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旅立ち


 ムービーが始まった。広大な平原に、見たことのない動物達(モンスターというやつ?)が群れをなしたり、戦ったりしている。やがて遠くに建物が見えてきた。周囲が高い塀で覆われ、中は所狭しと家が建てられている。

 場面が変わる。街中の大通りを人々が歩く。画面が一人の男を捉えた。男は人の流れを切り裂くように早足で歩いていた。手に持った袋を大事そうに抱え、人とぶつかってはよろめく。頼りなさげで、何となく誰かに似ているような気がしないでもない。

 そういえば、と私は画面を注視した。ゲームの中にいるという兄が、どこかに映ってはいないだろうか。しかし、どこかの民族衣装のような服装の人々が映るばかりで、兄の姿はない。大体、ゲームの中とは何なのだ。まさか兄に限って嘘をついているとも思えないが、あまりに非現実的な話だ。ゲームの中って。

『どこにいるの?』

 と私は問いかける。画面の男は人混みを抜け、狭い路地に入った。薄暗く、じめじめした雰囲気が漂う。

『どこって、目の前』

 私はとっさに顔を上げた。しかし、兄はいない。あるのはテレビで、相変わらず男が一人、映っているだけだ。その男が今にも崩れそうな家の小さな扉を開ける。

『男の人がいるだけで、お兄ちゃんはいないよ』

『いや、その男が俺だから』

 私はため息をついた。いくら自分の容姿が気に入らないからって、ゲームの登場人物を自分だと思い込むのはどうなのだろうか。確かに画面の男はカッコいいと思えるが、兄だって見た目が悪いかと聞かれればそんなことはないだろうし、私の個人的な意見を言わせてもらえば、兄もそれなりにあれだと思うわけで。きっと私以外にもそう感じる人がいるに違いない。だから兄よ、あきらめてはいけないと思う。

 私が勝手に励ましていると、携帯電話が震えた。

『外見は俺とは違うぞ。性格も違う。でもそいつは確実に俺なんだよ。嘘はついてないから。信じてくれ』

 私の思考を読んだような文面だ。

(信じろと言われてもなあ。まあ、付き合ってあげるけど)

 そうこうしているうちに、男(兄)は一つの部屋に入り、ベッドの傍らの椅子に腰を下ろした。兄(男)がベッドを覗き込む。そこには少女が眠っていた。

 少女は兄に気づくと、うっすらと微笑んで見せた。血色が悪く肌が異様に白いせいか、そのまま消えてしまいそうに思える。

[おかえり、お兄ちゃん]

 少女は言った。私の兄に。ゲームの話だとわかってはいるが、それは私の兄だ。お兄ちゃんと呼んでいいのは、私だけだと思う。

 楽しげに会話をする二人を横目に、私は居住まいを正す。

『これはどういう話のゲームなんですか?』

 昨日のこともあるし、まさかいやらしいゲームではなかろうか、と不安がよぎる。そんなゲーム私にはできないし、兄がこの男だというのならば、させたくない。

『簡単に説明すると、病気の妹を直す伝説の薬草を手に入れるために主人公(俺)が旅をする話。まあ、普通のRPGだよ。ドラクエとかやったことない?』

 あまり私をなめてもらっては困る。ドラクエがとても売れているゲームだということは知っているが、やったことなどない。お兄ちゃんごめんね。

『そうだよなあ。結衣子はゲームやらないからなあ。…………彼氏とかいないの?』

「いないよ!」

 私は悲鳴にも似た声をあげていた。彼氏なんているはずがない。乱れた呼吸を整え、返信する。

『男友達は?』

『いません』

 私は即答する。男の人は苦手なのだ。少し怖くて、事務的な話をするだけでもおっかなびっくりになる始末な私に、彼氏はおろか男友達なんてできるはずがないし作ろうとも思わない。まあ、兄と話せれば、それでいいのではないだろうか。ダメだろうか。

『そっか。やったことある人なら、早くクリアできると思ったんだ。結衣子は可愛いのにな。クラスの連中は見る目がない』

 体の内側が火あぶりにあったように熱くなる。視線が揺らぎ、じっとしていられない。深呼吸を三回した後、もう一度メールを見る。見間違いではないようだ。可愛いって。ふふふ。

『私、頑張るよ!』

 それはもう、メロスくらいに。

『うん、ありがとう』

 話は先に進み、兄は家を出て洋風のお屋敷に向かった。綺麗ではあるがなんとなく気に食わないお姉さんに案内され、気品のあるおじいさんのいる居間に入る。

 兄が深刻そうに告げた。

[旅に出ようと思います]

 兄の告白に、おじいさんとお姉さんは驚きの表情を浮かべた。そして私も驚いた。

 病気の妹はどうするのだ、と思っていると、私の疑問を代弁するかのように、おじいさんが口を開く。

[エリスはどうするのだ?]

 エリスとは妹の名前だ。ちなみに兄はリエルという名前らしい。リエルって……。祐太郎のくせに。

[連れて行きます]

 と兄は言う。ただでさえ驚いている三人が、さらに目を丸くする。

[無茶よ!]

 お姉さんが言った。気に食わないが、今だけは意見があったようだ。

[しかし、そうでもしないとエリスは助からない!]

 兄が声を荒げる。ゲームの世界の兄は、ずいぶんと妹想いなようだ。現実の祐太郎はどうだろうか? いかんせん私が元気すぎてよくわからない。まあでも、可愛いって言ってくれたのだから、多少は想われているはずだ。

 妹をどうするかについての口論が続く。私としては、兄を旅立たせること自体に反対なのだが、私は蚊帳の外なので口出しはできない。

[エリスちゃんの面倒は私が見ます]

 お姉さんが言う。私と兄は眉間にしわを寄せた。

[そんな迷惑はかけられません]

[迷惑だなんて思いません]

[しかし、それは……]

[それならばエリスちゃんはどうするのですか? 一緒に旅に連れて行くのですか? その方が私にとっては迷惑です。心配で夜も眠れませんよ。選択肢は二つです。あなたが旅に出るのを止めるか、私が彼女の面倒を見るか]

 詭弁だ。私は叫びそうになるのを何とか飲み込んだ。恐ろしい女だ。兄を騙そうとしている。

 突然、画面に選択肢が現れた。1、旅に出るのを止める。2、エリスを彼女に任せる。

 カーソルが1の横についている。下を押すと、今度は2の横につく。どうしてこれしか選択肢がないのか。私は激怒しそうになった。

 迷わず1を選ぶ。

[弱っていくエリスちゃんをただ見ているだけでいいのですか?]

 お姉さんが言い、再び選択肢が現れる。内容は同じだ。

 迷わず1を選ぶ。

[弱っていくエリスちゃんをただ見ているだけでいいのですか?]

 お姉さんが言い、みたび選択肢が現れる。内容は同じだ。

 その後も何度か1を選んだが、話は一向に進まなくなってしまった。

「何でよ!」

 私は声を荒げた。私は1を選んでいるのに! どうしてわかってくれないの? このゲーム壊れてるの?

『いや、2を選ぼうよ』

 兄からメールが着た。ゲームには、時に理不尽だとわかっていても従わなくてはならない時があるらしい。なんて厳しい世界なのだろう。ゲームなのに。

 私はしぶしぶながら2を選んだ。

[決まりですね。ふふふ。早速会いに行ってきますね]

 お姉さんが去っていく。これで、憂いなく旅に出られるらしい。

 出発の時が来た。兄は旅に出るにしては無謀ほど軽装だった。

 

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