選んだ。

 戦闘が始まる。兄が魔法を使った。兄の手が炎に包まれやがて火の球になり、モンスターにぶつけた。相手はくらうと、一撃で倒れた。何て強い魔法だろう。よくアキはこれを受けて死ななかったものだ。

 次のアキの攻撃でもう一体も倒れ、見事に勝利を収めた。敵は経験値とお金と、今回は薬草(伝説ではなさそう)を落とした。私はそれを拾い、西に向かった。

 ゲーム開始から一時間以上が経っていた。私はコントローラーを置き両肩を揉んだ。


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