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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
見捨てられた村

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4/15

第4話

灰哭の襲撃から、十日ほどが過ぎた。


ノール村は、表向きには平穏を取り戻している。

荒らされた畑は再び耕され、仮止めされていた橋の板も完全に補修された。村人たちは森に近づくことを意識的に避けながらも、朝になれば畑へ向かい、昼には川で洗濯をし、夕方には家々から炊事の匂いが漂う、以前と変わらぬ生活を営んでいる。


ただ一つだけ、決定的に違う点があった。夜になると、森が異様に静かなのだ。

虫の音が聞こえない。

鳥の鳴き声もない。

風が吹いても、葉擦れの音がどこか薄く、空気だけが冷たく流れていく。


それは恐怖を煽るほどの異変ではない。

だが、違和感として確実に積み重なっていく。

レイは、夜の川沿いを散歩しながら、その違和感を確信へと変えた。


「……やっぱり、いるな」


足を止め、川の流れと森の境界をじっと見つめる。直接的な気配はない。視線を感じることもない。だが、森の中が「空いている」。

動物の匂いがしない。鳴き声も、足音もない。

代わりに残っているのは、逃げた痕跡だけだった。


獣道は荒れ、踏み慣らされていたはずの土が乱れている。鹿や小動物の足跡は、村とは逆方向へ、まるで押し流されるように集中していた。

偶然ではない。何かが、森の中の生態系そのものを動かしている。


翌朝、レイはいつも通りの調子で村人たちに声をかけて回った。


「最近さ、森で獲物見た?」


畑仕事をしていた男が首を振る。


「いや、さっぱりだな」


「罠も外れてばっかりで、何も掛からん」


別の村人も眉をひそめる。


「森が静かすぎてな……逆に落ち着かん」


それで十分だった。疑いは、完全な確信へと変わる。


(アレは……もう村を見てる)


近づく準備をしている。下手に刺激すれば、一気に来る。レイはその足で村長の家を訪れた。


「森での狩り、人数を減らした方がいいかも」


村長は意外そうに眉を上げる。


「減らす、とな?」


「うん。今はアレを刺激しない方がいいと思うんだ」


理由は深く説明しなかった。必要ないと判断したからだ。村長はしばらく考え込み、やがて静かにうなずく。


「わかった。若い者には、しばらく畑仕事を優先させよう」


この村の強みは、すでにレイを信じる土壌ができていることだった。


その夜、異変が起きた。狩りに出ていた男が、日が暮れても戻らない。村は一気にざわつき、松明が用意される。


「探しに行くぞ」


「放っておけるか」


その中で、レイが軽い調子で口を挟んだ。


「探しに行くなら、三人までだよー」


「なぜだ?」


即座に問い返される。


「人数が増えると、逆に目立つからね。変なのに見つかるよ?」


不安げな沈黙が流れる。だが、その言葉に従った。結果、男は無事に戻ってきた。森の手前で、何かを見て引き返しただけだという。


「灰哭じゃなかった……でも、人の形をしてた」


その一言で、空気が凍りついた。レイは、はっきりと理解する。次に来るのは、同じ手が通じない相手だと。だが、まだ動かない。今は、待つべきだ。


村の外れでは、子どもたちが川に石を投げて遊んでいる。水面に跳ねる石を眺めながら、レイは頭の中で配置を整えていく。


村の地形。川、橋、森、家屋の間隔、逃げ道と、塞げる道。


駒は揃いつつある。備えあれば憂いなしだが、今は並べるだけでいい。夜、レイは一人、静かに呟く。


「……今回は、守る側か」


小さく息を吐く。過去を思い出すほどではない。

ただ、同じ失敗は繰り返さない、それだけだ。


森の奥で、何かが動いた。レイは目を細めるだけで、剣を取らない。

この盤は、まだ一手目ではない。

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