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アキ

 魔法と一言で言っても様々あり、その用途によって攻撃系や回復系などに分けられる。兄の覚えた『ヒート』という魔法は、たぶん補助系だろう。

 早く使ってみたい気持ちを抑え街に入ると、すっかり日が暮れていた。ゲームとは思えないような綺麗な夜空が映り、私は感心して声を上げた。

入口付近で足を止める。兄が手持無沙汰に突っ立っている。私も同様に、コントローラーを置いて所在なく画面を眺めた。

『どうした?』

 兄が聞いた。何と答えるべきか、と頭を悩ませる。

『伝説の薬草の情報を集めようと思う』

『そうだな』

『どこに行けばいいの?』

『どこというか、いろんな人に話しかけたり、家に入って探したり』

「む~」

 唸り声が出る。情報一つ集めるのもなかなか大変そうだ。どのゲームも大体はそうなのだろう。人見知りの兄に良くそんなことができるものだ。

 とりあえず、私は入口の近くでうろうろしているおばさんに、恐る恐る話しかけた。

[ようこそ。ここは城下町カランだよ]

 気さくな人だ、と私は安心すると同時にくじ引きでいきなり一等を引いた気分になった。彼女のようなご婦人はご近所さんを中心に強大かつ強力なネットワークを持っているものだ。きっと伝説の薬草の在り処を知っているに違いない。いや、それどころか常備している可能性も否定できない。

 私は期待に胸を膨らませ、再び彼女に話しかける。

[ようこそ。ここは城下町カランだよ]

 私は目を疑った。まさか同じ台詞を言われるとは思いもよらない。困惑した私は彼女の周りを無意味にうろうろした。もう一度、話しかけるべきだろうか? 兄が地味だから印象に残らず、初見の人間だと間違えてしまったのかもしれない。あり得る話だ。認めたくはないが、私の兄は影が薄い。

『その人はそれしか話さないぞ』

 三度ボタンを押そうとした時、兄からメールが届いた。何を言っているのだ、と思ったが、ここはゲームの世界だった。兄が言うのだから、間違いはない。

『そうだと思った』

 それから、夜の街に繰り出している人々に聞き込みをしたり、民家に勝手に入り込んで部屋をあさったり、街中を駆け回ったが有益な情報が得られなかった。

『今日はもう遅いし、明日にしようよ。どこかに泊まれるところはないの?』

 私の提案に兄も賛成し、宿屋に向かうことにした。

 宿屋に着くと、受付のカウンターで露出度の高い鎧を着た女性が何やら話をしていた。

[だから、そんなに持ってないって言ってるんだよね。安くしよう]

 はしたない女性が品なく騒ぎ、宿屋の主人が困った顔を見せる。

[これ以上に値下げをしたら、商売になりませんよ]

[じゃあ、友人ってことにすれば良いんじゃない?]

[こんなわがままな友人はいりません]

 おお、ずいぶん酷いことを言う店主だ。まあ、兄の話ではこんなに大きく栄えた街で宿屋が一つしかないのだから、傲慢な態度を取っても許されるのだろう。

 女性はあからさまにむくれて見せ、その場で腕を組んだ。すごく邪魔だ。私(兄)が主人と話せないではないか。

 仕方なく、女性に話しかける。

[取り込み中だから、後にして]

 女性が言った。私は眉をひそめた。もう一度、話しかける。

[もう、何なの? 君も泊まりたいの?]

 選択肢が出て、私は『はい』を選ぶ。宿屋に来ているのだから、目的は宿泊に決まっている。

[ここ、高いよ。一泊20Gだって]

 20Gは高いのだろうか? 私は首をかしげた。それくらいならば問題なく払える額だ。むしろ私には良心的な値段設定にも思える。素泊まりだとしても、ずいぶん安い。

[他の街だと、大体ここの半分くらいなのに]

 なるほど、それはダメだ。競合他社がいないからって客の足元を見るような商売の仕方は、気に入らない。

[君もそう思うでしょ?]

