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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
理の国アークレイン

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20/40

第20話

アークレインの街は、今日も静かだった。静かすぎる、と言ったほうが正しい。朝の通りには人が行き交い、商いも始まっているのに、どこか音が削ぎ落とされている。話し声は必要最低限、笑い声はほとんど聞こえない。


「……慣れないね、やっぱり」


レイの呟きに、エルドが小さく笑った。


「長居すると感覚が鈍る。良くも悪くもな」


中央区画へ向かう途中、レイは結晶柱を見上げる。通りごとに配置された透明な柱が、淡く光り、街全体を覆うように魔力を循環させている。


(全部繋がってる)


都市そのものが一つの魔導装置だ。便利で、安全で、効率的で、そして脆い。


その時だった。低い振動が、足裏から伝わってくる。


「……ん?」


最初は地鳴りのように思えた。だが次の瞬間、通りの奥で結晶柱の一つが、嫌な音を立てて明滅した。


「ちょっと待て、あれ……」


エルドが言い終わる前に、異変は連鎖した。

別の柱が光量を上げ、次の瞬間、逆に沈黙する。

空気が歪む感覚。街全体が、深く息を吸い込んだような圧迫感。


「避けろ!」


誰かの叫び声。だが遅かった。結晶柱の基部から、制御しきれない魔力が噴き出す。爆発ではない。だが、衝撃波のように人を弾き飛ばした。

悲鳴。倒れる人影。通りは一瞬で混乱に包まれた。


「……やっぱり来たね」


レイは歯噛みする。


(これ、単発じゃない)


結晶柱同士の同期が乱れている。

どれか一つを止めても、別の場所が暴れる構造だ。

兵が駆けつけ、魔導士が制御に入る。


「出力を下げろ!」


「無理だ、反応が逆流してる!」


現場は完全に後手だった。理論通りに動かない“想定外”が、同時多発している。


「エルド、下がって!」


レイは通りの中央へ出た。視線は結晶柱ではなく、その“繋がり”を追っている。


(やっぱりね)


街全体の位相が、微妙にズレている。誰かが、意図的に歪ませた痕跡があった。レイは結晶柱の基部に手をかざす。魔力を放つことはしない。ただ、結晶の“位相”に意識を合わせる。世界中を探してもレイにしか出来ない芸当だろう。


(合ってないんだよ、これ)


本来、都市魔導は「均一」であるべきだ。

だが今は、均一すぎるがゆえに、逃げ道がない。


レイは“ズラす”。


ほんの僅か、意図的に誤差を作る。均一を壊すことで、全体を逃がす。すると結晶柱の光が安定し、暴走が収束し始めた。通りに漂っていた魔力の圧が、すっと引く。


「……止まった?」


誰かが呟く。兵も、魔導士も、呆然と周囲を見回している。


「今のは……誰が?」


レイは手を離し、何事もなかったように一歩下がった。


「やりすぎたかな」


小さく呟いた、その背後で。


「やはり、君だったか」


低い声。


振り返ると、そこにセインが立っていた。監視する側の視線が向けられていた。誤魔化しは意味がないかもしれない。


「こんにちは。偶然だね」


レイは軽く手を振る。


「偶然なわけがないだろう」


セインは真っ直ぐレイを見る。


「結晶柱の異常。街区全体の位相調整。いずれも、君が関与した」


断定だった。


「証拠は?」


「私が今、一連の君の行動を確認した。それで十分だ。だが、説明がつかない」


周囲の兵がざわつく。エルドが一歩前に出ようとするが、レイが制した。


「この国、危ないよ?均一にしすぎ。だから、歪みが一気に噴き出るんだ」


「それは理の否定だ」


「否定じゃないよ。限界を言ってるだけ」


セインの眉が、わずかに動く。


「君は、何者だ?説明がつかない事が多い」


その問いに、レイは少し考えてから答えた。


「ただの旅人。だけど」


一瞬、視線を結晶柱へ向ける。


「この街の作り方、前にも見たことがあるんだ」


セインの呼吸が、ほんの僅かに乱れた。


「ふむ……詳しい話を聞かせてもらう」


「今から?」


「今からだ」


兵が近づく気配。だが、セインは手を上げて制する。


「拘束ではない。任意同行だ」


レイは肩をすくめた。


「えぇ……断ったら?」


「監視対象から、危険対象に昇格する」


「脅し下手だね。っていうかすでに監視対象だったか」


それでも、レイはセインについて行った。


(やっぱり、隠しきれなかったか。まあエルドには申し訳ないけど、これでアークレインの中枢に入れるかもしれないし、結果オーライって事で)


街の奥で、まだ微かに結晶が鳴っている。誰も気づかない小さな異音。だが、レイにははっきり聞こえていた。この国は、もう内部から壊れ始めている。そして、その歪みの“向こう側”に、別の意思があることにも。局面は強制的に動き始めていた。


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