第40話
石畳が弾け、黒い瘴気が噴き上がる。
広場の中央に穿たれた穴は、まるで大地の傷口だった。そこから伸びる“腕”は、腕というより影そのもの。輪郭が定まらず、しかし質量だけはある。掴まれた石像が、粉々に砕けた。
「きゃああああッ!」
悲鳴が四方に散る。レイが即座に叫ぶ。
「セイン、右側の避難誘導! エルド、結界で被害範囲を限定!」
「任せろ」
セインが剣を抜き、群衆の間に飛び込む。
「広場から離れろ! 建物の陰に入れ!」
混乱する人々の前に立ち、迫る影腕を一閃。
火花のような黒い粒子が散る。
「……硬いな!」
金属を斬った感触ではない。斬撃が“吸われる”。
エルドは既に詠唱に入っていた。
「結界魔法第三層《六界壁》」
六角形の光壁が展開し、広場中央を囲む。
影腕が叩きつけられ、火花のような魔力が弾ける。
「災度Ⅱだが質が悪い! 実体と霊体の中間だ!」
レイが穴の縁へ駆け寄る。覗き込んだ瞬間、背筋が冷える。
「なんだあれ、核が深い」
穴の奥、闇の中に、脈打つ“球体”がある。心臓のように、どくり、どくりと。その鼓動に合わせ、影が増殖している。
「放置すると災度Ⅲに上がるよ!」
セインが影腕に掴まれかけ、体勢を崩す。
「ちっ!」
すかさず、レイの詠唱が走る。
「攻撃魔法第四層《光断剣》」
光刃が影腕を断ち切る。影は悲鳴のような音を立て、霧散するが地面からさらに三本。
「増えてやがる!」
エルドが分析する。
「核が魔力を吸収している! 人の恐怖も糧にしているな!」
レイの目が鋭くなる。
「なら、短期決戦だね」
セインに視線を送る。
「俺が道を作る。核を叩くよ」
セインは一瞬で理解した。
「時間は?」
「三十秒」
「十分だ」
セインが踏み込む。足元の石畳が割れる。
「《断罪・黒月》!」
闇を纏った剣撃が、影腕をまとめて薙ぎ払う。広場に黒と白の閃光が交差する。エルドが両手を広げる。
「補助魔法第二層《刻緩》」
時間減速の補助術式。影の動きが、わずかに鈍る。
「今だ、レイ!」
レイは穴へ飛び込んだ。闇の中、圧力が増す。
耳鳴り。視界が歪む。核が、こちらを“見る”。
そして、脳裏に囁きが走る。
救うのか? 切り捨てるのか?
一瞬、前世の記憶が重なる。
三千か、十万か。
レイは歯を食いしばる。
「違う」
掌に魔力を集中。
「犠牲前提じゃない。全部救うんだ」
核が影の槍を放つ。
レイは回避せず、真正面から受け止める。
「防御魔法第三層《転理》」
光と闇を反転させる。
影槍が光へと変換され、核へ跳ね返る。
核が軋む。
「まだ足りない……!」
上から、セインの声。
「レイ!」
次の瞬間、セインが穴へ飛び込む。
「一人でやるな!本気を出せないなら私たちを頼れ」
背中合わせになる。エルドの声が響く。
「二人の魔力を同期させろ!」
レイが即座に理解する。
「セイン、剣を貸して!」
「あぁ!」
レイは剣に触れ、魔力を流す。闇属性の刃に、光を重ねる。
「行くよ」
核が脈動を加速させる。影が暴走する。地上では結界が軋み始めている。
「《冥光断》」
光と闇の交差。二人の力が一点に収束。核へ突き刺さる。
閃光。
轟音。
一瞬、世界が白く染まった。
崩れ落ちる影。
脈動が止まる。穴の奥で、黒い球体がひび割れ、砕け散った。レイとセインは同時に地上へ跳び上がる。エルドが結界を解除。広場に、風が戻る。
静寂の後、歓声が上がった。
「助かった……!」
「魔物が消えたぞ!」
母親が子どもを抱きしめる。商人が涙を拭う。
セインは肩で息をしながら言う。
「今のは上出来だな」
レイは空を見上げる。
「うん。でもまた少し目立っちゃったかも」
誰も死んでいない。その事実が、胸に重く、そして温かく残る。
拍手の中、ゆっくりと人垣が割れた。豪奢な衣を纏った男が現れる。背後に武装兵。鋭い目。
「見事だ」
低く、通る声。
「私はこのリトアを治める行政監、ヴァルディスだ」
エルドが小さく舌打ちする。
「面倒になりそうだな」
ヴァルディスはレイをじっと見る。
「その術式……見慣れぬ構造だ。どこの学院の出身だ?」
レイは一瞬だけ迷う。エルドが自然に前へ出る。
「流浪の魔術師だ。所属はない」
ヴァルディスの目が細まる。
「所属がない? それほどの力で?」
周囲の兵がわずかに警戒を強める。ヴァルディスは微笑む。だが目は笑っていない。
「興味深い。是非、詳しく話を聞きたい」
セインが小声で言う。
「目付けられたな」
レイは小さく息を吐く。
「何もしないよりは良かったと思ってる。後悔してたんじゃ意味ないし」
「それは否定しない」
セインがため息を吐きながら、レイから受け取った魔剣を腰に差す。
ヴァルディスが続ける。
「今夜、館に招待しよう。断る理由はないはずだ」
遠くで鐘が鳴る。街は救われた。
だが、新しい“歪み”が、静かに三人を見つめていた。




