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盤上最強は剣を持たない  作者: sorerunoa
理の国アークレイン

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16/40

第16話

アークレインの街は、歩いていて不思議な感覚に襲われる。整っている。整いすぎている。建物の高さは揃い、道幅は均一。露店の位置、往来の流れ、人の立ち止まる間隔まで、どこか計算されているようだった。


「……迷わない街だね」


レイの呟きに、エルドが肩をすくめる。


「迷う必要がないように作られてる。その代わり、自分で考える余地も少ないがな」


街道から中央区画へ入るにつれ、空気が変わる。

清潔で、秩序立っていて、息苦しい。レイは周囲を観察しながら歩く。監視塔。魔力測定柱。巡回兵の視線。


(管理社会のお手本、って感じだ)


悪くはない。だが、完璧を目指しすぎたモノは、少しの誤差で崩れる。その「誤差」は、唐突に現れた。


乾いた悲鳴。人の流れが一瞬だけ乱れ、次の瞬間、誰かが倒れた。


「おい、どうした!」


倒れたのは、荷を運んでいた下働きの青年だった。顔色が悪く、呼吸が浅い。周囲の人間は距離を取り、誰も触れようとしない。


「魔力反応、なし……?」


兵の一人が測定柱を確認し、首を傾げる。


「外傷も見当たらない」


「じゃあ、処理待ちか」


その言葉に、レイは足を止めた。


(応急処置もせずに処理待ちって、明らかに極端になってるなあ)


数分後、白衣の男が二人現れる。青年を一瞥し、淡々と告げた。


「労働中の急性衰弱。魔力異常なし。想定外事象、発生確率〇・二以下」


「搬送優先度は?」


「低。代替労働力の確保が可能」


周囲の空気が、ひやりと冷えた。エルドが小さく舌打ちする。


「……切る気だな」


「色々と酷いなあ」


レイはしゃがみ込み、青年の様子をさりげなく観察する。呼吸、脈、皮膚の温度、顔色。


(魔力じゃない。毒でもないね。……となると)


原因は単純だった。長時間労働による疲労、寝不足。だが、数値化しづらい。だから“想定外”に当てはまってしまう。


「ちょっといい?」


レイが軽く手を挙げた。白衣の男が訝しげに見る。


「君は?」


「通りすがりだよ。この人、数時間睡眠させれば少しは回復するよ」


「根拠は?」


「経験則だけど、症状からすぐわかりそうなもんだけどなあ」


その瞬間、男の表情が曇る。


「数値化できない助言は採用できない」


「へぇ」


レイは肩をすくめた。


「じゃあ、このまま放置した場合の予測は?」


「労働不能だ。回復率は低いと思われる」


「じゃあこの人の代わりは?この国のやり方的に代わりを充てるのは時間がかかるんじゃない?最も効率のいい人員配置をしてるはずだから、他から引っ張ってくることも難しいよね?」


一瞬、沈黙。


白衣の男は言い返そうとしたが、言葉に詰まった。


(ほら、切り捨ては効率的じゃないって内心わかってる)


レイは懐から水袋を取り出し、青年の唇を湿らせる。ほんの少しだけ、魔力を“調整”する。流し込まない。整えるだけ。数十秒後、青年の呼吸が落ち着いた。


「……あ?」


目を開いた青年が、戸惑った声を出す。周囲がざわめいた。


「回復、した?」


「あり得ない……数値上は……」


「完全に回復したわけじゃないし、数値、数値って……医者はいないの?」


レイは呆れて立ち上がり、白衣の男を見る。


「誤差を全部切ってたら、そのうち大事な駒も失うよ?」


白衣の男は何も言えなかった。兵が遅れて指示を出し、青年は休養区画へ運ばれていく。人の流れが、再び動き出す。


エルドが低い声で言った。


「目立ったぞ」


「ちょっとね。まずかったかな?」


レイはあんまり気にしていない様子で歩き出す。


力を見せたわけでもない。

ただ、あの判断はあんまりだと思っただけだ。

だが、この国はそういうところだ。

そして今、誤差は確かに記録された。


理の国アークレイン。合理の国に、小さなズレが生まれる。それが誰の手によるものか、まだ誰も気づいていない。


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