第19話
報告室の空気は、いつもより重かった。窓はない。壁一面に埋め込まれた結晶板が淡く光り、室内の温度と魔力密度を一定に保っている。理の国アークレインでは、ごく当たり前の光景だ。
セインは直立したまま、正面の卓を見る。座っているのは三人。アークレインの重役達だ。
「状況を説明しろ」
中央の男が言った。声は低く、感情の起伏がない。
「本日、第三区画の制御結晶群に過負荷が発生しました」
セインは淡々と続ける。
「原因は未確定。ただし、外部侵入や魔物反応はありません。周辺住民への直接被害は軽傷者が5名です」
室内に、わずかな沈黙が落ちた。
「数値は?」
右の男が問いかける。
「魔力暴走率、想定値の一・三倍。誤差範囲内と判断されます」
「想定内か。ならば事故だな。」
左の男が即座に言った。
セインの喉が、わずかに鳴る。
「一点、補足があります」
三人の視線が向く。
「結晶柱の位相が、一時的に同期を外れていました。通常の過負荷では起きない現象です」
「観測ミスの可能性は?」
「ありません。私自身が確認しました」
中央の男が指を組む。
「再発の可能性は?」
「現時点では不明です」
「なら、切れ」
短い一言だった。
「原因不明。再発も不明。被害は局地的だからな。報告価値は低い」
左の男が続ける。
「記録は内部のみ。公表不要。事故として処理しろ」
セインは一瞬、言葉を探した。
「……結晶柱の異常は、今後の運用に影響する可能性がありますが」
「影響は数値で示せるか?」
「現時点では難しいかと」
「なら、影響はない。それに市民の動揺は、管理コストを増大させる」
即断だった。
中央の男が淡々と言う。
「不要な情報だな」
セインは唇を結ぶ。
合理的な判断……なのだろうか。表情には出さなが、セインは引っかかりを覚える。
「……もう一点」
自分でも意外なほど、声が硬くなった。
「現場に、部外者が介入していました」
三人の視線が鋭くなる。
「誰だ」
「現在、監視対象になっている行商人と少年です」
右の男が結晶板を操作する。
「あぁ、倒れた男を一時的に回復させたやつらか。問題行動は?」
セインは、ほんの一瞬だけ迷った。
結晶柱に手をかざした、あの動作。
魔力を放たず、制御もせず、ただ“合わせた”行為。
「……結晶柱への直接干渉がありました」
「破壊行為か?」
「いいえ」
「暴走誘発?」
「それもありません」
左の男が言った。
「では、無害ではないのか」
「無害とは言い切れません」
セインの声が、わずかに強くなる。
「彼は、位相のズレを“理解して”触れています。魔力を使わずにです」
中央の男が首を傾げた。
「意味が分からない」
「私にも完全には」
「ですが、彼が触れた直後、結晶柱は安定しました」
室内の空気が、わずかに変わる。
「修復したのか?」
「いえ、調整に近い感覚でした」
「記録は?」
「ありません。結晶のログにも残らない手法です」
三人は、短い沈黙のあと、視線を交わした。
「危険度評価は?」
右の男が問う。
「測定不能です」
「なら監視継続だ。接触は許可しない」
中央の男が結論を出す。
「排除も視野に入れますか?」
「測定できない存在は、排除対象にするにはコストが高い」
確かに。藪蛇になりそうな気もする。
「今回の事故との関連性は?」
「不明ですが、彼がいなければ被害は拡大していた可能性があります」
セインは言葉を選ぶ。
「それは結果論だな。まだ仮定の域を出ない」
「おっしゃる通りです」
「なら今回の件は切れ」
再び、その言葉。
「事故は内部処理。旅人は観測対象のまま放置」
「ですが」
「以上だ、セイン。理の国は感情で揺らがない」
中央の男が立ち上がる。両側の二人も何事もなかったように席を立ち、部屋を出ていった。
一人残されたセインは、しばらく動けなかった。
合理的判断。最適解。切り捨て。すべて理解できる。理解できるからこそ、違和感が残る。
(……彼は、何者だ)
数値にも、理論にも収まらない存在。だが確実に、結晶と“会話”していた。
「測定不能、か」
それは、この国で最も危険な評価だ。事故は隠蔽された。記録は整理され、不要な部分は削除された。だが、セインの中には残っている。結晶柱に手をかざした、あの少年の横顔が。
理の国は、誤差を嫌う。
だが今、その誤差がセインの中の常識に変化をもたらしている。そしてそれは、もう無視できない大きさになりつつあった。




