第39話
夜が明ける前、空はまだ群青色だった。
森の木々の隙間から、薄く朝霧が漂っている。
焚き火の残り火は白い灰になり、昨夜の重さは、どこか遠くへ溶けていた。
セインが最初に起きた。伸びをして、周囲を確認する。異常なし。魔力反応も穏やかだ。
少し遅れてエルドが目を開け、最後にレイが起き上がる。
「おはよ」
声は昨日より軽い。セインはちらりと見る。
「顔色は悪くないな」
「まあ、無理はしてないから」
エルドが荷をまとめながら言う。
「今日は街道沿いを南下だ。日暮れまでに“リトア”に入れれば上出来だな」
レイが頷く。
「うん。補給もしたいし、情報も欲しい」
セインは肩に剣を腰に差し、少しだけ真顔になる。
「昨日の話は昨日で終わりだ」
レイが目を向ける。
「わかってるよ。引きずらない」
短く、はっきりと。レイは一瞬だけ目を細め、そして笑った。
「聞きたかったんだけど、セインのその剣、魔剣だよね?オーラが違うから」
「そういやぁセイン。お前剣使うんだな。初めて会った時の印象で完全な魔法使いかと思ってたわ」
レイの質問にエルドが続く。
「あぁ。実は剣の方が得意だ。アークレイン側が剣での戦闘は非効率だとかで使わせて貰えなかった」
「それなのにあの魔法練度ね。やっぱり元理の国最強は違うね」
レイがからかうようにセインに軽口を叩いた。
お前には言われたくないとセインは鼻を鳴らした。
そして三人は森を抜け、街道へ出る。
冬を越えたばかりの大地はまだ冷たく、空気は澄んでいる。遠くに小さな街の影が見え始めた。
その時だった。
「……止まれ」
エルドが低く言う。
街道の先、馬車が横倒しになっていた。
護衛らしき男が二人、倒れている。
そして、その周囲を囲む三人組。軽装の盗賊だ。
「面倒だな」
セインが舌打ちする。
盗賊の一人が馬車の中を荒らしている。
「子どもがいるぞ!」
中から小さな泣き声が聞こえた。レイの目が一瞬だけ変わる。セインがそれを察する。
「待て。冷静にいく」
盗賊の一人がこちらに気付く。
「おい、そこの三人!見なかったことにして通りな!」
セインが小声で言う。
「数は三。魔力量は低い。だが人質がいる」
レイは深呼吸した。昨日の記憶が、脳裏を掠める。三千か、十万か。いや、違う。今回は三人だ。
「セイン、右」
「了解」
「エルド、馬車の魔力遮断頼むよ」
「任せろ」
次の瞬間、三人は同時に動いた。セインが正面から突っ込み、剣の柄で一人を殴り倒す。レイは詠唱を省略した低位拘束術を展開。
「補助魔法第一層《悪魔鎖》」
黒の鎖が盗賊の足を絡め取る。
三人目が子どもを盾にしようとした瞬間
「それは悪手だったな」
セインの声が、静かに冷える。
一瞬で間合いを詰め、相手の腹に拳を叩き込んだ。
「眠れ」
短い衝撃。男は崩れ落ちた。子どもが泣きながら母親に抱きつく。セインは倒れた盗賊を縛りながら言う。
「今の殺した方が良かったか」
レイは少し黙る。
「殺さなくて済むなら、殺さない方がいい」
「昨日の話、関係あるか?」
レイは苦笑した。
「あるよ。極端に殺しを選ぶのは昔の俺と変わらないよ」
エルドが護衛を治療しながら言う。
「まあ良い傾向だな」
「でもさ、こういうのを見逃すと、また被害が出る可能性もある」
セインが立ち上がる。
「それでも今回は縛って衛兵に渡す。それでいい」
レイはしばらく盗賊を見つめたあと、頷いた。
「……うん。今回はそれで」
護衛が目を覚まし、何度も頭を下げる。
「本当に助かりました……!」
レイは軽く笑う。
「運が良かっただけです。大した事はしてないですよ」
三人は再び歩き出す。
遠くに見えていた街が、だんだんと近づく。
石造りの門。人の往来。市場の喧騒。リトアへ到着だ。
門をくぐると、空気が変わる。焼きたてのパンの匂い。鍛冶場の音。商人の呼び声。セインがふっと息を吐く。
「平和だな。こういうのが理想的だ」
レイは空を見上げる。
「うん。まさしくね」
そう雑談していると、地面が微かに震えた。
エルドの表情が変わる。
「……下からだ」
次の瞬間、街の中央広場の石畳が爆ぜた。
黒い腕のようなものが地面から伸びる。悲鳴が上がる。レイの目が鋭くなる。
「魔物……いや、これは」
エルドが呟く。
「災度Ⅱクラスの歪みだ。都市内部発生……珍しいな」
セインが剣を抜く。
「私たちを退屈させる気はないらしい」
レイはゆっくりと前へ出た。昨日とは違う。
逃げない。独りで決めない。振り返る。
「一緒に行こう」
セインが笑う。
「当たり前だ」
エルドが魔力を展開する。
「さて、今世のやり方を見せてもらおうか」
広場の中心で、黒い魔力が脈打つ。街の悲鳴が響く中、三人は同時に駆け出した。




