第22話
中央区画、上層棟。セインは静かな廊下を歩きながら、わずかな違和感を噛み締めていた。
(……早すぎる。それに招集の頻度が異常だ)
結晶柱の異常発生から、まだ半日も経っていない。それにもかかわらず、招集は即時。通常の報告手順を踏む前に、だ。扉の前で立ち止まり、呼吸を整える。
「入れ」
中から、落ち着いた声が響いた。
部屋には三人。いずれもアークレインの意思決定層に属する人間だ。派手さはない。だが、言葉一つで都市の運用が変わる。アークレインには王がいない。実質、目の前にいる男達が王のようなものだ。
「報告を」
中央に座る男が促す。セインは一礼し、簡潔に、だが省略せず話し始めた。
「本日、中央区画にて結晶柱の同期異常が発生。
連鎖的な位相の乱れにより、制御不能の魔力放出が確認されました」
「原因は?」
「現時点では不明です。ただし、第三者による位相干渉がありました」
部屋の空気が、わずかに動く。
「第三者?」
「はい。先の報告でも上げましたが、旅人として入国していた二名のうちの一人で、レイと名乗っております。魔力反応は検出されませんが、都市魔導への理解が異常に深い」
一人が、低く笑った。
「魔力を持たぬ者が、都市魔導に干渉?馬鹿を言うな。理論的に成立しない話だな」
「理論上はそうです。しかし、事実として彼の行動後、位相は安定しました」
「偶然の可能性は?」
「低いと判断します」
「根拠は?」
セインは迷わず答える。
「彼は“均一性を崩した”。通常、安定化は均一化によって行われますが、彼は逆を選んだ」
「……それは危険な発想だ」
「ええ。ですが、結果は安定でした」
中央の男が、ゆっくりと指を組む。
「その件は記録に残るのか?」
「残します。ただし、事故の詳細は」
「不要だ」
遮るように言われる。
「今回の異常は、局所的な制御不良として処理する。都市全体の設計に問題があるという印象は与えられない」
セインは、ほんのわずかに眉を寄せた。
「……原因の切り分けを行わずにですか?」
「行う必要がない」
「ですが、再発の可能性があります」
「再発した場合、その時に対処すればいい」
淡々とした声音。
「市民に不要な不安を与える方が、非効率だ」
別の男が続ける。
「被害は?」
「軽傷者が数名。死者はいません」
「ならば問題ないな」
セインは言葉を選ぶ。
「結晶柱は都市全体を支える基盤です。一度の異常でも、信頼性に疑問が生じれば」
「セイン。我々は“理”を守る」
「……承知しています」
「ならば理解できるはずだ。理は常に正しくあらねばならない」
その言葉に、セインは引っかかりを覚える。
(“正しくあらねばならない”……?“正しいかどうか”ではなく?)
「では、旅人の扱いは?」
セインが問い返す。
「監視対象のままでいい。危険だが、今は利用価値もある」
「利用とは?」
「彼は“誤差”だ。均一な体系に現れた、観測可能な誤差。制御できるなら、研究価値は高い」
「制御できなかった場合は?」
少しの間。
「排除する」
一切の感情がこもらない声だった。
「それが最も効率的だ」
セインは、胸の奥で何かが軋むのを感じた。
「……承知しました」
それ以上、言葉はなかった。報告は終了し、退室を命じられる。廊下に出た瞬間、セインは小さく息を吐いた。
(事故ではない。だが、事故として処理された)
都市は今日も回る。結晶柱は安定し、人々は何事もなかったように歩く。だが、セインの脳裏には、あの旅人の言葉が残っていた。
均一にしすぎた。
「……まさか」
彼は立ち止まり、天井を見上げる。
(我々は、理を守っているつもりで、理そのものを歪めているのか?)
結晶灯の光は、いつもと同じ明度だった。
だがその光が、今日は少しだけ冷たく見えた。




