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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
理の国アークレイン

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17/40

第17話

アークレイン中央区画、第二監理塔。セインは薄暗い通路を無言で進んでいた。足音が反響する。歩幅は一定。呼吸も乱れていない。だが、胸の奥に引っかかるものがある。


(……報告が、合わない)


数刻前、市街区で起きた一件。労働者の急性衰弱。結晶柱のログ、魔力測定、巡回兵の記録。

すべてを突き合わせても、異常は「存在しない」。にもかかわらず、対象は回復した。

扉の前で立ち止まり、セインは魔力印章をかざす。低い音と共に扉が開いた。


室内では、二人の監理官が結晶端末を操作していた。光の粒子が空間に浮かび、情報が立体的に展開されている。


「報告は受け取った。市街区での件だな。結論は?」


年長の監理官が、端末から目を離さずに言う。


「原因不明です」


セインは即答した。感情を挟まない、事実だけの声。


「魔力異常なし。毒反応なし。外傷なし。結晶柱の循環記録も、正常範囲内です。」


「だが、回復した」


「はい」


若い監理官が眉をひそめる。


「誤診では?」


「その可能性も検討しました。しかし、医療班の判断も同じです。“治療行為は確認されていない”」


室内に、短い沈黙が落ちた。


年長の監理官が、ようやく視線を上げる。


「では聞くが、現場で何が起きた?」


セインは一瞬、言葉を選んだ。


「……観測外の介入です」


自分の口から出た言葉に、わずかな違和感を覚える。アークレインにおいて、その表現はほぼ使われない。


「結晶柱は?」


「反応なしです」


「周囲の魔導士は?」


「魔力行使の記録なしです」


「つまり」


監理官は淡々と言った。


「何も起きていないのに、結果だけが変わった」


「その通りです」


若い監理官が苛立たしげに言う。


「そんなもの、偶然だろう。人体の誤差だ」


「誤差は記録できます」


セインは即座に返した。


「しかし今回は、誤差そのものが観測されていません」


空気が、わずかに張り詰める。年長の監理官が、端末を操作しながら続けた。


「現場にいた人間は?」


「巡回兵。医療班。それと、通行人が二名」


「通行人?」


「行商人と、少年です」


その瞬間、セインの脳裏に映像がよぎる。城門前。魔力を感じさせない少年。何も無さすぎて違和感すら覚える。


「どこにでもいる組み合わせだな。特徴は?」


「少年は、魔力反応なし。ですが、回復直前に対象へ接触しています」


「医療行為は?」


「水を与えただけです」


若い監理官が失笑する。


「馬鹿らしい。それで回復するなら、医療研究は不要だ」


「回復まではしていません。一時的に動けるようになっただけですが、結果は出ています」


年長の監理官が、少し考え込むように顎に手を当てた。


「再現性は?」


「不明です」


「なら、危険度は?」


セインは一瞬、間を置いた。


「測定出来かねます」


その言葉に、二人の監理官が同時に顔を上げた。


「測定不能だと?行商人と魔力無しの少年だぞ?」


「はい。魔力でも、技術でも、偶然でも説明できないですが」


セインは続ける。


「結晶柱が“見落とした”事実だけは、確定しています」


その場にいた全員、納得がいかないような表情で沈黙をする。アークレインにおいて、見落としは小さくない意味を持つ。


「その少年は、どこへ?」


「現在、市内に滞在中と推定されます」


「追跡は可能か?」


「命令があれば」


年長の監理官は、しばらく考えた後、静かに言った。


「監視対象に指定する。排除は保留だ」


「了解しました」


命令に従う声。

だが、胸の奥に残るものは消えない。


(排除できない存在……か)


セインは踵を返し、部屋を出た。廊下を歩きながら、城門での会話を思い出す。魔力を感じない。なのに、結果だけを残す。合理の外側、数値の外側。それは、アークレインにとって最も扱いづらい存在だった。


(……また会う理由ができてしまったな)


そう考えた自分に、セインは小さな違和感を覚える。それが任務意識なのか。それとも、個人的な興味なのか。答えは、数値化できない。


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