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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
理の国の終幕

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34/40

第34話

部屋の扉を、軽い音が叩いた。規則正しく二回。

緊張感のない、どこか気の抜けた合図。

セインがわずかに視線を向けるより早く、扉は半ば勝手に開いた。


「おー、起きてるか?」


聞き慣れた声と共に、大きな包みを抱えた男が顔を出す。エルドだった。肩にはいつもの商人袋。

その表情は、街の空気とは対照的に妙に明るい。


「騒がしいと思ったら、お前か」


セインが低く言う。


「なんだよその言い方は。命懸けで商売してきた帰りなんだぞ?」


エルドは部屋に入りながら、どさりと机の上に包みを置いた。香ばしい匂いが広がる。焼きたてのパンと、温かいスープの気配。レイの腹が、正直に小さく鳴った。


「……いい匂い」


「だろ? 街中めちゃくちゃだけどな、こういう時ほど物は売れるんだよ」


あっけらかんと言う。だがその言葉の裏に、混乱する街を見てきた重さが滲んでいた。


セインが目を細める。


「どこへ行っていた」


「まあ色々とな。均一化が止まってから、まだ数時間だが人の動きが変わってきててな」


包みを開きながら続ける。


「保存食、薬、灯り。“もしも”に備える物ばかり売れてる」


短い沈黙。それだけで、都市の不安がどれほど広がっているか分かった。レイはゆっくり体を起こし、差し出されたスープを受け取る。温かさが、掌から静かに染みていく。


「ありがとう」


一口、飲む。それだけで、張り詰めていた何かが少しだけ緩んだ。


「生き返るね、これ」


「だろ?にしては、ずいぶん普通の反応だけどな」


エルドが笑う。レイは苦笑しながら、もう一口飲んだ。


「それで」


エルドの視線が、二人を順に見る。


「俺がいない間に、ずいぶん派手なことやったんだろ?」


軽い口調。だが探るような色があった。セインが短く答える。


「今回の騒動の黒幕だろう男と交戦した」


エルドの眉がわずかに動く。


「なるほどな…」


「お前はいなくて正解だ」


「だろうな。それに、命より大事な仕事があったからな」


肩をすくめる。だが次の瞬間、その声は少しだけ低くなった。


「で、勝ったのか?」


部屋の空気が、わずかに沈む。セインは数秒黙り、そして静かに言った。


「……それなりにダメージは与えたはずだ。だが逃がした」


エルドは一瞬黙り込んだ。そして、ゆっくり息を吐いた。


「お前達がいて逃げられたか。それほどの相手だったということか」


沈黙のあと、エルドの視線がレイへ向く。


「それでレイ、その弱り様。お前は何をしたんだ?」


問いは静かだったが、核心そのものだった。

レイはスープの表面を見つめる。揺れる光の中に、昨夜の光景が重なる。


赤黒い空。崩れる街。そして、白い波。


「エルドには俺の魔法については話したと思うけど、少しだけ世界に干渉しただけだよ」


冗談みたいに言う。エルドは苦笑した。


「その“少し”である意味国が終わったんだが?」


「終わらせたかったわけじゃない。ただ、止めただけだよ」


セインが低く呟く。


「均一化を、か」


「あれはもう、続けちゃいけない仕組みだった」


レイは顔を上げる。その瞳に、迷いはない。


「だから均一化による支配が終わっただけだよ。国そのものが終わったわけじゃない。他人事かもだけど、まだまだやり直せる。均一化を破壊して言うのもなんだけど、俺はこれ以上この国に干渉するとまずいから、出来る事はここまでかな」


長い沈黙。

やがてエルドが、小さく笑った。


「……ま、いいさ」


パンをちぎりながら言う。


「国がどうなろうが、腹は減る」


そして二人を見る。


「で?次はどこ行く」


レイとセインの視線が、静かに交わる。もう答えは決まっていた。レイが、ゆっくり言う。


「武の国かな。たぶんだけど、あそこも今回みたいなのが紛れ込んでると思う」


エルドが口笛を吹く。


「ヴァルガルドか。今度はずいぶん物騒な観光地だな」


「今回の疲れも癒しながら行きたいね。万全な体調で入国したいな」


レイが疲れた顔をしながら苦笑する。


「忘れていないとは思うが、道中レイの事について話してもらうぞ?私はまだ断片的にしか知らないからな」


逃がしもしない、はぐらかされる気もないと言った様子でセインはレイを覗き込む。


「わかってるよ。ちゃんと話すから睨まないでほしいなあ」


勘弁してくれと言いたげにレイはセインを両手で押し除けた。わかっていればいいとセインは鼻を鳴らす。


「じゃあ朝飯食べちまおう。それから準備して出発といこうか」


エルドがその場を仕切り、改めて各々食事を再開させる。


窓の外。均一ではない朝の光が、三人を照らしていた。次の物語の始まりを告げるように。


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