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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
これからと過去の罪

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37/40

第37話

意識が沈む。落下ではない。

重力すら存在しない、静かな沈降。

音も、温度も、境界も失われ、

ただ“記憶”だけが三人を包み込んでいく。


やがて、光。白い。どこまでも白い。それは色ではなく、意味を持たない純粋な光だった。


空間の果ては見えない。天井は空より高く、柱は雲のように輪郭を曖昧にし、床には無数の魔法陣が幾層にも重なり、ゆっくりと脈動している。


祈りの中心。

信仰の極点。

そして、裁きの場所。エルドが低く呟く。


「……ルミナリアの神殿核か」


セインは言葉を失ったまま、ただ中央を見つめていた。そこに、ひとりの青年が立っている。年若い。二十にも満たないように見える。


だが、その背に宿る気配は、王でも英雄でもない。世界そのものを背負う者の重さ。


黒髪。白い法衣。整いすぎた静かな顔立ち。

そして何より感情の温度が、極端に低い瞳。


セインの喉が鳴る。


「あれが……レイ?」


エルドは首を横に振る。


「間違いではないが、あれはレイの前世“アルト”だ」


前世の名。信の国ルミナリアの頂点。神に最も近かった男。


アルトの前には、数百人の民が跪いていた。

病で骨の浮いた子ども。

片腕を失った兵士。

家族を亡くした母親。

老いで歩けぬ老人。

誰もが同じ言葉を口にする。


「救ってください」


その声は、祈りというより懇願だった。アルトはすぐには答えない。一人一人を、まるで数を数えるように、静かに見渡していく。

その瞳には確かに憐れみがあった。だが同時に、

冷徹な計算もあった。やがて彼は右手を上げる。


空間が静かに歪む。幾何学模様の光が展開し、世界の法則そのものを書き換える超高位術式が完成していく。空気が震え、魔力が層を成し、時間すら遅くなる。


そして


「《エクリプス・アルカナム》テュシア・ソーテリア(救済)」


光が、降りた。奇跡だった。


腐った肉は再生し、砕けた骨は繋がり、病は痕跡すら残さず消える。老いた老人の背が伸び、子どもの顔に血色が戻り、兵士の失った腕が再び生える。


歓喜。

絶叫。

涙。

神を讃える声。


セインは思わず呟く。


「信じられん。これが魔法なのか?本当に、救ってる」


その瞬間、エルドが低く言った。


「……後ろを見ろ」


光の届かなかった場所。


そこにいた数人が、静かに崩れ落ちていた。呼吸はない。鼓動もない。代わりに死んだ者たち。


アルトは一度も振り返らなかった。


「エクリプス・アルカナムはね。犠牲を前提とした魔法なんだ。だから歴史から抹消された。倒れた人達を代償に発動したんだ」


レイは苦々しい顔で呟く。小を切り捨てれば大は助かる、そんな考えだった。


「そうだったのか。だが、今もアレを使っているだろう?何を代償にしている?」


「俺の命だよ」


レイは当然と言った様子で答えた。それで自分の罪が消えるとは思っていないが、そこに行き着いたのは自然だった。

セインはレイの答えから覚悟を感じ取っていた。


場面が切り替わる。


燃える都市。黒煙に覆われた空。無数の魔物。

最前線に立つアルト。背後には味方の軍。


だが兵士たちは、敵よりも、アルトを恐れていた。彼は静かに言う。


「このまま防衛を続ければ三日で死者は十万を超える」


誰も口を挟めない。


「だが一点突破なら三千で済む」


沈黙。兵士の一人が震えながら言う。


「その地点には、避難できていない民が……」


アルトは答える。


「知っている。それでも実行する《テオス・アポロシス》神罰」


世界が見えなくなる程の光。都市の一角ごと、消滅した。


「書物で読んだことがある……これは……モンスターパンデミックか……!」


セインは驚愕した。歴史書でしか読んだ事の無い史実が目の前で起きていた。その中心にレイがいた事も驚きだ。


「実際に目の当たりにするととんでもねえな。魔物の数もそうだが、状況の判断もえげつねえ。それに規模の魔法だ。今じゃ考えられねえ」


エルドも話には聞いていたものの、実際に目の前に広がる惨状に呆然とする。


レイはただ静かに、目の前にいる前世の自分に目を向けていた。



次の光景。


静かな玉座の間。アルトの前に立つ、ひとりの女性。長い銀髪。強い瞳。泣くのを堪えた顔。


レイが、アルトが唯一愛した女性。


彼女は震える声で言う。


「もうやめて……」


アルトは黙っている。


「これ以上は救いじゃない……ただ壊してるだけ……!」


長い、長い沈黙。やがてアルトは言う。


「セラ……壊れているから正すんだ」


セラの感情が決壊する。


「人を捨てて守る世界に意味なんてない!!」


再び沈黙。


そして、アルトはとても優しく微笑んだ。

救う者の顔で。愛する者を見る顔で。


「ごめん。《パリンゲネシア》世界再誕」


その一言で。すべてが終わった。


世界の崩壊と再構築。

空が裂ける。

大地が軋む。

魔力が暴走する。

禁忌の完成形。


セラは泣きながら叫ぶ。


「どうして……!」


アルトは静かに答える。


「君には、平和な世界を生きてほしいからだ」


光が、世界を呑み込んだ。



映像は消え、意識が現在へ戻ってきた。

焚き火、夜、風の音、長い沈黙。


セインの声が震える。


「……これが……お前の過去か」


レイは俯いたまま答える。


「……うん」


小さく、消えそうな声で。


「……これが、俺の罪。もっと色々見てほしいんだけど、これ以上は俺の体に負担がかかり過ぎるから限界なんだ。ごめんね。とりあえず俺がどんな考えで、どんな選択をしてきたのかわかったでしょ?」


セインは黙ったまま頷く。エルドは考え込むように腕を組み、目を瞑っていた。

夜はどんどん更けていった。


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