第17話
アークレイン中央区画、第二監理塔。セインは薄暗い通路を無言で進んでいた。足音が反響する。歩幅は一定。呼吸も乱れていない。だが、胸の奥に引っかかるものがある。
(……報告が、合わない)
数刻前、市街区で起きた一件。労働者の急性衰弱。結晶柱のログ、魔力測定、巡回兵の記録。
すべてを突き合わせても、異常は「存在しない」。にもかかわらず、対象は回復した。
扉の前で立ち止まり、セインは魔力印章をかざす。低い音と共に扉が開いた。
室内では、二人の監理官が結晶端末を操作していた。光の粒子が空間に浮かび、情報が立体的に展開されている。
「報告は受け取った。市街区での件だな。結論は?」
年長の監理官が、端末から目を離さずに言う。
「原因不明です」
セインは即答した。感情を挟まない、事実だけの声。
「魔力異常なし。毒反応なし。外傷なし。結晶柱の循環記録も、正常範囲内です。」
「だが、回復した」
「はい」
若い監理官が眉をひそめる。
「誤診では?」
「その可能性も検討しました。しかし、医療班の判断も同じです。“治療行為は確認されていない”」
室内に、短い沈黙が落ちた。
年長の監理官が、ようやく視線を上げる。
「では聞くが、現場で何が起きた?」
セインは一瞬、言葉を選んだ。
「……観測外の介入です」
自分の口から出た言葉に、わずかな違和感を覚える。アークレインにおいて、その表現はほぼ使われない。
「結晶柱は?」
「反応なしです」
「周囲の魔導士は?」
「魔力行使の記録なしです」
「つまり」
監理官は淡々と言った。
「何も起きていないのに、結果だけが変わった」
「その通りです」
若い監理官が苛立たしげに言う。
「そんなもの、偶然だろう。人体の誤差だ」
「誤差は記録できます」
セインは即座に返した。
「しかし今回は、誤差そのものが観測されていません」
空気が、わずかに張り詰める。年長の監理官が、端末を操作しながら続けた。
「現場にいた人間は?」
「巡回兵。医療班。それと、通行人が二名」
「通行人?」
「行商人と、少年です」
その瞬間、セインの脳裏に映像がよぎる。城門前。魔力を感じさせない少年。何も無さすぎて違和感すら覚える。
「どこにでもいる組み合わせだな。特徴は?」
「少年は、魔力反応なし。ですが、回復直前に対象へ接触しています」
「医療行為は?」
「水を与えただけです」
若い監理官が失笑する。
「馬鹿らしい。それで回復するなら、医療研究は不要だ」
「回復まではしていません。一時的に動けるようになっただけですが、結果は出ています」
年長の監理官が、少し考え込むように顎に手を当てた。
「再現性は?」
「不明です」
「なら、危険度は?」
セインは一瞬、間を置いた。
「測定出来かねます」
その言葉に、二人の監理官が同時に顔を上げた。
「測定不能だと?行商人と魔力無しの少年だぞ?」
「はい。魔力でも、技術でも、偶然でも説明できないですが」
セインは続ける。
「結晶柱が“見落とした”事実だけは、確定しています」
その場にいた全員、納得がいかないような表情で沈黙をする。アークレインにおいて、見落としは小さくない意味を持つ。
「その少年は、どこへ?」
「現在、市内に滞在中と推定されます」
「追跡は可能か?」
「命令があれば」
年長の監理官は、しばらく考えた後、静かに言った。
「監視対象に指定する。排除は保留だ」
「了解しました」
命令に従う声。
だが、胸の奥に残るものは消えない。
(排除できない存在……か)
セインは踵を返し、部屋を出た。廊下を歩きながら、城門での会話を思い出す。魔力を感じない。なのに、結果だけを残す。合理の外側、数値の外側。それは、アークレインにとって最も扱いづらい存在だった。
(……また会う理由ができてしまったな)
そう考えた自分に、セインは小さな違和感を覚える。それが任務意識なのか。それとも、個人的な興味なのか。答えは、数値化できない。




