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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
見捨てられた村

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3/9

第3話

灰哭の襲撃から数日、ノール村には、静かな日常が戻っていた。

川沿いの道はすっかり片付けられ、倒れていた荷車は元の位置に戻され、割れた木箱も修繕されて積み直されている。あの日、恐怖と混乱に包まれていた場所とは思えないほどだ。

朝の空気には、小鳥のさえずりと、どこかの家から漂う焚火の匂いが混ざっていた。


「ほら、そっちは危ないから、こっちで拾いなさい」


母親に声をかけられ、子どもたちは森の入り口付近、安全だとわかっている範囲で木の実を拾っている。完全に警戒が解けたわけではない。だが、怯えたまま立ち止まってもいられないという現実が、村人達の背中を押していた。

レイは川のほとりに腰を下ろし、小石を拾っては水面に投げていた。

石は二度、三度と跳ね、やがて水に沈む。

一瞬、その反射する光に目を奪われる。

だが、次の瞬間には視線は森の奥の暗がりへと向いていた。


(灰哭じゃない……)


もっと別のもの。

災度Ⅱ級、あるいはそれ以上の脅威が、森の中に潜んでいる。

理由はない。ただ、感覚がそう告げている。

橋の補修作業を続ける若者たちの声が、川のせせらぎに混じって聞こえる。


「この板、まだ使えるな」


「いや、念のため替えとこう。前みたいなこと、もう御免だ」


そこへ、作業を終えた男がレイに声をかける。


「レイ! あのときの行動、助かったぞ。正直俺、死を覚悟したもんな」


「村が無事で本当に良かったな」


レイは軽く手を振る。


「みんながちゃんと動いてくれたからだよ。俺も必死だったし」


「いやいや、あの指示がなかったら……」


男はそこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。

少年を持ち上げすぎるのも、かえって居心地が悪いと察したのだろう。村人たちはレイを時折見やる。年齢に似合わない落ち着きや判断力に、違和感を覚えつつも、深く考えようとはしない。今は、頼れる存在がいること自体が救いだった。

畑では、年長者が若者に作物の手入れを教えている。


「雑草はな、根を残すとすぐ戻る」


「こう引っ張るんだ」


レイは少し離れたところからそれを見て、子どもたちに声をかける。


「ほら、手首をこう使うと、根っこが切れにくいよ」


言われた通りにやってみて、子どもたちは目を輝かせる。


「ほんとだ!」


「レイ、すげえ!」


無邪気な笑顔に、レイはわずかに表情を緩める。

だが、視線は無意識のうちに森へ戻っていた。

夕暮れ。

村人たちは家々に戻り始めるが、数人は焚火の側に残る。念のための見張りだ。煙が夜の空気に溶け、暖かい匂いが広がる。


「橋の板、また抜けるんじゃないかって思ってさ」


「はは、あの時は本気で死ぬかと思った」


若者たちが笑い合う。


「おいレイ、あの橋、板が抜けるのわかってただろ?」


「そうだよ、全部計画通りさ!」


わざとらしく言うと、すぐに「嘘つけ」と突っ込まれ、笑い声が弾ける。

誰も深く追及しない。

それが、この村の優しさでもあった。

夜が更けるにつれ、森の奥から微かな音が届く。

葉が擦れる音。獣とも風でもない、不自然な間。

レイは立ち上がり、川沿いの道を静かに歩き出す。


「……まだ様子見かな」


枝の隙間、その向こう側。

目に見えぬ何かが、こちらを見ている気配。

ノール村の平穏は、今のところ保たれている。

だが、森の奥には、まだ名も知らぬ危険が潜んでいる。レイの瞳は、静かに、確実に、それを捉えていた。


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