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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
理の国アークレイン

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19/40

第19話

報告室の空気は、いつもより重かった。窓はない。壁一面に埋め込まれた結晶板が淡く光り、室内の温度と魔力密度を一定に保っている。理の国アークレインでは、ごく当たり前の光景だ。


セインは直立したまま、正面の卓を見る。座っているのは三人。アークレインの重役達だ。


「状況を説明しろ」


中央の男が言った。声は低く、感情の起伏がない。


「本日、第三区画の制御結晶群に過負荷が発生しました」


セインは淡々と続ける。


「原因は未確定。ただし、外部侵入や魔物反応はありません。周辺住民への直接被害は軽傷者が5名です」


室内に、わずかな沈黙が落ちた。


「数値は?」


右の男が問いかける。


「魔力暴走率、想定値の一・三倍。誤差範囲内と判断されます」


「想定内か。ならば事故だな。」


左の男が即座に言った。


セインの喉が、わずかに鳴る。


「一点、補足があります」


三人の視線が向く。


「結晶柱の位相が、一時的に同期を外れていました。通常の過負荷では起きない現象です」


「観測ミスの可能性は?」


「ありません。私自身が確認しました」


中央の男が指を組む。


「再発の可能性は?」


「現時点では不明です」


「なら、切れ」


短い一言だった。


「原因不明。再発も不明。被害は局地的だからな。報告価値は低い」


左の男が続ける。


「記録は内部のみ。公表不要。事故として処理しろ」


セインは一瞬、言葉を探した。


「……結晶柱の異常は、今後の運用に影響する可能性がありますが」


「影響は数値で示せるか?」


「現時点では難しいかと」


「なら、影響はない。それに市民の動揺は、管理コストを増大させる」


即断だった。


中央の男が淡々と言う。


「不要な情報だな」


セインは唇を結ぶ。


合理的な判断……なのだろうか。表情には出さなが、セインは引っかかりを覚える。


「……もう一点」


自分でも意外なほど、声が硬くなった。


「現場に、部外者が介入していました」


三人の視線が鋭くなる。


「誰だ」


「現在、監視対象になっている行商人と少年です」


右の男が結晶板を操作する。


「あぁ、倒れた男を一時的に回復させたやつらか。問題行動は?」


セインは、ほんの一瞬だけ迷った。


結晶柱に手をかざした、あの動作。

魔力を放たず、制御もせず、ただ“合わせた”行為。


「……結晶柱への直接干渉がありました」


「破壊行為か?」


「いいえ」


「暴走誘発?」


「それもありません」


左の男が言った。


「では、無害ではないのか」


「無害とは言い切れません」


セインの声が、わずかに強くなる。


「彼は、位相のズレを“理解して”触れています。魔力を使わずにです」


中央の男が首を傾げた。


「意味が分からない」


「私にも完全には」


「ですが、彼が触れた直後、結晶柱は安定しました」


室内の空気が、わずかに変わる。


「修復したのか?」


「いえ、調整に近い感覚でした」


「記録は?」


「ありません。結晶のログにも残らない手法です」


三人は、短い沈黙のあと、視線を交わした。


「危険度評価は?」


右の男が問う。


「測定不能です」


「なら監視継続だ。接触は許可しない」


中央の男が結論を出す。


「排除も視野に入れますか?」


「測定できない存在は、排除対象にするにはコストが高い」


確かに。藪蛇になりそうな気もする。


「今回の事故との関連性は?」


「不明ですが、彼がいなければ被害は拡大していた可能性があります」


セインは言葉を選ぶ。


「それは結果論だな。まだ仮定の域を出ない」


「おっしゃる通りです」


「なら今回の件は切れ」


再び、その言葉。


「事故は内部処理。旅人は観測対象のまま放置」


「ですが」


「以上だ、セイン。理の国は感情で揺らがない」


中央の男が立ち上がる。両側の二人も何事もなかったように席を立ち、部屋を出ていった。

一人残されたセインは、しばらく動けなかった。


合理的判断。最適解。切り捨て。すべて理解できる。理解できるからこそ、違和感が残る。


(……彼は、何者だ)


数値にも、理論にも収まらない存在。だが確実に、結晶と“会話”していた。


「測定不能、か」


それは、この国で最も危険な評価だ。事故は隠蔽された。記録は整理され、不要な部分は削除された。だが、セインの中には残っている。結晶柱に手をかざした、あの少年の横顔が。


理の国は、誤差を嫌う。

だが今、その誤差がセインの中の常識に変化をもたらしている。そしてそれは、もう無視できない大きさになりつつあった。


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