第16話
アークレインの街は、歩いていて不思議な感覚に襲われる。整っている。整いすぎている。建物の高さは揃い、道幅は均一。露店の位置、往来の流れ、人の立ち止まる間隔まで、どこか計算されているようだった。
「……迷わない街だね」
レイの呟きに、エルドが肩をすくめる。
「迷う必要がないように作られてる。その代わり、自分で考える余地も少ないがな」
街道から中央区画へ入るにつれ、空気が変わる。
清潔で、秩序立っていて、息苦しい。レイは周囲を観察しながら歩く。監視塔。魔力測定柱。巡回兵の視線。
(管理社会のお手本、って感じだ)
悪くはない。だが、完璧を目指しすぎたモノは、少しの誤差で崩れる。その「誤差」は、唐突に現れた。
乾いた悲鳴。人の流れが一瞬だけ乱れ、次の瞬間、誰かが倒れた。
「おい、どうした!」
倒れたのは、荷を運んでいた下働きの青年だった。顔色が悪く、呼吸が浅い。周囲の人間は距離を取り、誰も触れようとしない。
「魔力反応、なし……?」
兵の一人が測定柱を確認し、首を傾げる。
「外傷も見当たらない」
「じゃあ、処理待ちか」
その言葉に、レイは足を止めた。
(応急処置もせずに処理待ちって、明らかに極端になってるなあ)
数分後、白衣の男が二人現れる。青年を一瞥し、淡々と告げた。
「労働中の急性衰弱。魔力異常なし。想定外事象、発生確率〇・二以下」
「搬送優先度は?」
「低。代替労働力の確保が可能」
周囲の空気が、ひやりと冷えた。エルドが小さく舌打ちする。
「……切る気だな」
「色々と酷いなあ」
レイはしゃがみ込み、青年の様子をさりげなく観察する。呼吸、脈、皮膚の温度、顔色。
(魔力じゃない。毒でもないね。……となると)
原因は単純だった。長時間労働による疲労、寝不足。だが、数値化しづらい。だから“想定外”に当てはまってしまう。
「ちょっといい?」
レイが軽く手を挙げた。白衣の男が訝しげに見る。
「君は?」
「通りすがりだよ。この人、数時間睡眠させれば少しは回復するよ」
「根拠は?」
「経験則だけど、症状からすぐわかりそうなもんだけどなあ」
その瞬間、男の表情が曇る。
「数値化できない助言は採用できない」
「へぇ」
レイは肩をすくめた。
「じゃあ、このまま放置した場合の予測は?」
「労働不能だ。回復率は低いと思われる」
「じゃあこの人の代わりは?この国のやり方的に代わりを充てるのは時間がかかるんじゃない?最も効率のいい人員配置をしてるはずだから、他から引っ張ってくることも難しいよね?」
一瞬、沈黙。
白衣の男は言い返そうとしたが、言葉に詰まった。
(ほら、切り捨ては効率的じゃないって内心わかってる)
レイは懐から水袋を取り出し、青年の唇を湿らせる。ほんの少しだけ、魔力を“調整”する。流し込まない。整えるだけ。数十秒後、青年の呼吸が落ち着いた。
「……あ?」
目を開いた青年が、戸惑った声を出す。周囲がざわめいた。
「回復、した?」
「あり得ない……数値上は……」
「完全に回復したわけじゃないし、数値、数値って……医者はいないの?」
レイは呆れて立ち上がり、白衣の男を見る。
「誤差を全部切ってたら、そのうち大事な駒も失うよ?」
白衣の男は何も言えなかった。兵が遅れて指示を出し、青年は休養区画へ運ばれていく。人の流れが、再び動き出す。
エルドが低い声で言った。
「目立ったぞ」
「ちょっとね。まずかったかな?」
レイはあんまり気にしていない様子で歩き出す。
力を見せたわけでもない。
ただ、あの判断はあんまりだと思っただけだ。
だが、この国はそういうところだ。
そして今、誤差は確かに記録された。
理の国アークレイン。合理の国に、小さなズレが生まれる。それが誰の手によるものか、まだ誰も気づいていない。