 私は大きく頷き、『はい』を選んだ。

[ほら、この人も言ってるよ。安くしよう]

 主人は困ったように女性と兄を見比べ、やがてため息をついた。

[そんなに言うなら、二人で泊まってはいかがですか? そうすればお望み通り、半額になりますよ]

「何をバカなことを!」

 私は思わず叫んでしまった。兄が見ず知らずの女性と同じ部屋に泊まるなんて許されないに決まっている。知り合いでも許さないけれど。

 女性が未知の動物を観察するような目つきで兄を見る。背後に回り、やがて正面に戻ってくると、女性は悪戯っぽく口角を上げた。

[いいよ、それで。君、弱そうだしね。変なことにはならないだろうし]

 私はムッとして鋭い目つきで画面内の女性を見た。自分だって大して強くもなさそうなくせに。そんな露出度の高い鎧で何を守れるというのだ。ほぼ普段着の兄が言えた義理ではないが。

 私と兄の反論を待つことなく話は進み、兄と女性は部屋に入っていった。

『変なことしちゃダメだよ』

『しないから。ていうか、俺の意思で動けないし』

[私はアキ。君は?]

 アキと名乗った女性が手を差し出す。兄はそれを握り、彼女にならって名を名乗る。

[アキは旅人だね。どうしてここに?]

 兄の問いに、アキは首を振る。

[どうでもいいんじゃない? そんなの]

 そんなことはなかろう、と私は追求を期待するが、あまり言いたくなさそうな彼女の様子を察し、兄は別の質問をした。

[今までに、他の街には行った?]

[そうだね。それなりに]

 兄が身を乗り出す。その勢いにアキは目を見開き、一歩下がった。

[伝説の薬草について、何か知ってることはないか?]

 突然、アキが兄を突き飛ばした。意味不明だ。アキはそのままベッドに飛び乗り、壁を背にした。怯えたように兄を見つめる。なんだなんだ、と私は混乱する。

[君、皮紋病? 近寄らないでよ! うつったらどうするの!]

[俺は皮紋病じゃない。それに、触ってうつるものでもない]

 兄が一歩近づくごとに、アキの顔に恐怖が拡がる。目に涙が浮かび、それを認めた兄は足を止めた。

[違うよ、ほら]

 手錠をかけられるのを待つ囚人のように、兄が手を伸ばす。ようやくアキは落ち着いたようで、ベッドにへたり込んだ。

[家族が皮紋病に?]

 兄が頷く。

[どうしてそれを?]

[伝説の薬草なんて言い出すのは皮紋病の人間か、その家族だって相場が決まってるし。ああ、面倒な人と相部屋になっちゃったよ]

 アキがため息をつく。どうやら妹(私ではない)の病気はこのゲーム内では深刻なものらしい。が、無理やり相部屋にしといてその言い草はないだろう。今すぐ部屋を変えてもいいのだ。というか変えてほしい。

[何か知ってることはありませんか?]

[あると言えばあるし、ないと言えばないよ。そもそもそんなどんな病気でも直せる薬草があるのかすら眉唾物なんだから、その所在だって噂レベルならいくらでもある。けど、たぶんどれも間違ってる]

[そうですか]

 兄があからさまに落胆し、肩を落とす。

『伝説の薬草なんて本当はないの?』

 私は兄にメールを送る。返事はすぐに着た。

『それを聞いたら、面白くないだろ』

 何となく感づいていたのだが、兄は私にゲームのクリアをさせたいだけではないようだ。いわゆるゲーマーである兄のことだから、クリアしたことがあるのだろうし、それならば兄の指示に従った方が早く終わり、早く戻れる。それなのに、私にゲームを楽しませようとしているように思える。楽観的なのか、危機感がないのか。

[まあ、気長に頑張りなよ。私はもう寝るから。おやすみ]

 アキがベッドに横になる。

兄はしばらく呆然と立ったままだった。


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