第24話
結晶柱の鳴動は、最初は微かな違和感に過ぎなかった。街の奥、中央区画から断続的に伝わる低音。耳ではなく、骨に響く振動。
「……何か来る」
レイが低く言った瞬間、空気が一変した。
結晶柱の一本が、内側からひび割れるように光を歪める。次の瞬間、柱の根元から黒ずんだ魔力の奔流が噴き上がった。
「魔力反応、災度Ⅲ……いや、徐々に上がってるぞ!」
兵の叫びが通りに響く。魔力は形を取り、街路を覆うように広がっていく。歪んだ獣の輪郭。複数の魔力属性が無理やり縫い合わされた、不自然な存在。
「なんだコイツらは!?」
エルドが歯噛みする。
「人工的に無理矢理作られたっぽいね」
「前衛、下がれ! 魔導隊、詠唱準備!」
指揮官の号令で、魔導士たちが一斉に陣形を組む。結晶柱の補助を受けるため、足元に刻まれた都市魔導陣が淡く光る。一人の魔導士が声を張り上げた。
「魔力収束、火属性へ変換。構造固定、放て!攻撃魔法第二層《集束炎弾》!」
詠唱と同時に、空間が圧縮され、灼熱の弾丸が生成される。だが、
「反応が遅い!?」
炎弾は放たれた瞬間、軌道が歪み、魔物の表皮で霧散した。
「数式が合わない! 結晶柱の補正が逆に働いてる!」
別の魔導士が叫ぶ。魔物が咆哮する。衝撃波が街路を薙ぎ、舗装石が跳ね上がった。
「第二陣、結界展開!」
「均衡を定めよ、外界を遮断せよ!防御魔法第三層《理壁障》!」
半透明の結界が立ち上がる。だが次の瞬間、結晶柱の光が乱れ、結界が軋んだ。
「保たない!」
「このままじゃ街区ごと持っていかれるぞ!」
合理的であるはずの都市魔導が、今は足を引っ張っている。
(やっぱり結晶柱が足を引っ張ってるね)
レイの視線は、魔物ではなく結晶柱同士の繋がりを追っていた。
「エルド、少し時間を稼いで貰える?魔法、使えるんでしょ?」
「バレてたか。隠すつもりは無かったが、何をする気だ?」
「街を壊さない方法を探す」
エルドは一瞬だけレイを見て、すぐ前を向いた。
「いいけど、あんまり期待するなよ?」
彼は杖を構え、短縮詠唱に入る。
「風よ、刃となれ。進路指定、切断圧縮、攻撃魔法第二層《疾風斬》!」
鋭い風刃が魔物の脚を削ぐ。完全には止まらないが、動きは鈍る。その隙に、レイは結晶柱へと走った。
兵の一人が叫ぶ。
「待て! そこはっ!」
聞こえていない。レイは結晶柱の基部に手を置く。魔力は流さない。詠唱もしない。ただ、位相に意識を合わせる。
(都市全体が一つの式。なら、答えを変える必要はない)
ほんの僅か。均一であることを前提とした構造に、意図的な誤差を作る。
ガン、と空気が鳴った。
結晶柱の光が一斉に揺らぎ、魔物へ流れていた魔力供給が途切れる。
「魔力、減衰してる!?」
「結晶柱の出力が安定に向かってる……?」
魔物が悲鳴じみた咆哮を上げ、膝をついた。
「今だ、詠唱を通せ!」
指揮官の声。魔導士たちが、再び詠唱を重ねる。
「魔法陣再構築。魔力収束、雷属性展開。過剰分を切り捨て、貫け!攻撃魔法第二層《雷槍》!」
今度は違った。雷槍は真っ直ぐ魔物を貫き、内部で暴走していた魔力を引き裂く。魔物は形を保てず、霧散するように崩れ落ちた。
しばらくの静寂。結晶柱の光が、ゆっくりと安定していく。街に張りつめていた圧が、ようやく抜けた。
「……終わった、のか?」
誰かが呟く。
「被害報告を急げ! 負傷者の回収を最優先!」
指揮官が動き出す。その一歩後ろで、セインが静かに立っていた。視線は、結晶柱から離れようとするレイの背中に向けられている。
(詠唱なし。魔力放出なし。それで都市魔導を“調整”した……?)
セインは、確信した。
(こいつは、魔導士じゃない。だが只者ではない)
レイは振り返らない。ただ、小さく息を吐いた。
(今回はしょうがないよね)
街は救われた。だが同時に、理の国が抱えていた歪みも、はっきりと露呈した。そしてその中心に、自分が立ってしまったことを、レイは理解していた。




