第20話
アークレインの街は、今日も静かだった。静かすぎる、と言ったほうが正しい。朝の通りには人が行き交い、商いも始まっているのに、どこか音が削ぎ落とされている。話し声は必要最低限、笑い声はほとんど聞こえない。
「……慣れないね、やっぱり」
レイの呟きに、エルドが小さく笑った。
「長居すると感覚が鈍る。良くも悪くもな」
中央区画へ向かう途中、レイは結晶柱を見上げる。通りごとに配置された透明な柱が、淡く光り、街全体を覆うように魔力を循環させている。
(全部繋がってる)
都市そのものが一つの魔導装置だ。便利で、安全で、効率的で、そして脆い。
その時だった。低い振動が、足裏から伝わってくる。
「……ん?」
最初は地鳴りのように思えた。だが次の瞬間、通りの奥で結晶柱の一つが、嫌な音を立てて明滅した。
「ちょっと待て、あれ……」
エルドが言い終わる前に、異変は連鎖した。
別の柱が光量を上げ、次の瞬間、逆に沈黙する。
空気が歪む感覚。街全体が、深く息を吸い込んだような圧迫感。
「避けろ!」
誰かの叫び声。だが遅かった。結晶柱の基部から、制御しきれない魔力が噴き出す。爆発ではない。だが、衝撃波のように人を弾き飛ばした。
悲鳴。倒れる人影。通りは一瞬で混乱に包まれた。
「……やっぱり来たね」
レイは歯噛みする。
(これ、単発じゃない)
結晶柱同士の同期が乱れている。
どれか一つを止めても、別の場所が暴れる構造だ。
兵が駆けつけ、魔導士が制御に入る。
「出力を下げろ!」
「無理だ、反応が逆流してる!」
現場は完全に後手だった。理論通りに動かない“想定外”が、同時多発している。
「エルド、下がって!」
レイは通りの中央へ出た。視線は結晶柱ではなく、その“繋がり”を追っている。
(やっぱりね)
街全体の位相が、微妙にズレている。誰かが、意図的に歪ませた痕跡があった。レイは結晶柱の基部に手をかざす。魔力を放つことはしない。ただ、結晶の“位相”に意識を合わせる。世界中を探してもレイにしか出来ない芸当だろう。
(合ってないんだよ、これ)
本来、都市魔導は「均一」であるべきだ。
だが今は、均一すぎるがゆえに、逃げ道がない。
レイは“ズラす”。
ほんの僅か、意図的に誤差を作る。均一を壊すことで、全体を逃がす。すると結晶柱の光が安定し、暴走が収束し始めた。通りに漂っていた魔力の圧が、すっと引く。
「……止まった?」
誰かが呟く。兵も、魔導士も、呆然と周囲を見回している。
「今のは……誰が?」
レイは手を離し、何事もなかったように一歩下がった。
「やりすぎたかな」
小さく呟いた、その背後で。
「やはり、君だったか」
低い声。
振り返ると、そこにセインが立っていた。監視する側の視線が向けられていた。誤魔化しは意味がないかもしれない。
「こんにちは。偶然だね」
レイは軽く手を振る。
「偶然なわけがないだろう」
セインは真っ直ぐレイを見る。
「結晶柱の異常。街区全体の位相調整。いずれも、君が関与した」
断定だった。
「証拠は?」
「私が今、一連の君の行動を確認した。それで十分だ。だが、説明がつかない」
周囲の兵がざわつく。エルドが一歩前に出ようとするが、レイが制した。
「この国、危ないよ?均一にしすぎ。だから、歪みが一気に噴き出るんだ」
「それは理の否定だ」
「否定じゃないよ。限界を言ってるだけ」
セインの眉が、わずかに動く。
「君は、何者だ?説明がつかない事が多い」
その問いに、レイは少し考えてから答えた。
「ただの旅人。だけど」
一瞬、視線を結晶柱へ向ける。
「この街の作り方、前にも見たことがあるんだ」
セインの呼吸が、ほんの僅かに乱れた。
「ふむ……詳しい話を聞かせてもらう」
「今から?」
「今からだ」
兵が近づく気配。だが、セインは手を上げて制する。
「拘束ではない。任意同行だ」
レイは肩をすくめた。
「えぇ……断ったら?」
「監視対象から、危険対象に昇格する」
「脅し下手だね。っていうかすでに監視対象だったか」
それでも、レイはセインについて行った。
(やっぱり、隠しきれなかったか。まあエルドには申し訳ないけど、これでアークレインの中枢に入れるかもしれないし、結果オーライって事で)
街の奥で、まだ微かに結晶が鳴っている。誰も気づかない小さな異音。だが、レイにははっきり聞こえていた。この国は、もう内部から壊れ始めている。そして、その歪みの“向こう側”に、別の意思があることにも。局面は強制的に動き始めていた。




