第36話
理の国アークレインの城壁は、振り返ればもう遠く、空の色に溶けかけていた。三人は言葉少なに歩き続け、日が傾ききる頃、街道を外れた緩やかな丘の上で足を止めた。
見晴らしは良い。背後も、前方も、遮るものがない。野営には悪くない場所だった。
エルドが無言で周囲を確かめ、セインは枯れ枝を集める。レイは水袋を満たし、戻ってくる。
誰も指示は出さない。それでも、自然と役割は分かれていた。やがて火が灯る。
小さな炎は、夕闇の中で静かに揺れ、三人の影を地面に長く伸ばした。ぱち、と薪が弾ける。その音だけが、妙にはっきり聞こえた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
旅の始まりにしては、あまりに静かな夜だった。
炎を見つめたまま、最初に声を落としたのはセインだった。
「……さて、レイ約束だ」
低い。だが、逃げ場を残さない呼び方だった。
「うん」
短い返事。覚悟はもうできている声。セインは少しだけ間を置き、ゆっくり続ける。
「前世のことだ。記憶があるのは知ってる。でも、それだけじゃない」
風が草を撫で、すぐに消える。
「お前は、何をした?」
まっすぐな問いだった。
レイは炎を見つめ、長く、静かに息を吐く。
「ちょっと待ってね。《アポリシス》結界魔法第10層《告解隔離》」
レイが呟くとジワジワと周りの物が消えていく。
そして何も無くなった。周りの物が見えず、干渉出来ない。
「これは、念の為か?」
セインが辺りを見渡しながらレイに問いかける。
「そうだよ。これで周りからは俺たちは見えないし、触れる事も出来ないし、声も聞こえない」
「こんな結界見た事ねえな。不思議な感覚だ」
エルドが感心した様に呟いた。
「そりゃオリジナルだからね。現世は空気中の魔力が潤ってるから、オリジナル魔法が作りやすいんだよ」
「じゃあアレか。レイの転生前の時代はそれほど魔法は使われてなかったのか?」
エルドが興味を示したようで、身を乗り出して聞いてきた。セインも静かに耳を傾けている。
「そんな事は無いんだけど、魔法使える人は今ほどいなかったね。昔は空気中に魔力が薄かったからコントロールが難しかったんだ」
へぇ、とエルドは焚き火に薪を投げる。パチパチと弾ける音が3人耳に心地よい音を残す。
「話が脱線してる。レイが前世で何をして来たのかが知りたいんだが?」
「ごめんごめん。話を逸らしたいわけじゃないんだ。実は今話した空気中の魔力が濃くなった原因も俺にあるから、関係ない事ではないんだ」
苦笑しながらセインに弁解する。セインは続けろと言わんばかりにこちらを見つめていた。
「俺の前世はね、信の国ルミナリアのトップだったんだ。名前はアルト。《完全版エクリプス・アルカナム》の使い手にして、世界を壊した男」
レイの口から出た言葉に、セインは息をのんだ。
エルドは以前、宿屋で色々問い詰めた為、驚いてはいないが複雑な顔をしていた。
「俺は自分なりに世界を良い方へと導きたかったんだ。争いもなく平和な世界をね。でもやり方を間違ってしまった。手段を選ばなかった。犠牲は当たり前で利用もした。《エクリプス・アルカナム》も最大限に使ったよ。反動は恐ろしかったけどね」
いつになく真剣な表情のレイ。自分がいかに残酷な事をしてきたのか、わかっていると言いたげな雰囲気を出していた。
「目的は立派だな。だがその過程が酷かったという事か」
「まあ、自分は間違ってないって主張するやつのお手本みたいな考え方だな」
セイン、とエルド続いて口を開く。
「何があったかは実際に見て貰った方が早いかな」
「どういう事だ?」
「ん?何言って「《アナムネーシス》想起回復」
2人が困惑していたが、構わずレイは魔法を唱えた。3人の意識は何百年も昔へ飛ばされる。
これから触れるのはレイがしてきた選択と罪。
2人になら見られてもいい。いや、見てほしいと思うレイだった。




